1-1-5 女王暗殺
王宮の奥深く。通常は足を踏み入れることすら許されない、神聖な部屋。
そこは、かつての王が数々の重大な決断を下し、代々の女王がその地位を守り続けてきた場所だった。
今、その厳かな空間に、女王アーゼラを含む十数人が集まり、息を潜めて次の瞬間を待っていた。
王宮の魔法エンジニアであるアリアもまた、胸の奥で高鳴る鼓動を抑えながら、魔法陣の光に目を凝らしていた。
女王はレガシー魔法の現代化を進めており、これは最終段階とされる大規模な儀式だった。
古の術式に近代的なエネルギー管理を融合させ、効率を高めることで、莫大な力を誰もが安全に扱えるようにする計画──その偉業を、女王自らが成し遂げようとしていた。
「問題ないはずだ。テストではすべて順調だった」
アリアは小さく自分に言い聞かせる。
だがその一方で、体を伝う冷たい汗が止まらなかった。
視線の先では、女王がまばゆい光に包まれ、床に描かれた魔法陣がゆっくりと活性化していく。
周囲の魔術師たちは固唾をのんでその様子を見守り、誰一人として口を開かなかった。
その中には王宮の顧問魔術師や技術者、側近たちの姿もある。
「これが成功すれば、歴史に名を刻むことになる」
誰かが小さく囁いた。
しかし次の瞬間、その期待はあまりにもあっけなく砕け散る。
魔法陣の光が突如、不自然な影に飲み込まれた。
同時に、部屋の温度が一気に下がる。
その変化は、目に見える現象よりも早く、直感の奥底を直接かき乱すような感覚として訪れた。
異変に気づいた瞬間、誰もが背筋に冷たいものを走らせ、思わず後ずさった。
「何かがおかしい!」
アリアが叫んだ、その直後だった。
女王の周囲から、影とも魔法ともつかない無数の黒い手が、突如として現れた。
細長く歪んだ手のひらがスパゲティのように絡み合いながら、女王の体を瞬く間に取り囲む。
それはまるで、獲物を貪る何かのようだった。
黒い手は女王の体をつかみ、魔法陣の中心へと引きずり込もうとしている。
「陛下!」
側近の一人が駆け寄ろうとしたが、無数の手がそれを弾き飛ばした。
「止めろ!誰か魔法を解除しろ!」
叫び声が響く。
しかし誰も手を出せなかった。
恐ろしいほど精密で強力な魔法が、完全に暴走していた。
制御を失った術式は、もはや誰にも止められなかった。
女王は抵抗しようとしたが、その体は黒い手に絡め取られ、ゆっくりと床の魔法陣へと引きずり込まれていく。
恐怖に引きつった顔のまま、瞳に映る光が次第に失われていく。
そして最後に、絶望的な叫びを残し、女王の姿は完全に消えた。
静寂が部屋を満たした。
それはほんの一瞬の出来事だった。
だが、その場にいた誰もが理解していた。
この儀式は失敗した。
そして、女王はもう戻らない。
アリアは呆然と立ち尽くしていた。
自分の手が震えていることにも気づかない。
今見たものが現実なのか、それとも悪夢なのか、理解が追いつかなかった。
隣に立っていた者たちも同様に、顔色を失い、震えながらその場から一歩も動けずにいた。
「誰かが仕組んだのか……」
一人が呟く。
「まさか……あれはミスか?」
別の者が不安げに問いかける。
だが、答えは誰にも分からない。
ほどなく、その場には厳しい箝口令が敷かれた。
しかし宮殿の内部では、すでに噂が広がり始めていた。
誰かが術式にバグを仕込んだのではないか。
あの不可解な手は、外部からの何らかの干渉だったのではないか──。
疑念は、静かに、しかし確実に広まっていく。
レガシー魔法が過去の産物であり、その復元には大きな危険が伴うことを、誰もが知っていた。
だが、それをモダン化することで安全性は保証されるはずだった。
それなのに、この有様だ。
「魔法の使い道を誤ると、こうなるのだ」
アリアは、いつの間にか心の中でそう呟いていた。
魔法を操る者として、そして王宮に仕える者として、この出来事は決して忘れられない教訓になる。
力があるからこそ、制御が必要なのだ。
女王の死は、その事実を静かに告げているかのようだった。
ふと、アリアは周囲の者たちと目を合わせた。
誰もが同じ疑問を抱いているように見えた。
──誰が、この悲劇を引き起こしたのか。
疑念は、宮殿の奥で静かに渦を巻き始めていた。
—-
『速報です。女王陛下のご逝去について、王宮から正式な声明が発表されました。
陛下は長年にわたり、王国の聖地に蓄積された負の魔力を浄化するため、特別な霊的浄化の儀式を執り行っておりました。聖地には、過去の戦争や災厄によって蓄積された邪悪なエネルギーが存在しており、その影響が王国全土に及ぶことが懸念されていました。
儀式は成功し、王国全体を覆っていた闇は晴れました。しかし膨大な邪悪なエネルギーを一度に浄化した反動により、女王陛下はその命を落とされました。
王国は現在、深い哀悼の意を表するとともに、女王陛下の偉業を称え、王位継承問題を含む国政の今後について議論を進めております』
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