1-1-4 日常の終わり
午後の陽がやわらかく差し込む教室。
休み時間のざわめきの中で、サーラは用事があって席を外していた。
シェリーは自分の机に腰かけたまま、ぼんやりと窓の外を眺めている。
校庭には春の気配が漂い、穏やかな光がガラス越しに教室へと流れ込んでいた。
そのとき、ふとサーラの鞄の中で小さな動きがあった。
「……あら?」
視線を向けると、鞄の口から小さな頭がひょっこりと顔を出す。
ネフィリスだった。
「よくあんな落ち着きのない鞄の中に隠れていられるわね」
シェリーはくすりと笑いながら声をかけた。
「まあね。彼女に付き合うのも簡単じゃないよ」
ネフィリスは軽く尻尾を揺らすと、ひらりと鞄から飛び出し、そのまま窓辺へと軽やかに飛び乗った。
陽の光を受けて、その小さな体の輪郭がふわりと浮かび上がる。
「サーラはまだ知らないのよね。あなたがあんなに彼女のことを考えてるって」
シェリーは冗談めかして言った。
けれど、その目にはわずかな真剣さが宿っている。
ネフィリスは一瞬だけ黙り込み、じっとシェリーを見つめた。
そして小さく息を吐く。
「彼女はまだ、自分の力の大きさを知らない。
そんな状況で僕が何か言ったところで、むしろ逆効果になるだろう」
「でも、サーラはあなたのことを信頼しているわ。もしあなたが本気で助けようとしているなら、彼女もきっと受け入れるんじゃない?」
シェリーは穏やかな声で言った。
ネフィリスは小さく首を振る。
「シェリー、君は優しいね。
だが、サーラはまだ成長の途中だ。彼女が本当に何かを掴むのは──」
少しだけ言葉を選ぶように。
「苦しみや迷いを、自分自身で乗り越えたときだ。だから僕は、ただ見守るしかない」
シェリーはその言葉を聞きながら、静かに微笑んだ。
「じゃあ、あなたはあえて何も言わないでいるのね」
「そうだ。僕が口を出せば、それが彼女の意志を邪魔するかもしれない。
だが、もし本当に危ない時が来たら──」
ネフィリスは窓の外へ視線を向ける。
その目は、ほんの少しだけ遠くを見ていた。
「僕は彼女を守るつもりだよ。
それが僕の役目だからね」
シェリーは静かに頷き、再び窓の外へ目を向けた。
「サーラには、あなたみたいな友達がいてよかったわ。
私も彼女を支えるけど、やっぱりあなたみたいな存在は特別ね」
ネフィリスは小さく笑い、ひらりと飛び上がるとシェリーの肩に乗った。
「君も特別だよ、シェリー。
サーラが強くなれるのは、君のような友達がいるからだ」
そのとき、教室の扉が開いた。
「ただいまー」
軽い足取りでサーラが戻ってくる。
「あれ? ネフィリス、何してるの?
いつの間に出てきたの?」
「ちょっと休憩していただけだよ」
ネフィリスは何事もなかったかのように言うと、ひらりと鞄へ飛び戻った。
いつもの、少し皮肉めいた調子だ。
シェリーはサーラに微笑みかける。
「ただ少し話してただけよ。
ネフィリスも息抜きが必要だったみたいね」
「ふーん、変なこと言ってなかった?」
サーラは首をかしげながら鞄の中をのぞく。
「特には……ね?」
シェリーはいたずらっぽく微笑んだ。
「君のお世話が、どれほど骨の折れる仕事かという話をだな」
ネフィリスは小さくため息をつきながら、鞄の奥へ身を沈める。
サーラはふてくされたふりをしてネフィリスの耳を軽くつまみ、
「はいはい」
と笑った。
窓の外では、春めいた光がきらきらと校庭を照らしていた。
それは、まだ穏やかな、最後の日常の光だった。
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