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1-1-3 不穏な日常

朝の光が差し込むリビングで、サーラはベッドから勢いよく飛び起きた。


「ふぅ……また寝坊だ!」


小さく呟きながら、急いで魔法学校の制服に袖を通す。髪を整える時間もそこそこに、廊下へと飛び出した。


キッチンの方から、控えめな調理音が聞こえてくる。


「おはよう、リアナ。何作ってるの?」


サーラが声をかけると、姉のリアナは振り返り、どこかぼんやりした表情で答えた。


「ミートスパゲティよ……まあ、昨日の残りを魔法で少しアレンジしてるだけ」


鍋の中をかき混ぜながら言うその様子は、どこか上の空だった。

だが、魔法研究所に勤めているだけあって、手つきは驚くほど正確だった。


「朝からスパゲティか……ちょっと重いなぁ」


サーラは思わず顔をしかめる。


そのとき、リビングの扉が静かに開いた。


いちばん上の姉であるアリアが入ってくる。


彼女はテーブルに視線だけを落とし、間を置かずに口を開いた。


「……私は要らないわ」


その声音には、ここ数日家に持ち帰っている仕事の重さが、そのまま滲んでいた


リアナがわずかに眉をひそめる。


「食べないの?」


リアナの問いに、アリアは答えなかった。


玄関へ向かう足が、一瞬だけ止まる。


振り返った視線の先には、テーブルのスパゲティ。

だがそこに向けられた眼差しは、食欲ではなく、深い疲労と、何か別の重いものだった。


アリアは小さく首を振り、そのまま外へ出ていった。


扉の閉まる音が、やけに静かに響く。


「アリア……」


リアナはその背中を見つめていたが、それ以上は何も言わなかった。


サーラはテーブルに並んだミートスパゲティを見つめながら、ぽつりと呟く。


「アリア、最近元気ないよね。王宮の仕事が大変なのかな?」


「そうかもね……」


リアナは静かに答えた。

だがその声には、わずかな不安が滲んでいた。


「ふぅ……みんな忙しそうだなぁ」


サーラはそう言って、足元を見下ろす。

そこには黒猫のネフィリスが、いつものように座っていた。


「あっ、私も急がないと、学校に遅れちゃう!」


サーラは慌てて鞄を開き、今日の授業を頭の中で順に並べ直した。移動時間と準備時間をざっと計算し、最短の順序で回ればまだ間に合う

──そんな段取りを瞬時に組み立てている。


ネフィリスは皮肉めいた声で鳴いた。


「いつも一番最後に起きてきて、パンを飲み込むみたいに食べてるくせに、授業には必ず間に合うのが不思議だよなぁ」


わずかに口元を歪める。


「あと少し早く起きれば、もうちょっと上品に朝ごはん食べられるんじゃないの?」


「分かってるよ、ネフィリス。でも朝から説教はやめてよ!」


サーラは軽く言い返し、鞄をつかむ。


「いってきます!」


返事を待たずに家を飛び出した。


外に出ると、朝の空気がまだ少し冷たい。

角を曲がった先で、シェリーが静かに立っていた。


「おはよう、サーラ。今日も元気そうね」


「おはよう、シェリー。ちょっと寝坊しちゃった」


二人は肩を並べて学校へ向かう。


「リアナ、また何か考え込んでた?」


シェリーが尋ねる。


「うん。なんかぼんやりしてたよ。研究がうまくいってないのかもしれないけど……あんまり話してくれないんだよね」


サーラは少し心配そうに言った。


「リアナって、いつも冷静で落ち着いてるから。そういう姿を見ると、ちょっと意外だよね。アリアの方はどう?さっきすれ違ったけど、忙しそうだったわ」


「アリアもね、仕事が忙しくて家にいる時間が少ないんだ。あんまり話す機会がないんだよね」


サーラは肩をすくめた。


「みんなそれぞれやることがあるから、仕方ないのかもしれないけど……なんだかんだで、家族って難しいよね」


シェリーは少し考え込むように黙り込み、それから何か思い出したように顔を上げた。


「ねえ、最近……王都のほう、少し慌ただしいって聞いた?」


サーラは視線を上げる。


「もしかして、アリアが忙しそうなのと関係ある?」


シェリーはすぐには答えず、視線を前に向けたまま、慎重に言葉を選ぶ。


「詳しいことは分からないけど、城内の雰囲気が妙だったってパパが言ってたわ。出入りする人も増えてるみたいで、落ち着かない感じだって」


風が通り抜け、並木の葉をかすかに鳴らす。


「何か起きてるのかもしれない」


その言葉は推測に過ぎないはずだったが、不思議と現実味を帯びて響いた。


「そっか……」


サーラは小さく頷いた。


アリアの沈黙。

リアナのわずかな間。

どちらも、普段なら気にも留めないような些細な違いだったはずなのに、いまは妙に引っかかる。


風が少し強く吹き、制服の裾が揺れる。

朝の空気は澄んでいるのに、その奥にごく薄いざらつきが混じっているように感じられた。


二人はそのまま歩き続けた。


やがて学校の門が見えてくる。

見慣れた石造りのアーチは、いつもと変わらぬ位置にあるはずなのに、なぜか今日は少しだけ遠く感じられた。


「まあ、考えても仕方ないか」


サーラは軽く肩をすくめた。

思考を一度切り上げるように、わずかに息を吐いた。


「今は、いつも通りやるしかないよね」


その言葉には、納得というよりも、自分に言い聞かせるような響きがあった。


シェリーも小さく笑う。


「ええ、そうね」


二人は門をくぐる。


朝の喧騒の中へ、自然と溶け込んでいった。

交わされる声、行き交う足音、整然とした日常の流れが、何事もなかったかのように彼女たちを包み込む。


その日もまた、いつもと変わらない一日が始まる。

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