1-1-2 魔法少女は考える
朝の陽射しを浴びながら、サーラとシェリーは魔法学校の門をくぐった。
足取りに迷いはなく、どの時間にどこへ向かえばよいかは、すでに身体が覚えている。
校庭には多くの生徒が集まり、それぞれ友人と言葉を交わしたり、鞄を開いて授業の準備を整えたりしている。朝の空気には、これから始まる一日の気配が静かに満ちていた。
サーラは肩に乗った黒猫、ネフィリスをちらりと見上げ、小さくため息をつく。
「ねえ、ネフィリス。今日こそちゃんと鞄に入ってよ。授業中にまた先生に見つかったら、今度こそ怒られるんだから……」
そう言いながら鞄の口を開き、猫を促す。
ネフィリスは冷静な目でサーラを見下ろし、わずかに尾を揺らした。
「サーラ、鞄の中は暗くて狭い。僕にそんな扱いをするのは、もう少し考えてもらいたいね」
静かな口調でそう言うと、ネフィリスは軽やかに身を跳ね上げ、すっとサーラの頭の上へ移動した。
「また逃げた!もう……せめて少しは協力してよ!」
サーラが抗議するが、ネフィリスは何事もない顔で頭の上に収まり、微動だにしない。
その様子を見て、シェリーがくすくすと笑った。
「毎日同じことしてるね。でも、それがサーラとネフィリスらしいかも」
「そうかもしれないけど……本当に困るんだよ。先生に見つかったら、今度こそ没収されちゃうかもしれないし」
サーラは諦めたように肩をすくめ、ネフィリスを頭に乗せたまま校舎へ向かった。
教室に入ると、すでに多くの生徒が席についていた。
鞄を机に置き、デバイスを取り出して確認している者もいれば、静かに教科書を開いて待っている者もいる。今日の授業が魔法実践であることを、皆がよく分かっている様子だった。
サーラとシェリーが席につくと、教師がゆっくりと教壇へ歩み出る。教室のざわめきは自然と静まり、視線が前に集まった。
「さて、今日の授業は基本的な魔法の実践だ。各自、自分の魔法デバイスを使い、水を生み出す術式を発動してもらう」
指示が告げられると、教室の空気がわずかに揺れた。
生徒たちはそれぞれの魔法デバイスを取り出し、静かに準備を始める。
サーラも自分の魔法デバイスを取り出した。
それは姉たちから譲り受けたもので、外装には小さな傷も残っているが、術式の刻印はまだ十分に機能している。
隣ではシェリーも同じようにデバイスを構えていた。
彼女のそれは貴族の家柄らしく、装飾も整い、金属の縁取りや刻印の精度も明らかに洗練されている。
「このデバイス、見た目もかっこいいし、魔法の反応が早いんだよね。お母様が特注で作らせたの」
シェリーはそう言いながらデバイスを見せ、少し誇らしげに微笑んだ。
「へえ、さすがシェリーのお母さんだね。うちのは……まあ古いけど、ちゃんと動くから問題ないよ」
サーラは笑って答えたが、指先でデバイスの縁をなぞる仕草には、ほんのわずかな迷いが残っていた。
やがて教師が短く告げる。
「始めてください」
その合図とともに、生徒たちは一斉に魔法を発動させ始めた。
教室のあちこちで魔法デバイスの刻印が淡く輝き、空中に小さな水滴が生まれていく。
しかし、その様子にははっきりとした差があった。
裕福な家庭の生徒たちは高性能なデバイスを使い、滑らかに術式を成立させている。
シェリーも軽く操作するだけで、澄んだ水の球体を空中に浮かせてみせた。
一方で、庶民出身の生徒たちは苦戦していた。
古いデバイスは反応が鈍く、術式が途中で途切れたり、まったく発動しなかったりする。何度も試みながらも、水は思うように形にならない。
「……なかなか出てこない」
サーラの隣の生徒が小さくつぶやいた。
彼のデバイスは古び、刻印もところどころ摩耗している。何度か術式を試しているが、うまく力が流れていないようだった。
その光景を見て、サーラはふと気まずさを覚えた。
魔法を扱える者と、そうでない者の差が、ここまで露骨に表れるとは思っていなかったからだ。
(──魔法って、不公平だ)
誰もが等しく扱えるわけではなく、家庭の事情やデバイスの質が、その結果を大きく左右してしまう。
「みんな、魔法を上手に使えていない子もいるんだね」
シェリーが小さく言う。
彼女は次の術式を試そうとしていたが、サーラの胸には、説明しにくい違和感が残っていた。
「魔法で成功すれば、どんな境遇でも人生を変えられるって言うけどさ……」
サーラは、思いがけないほど静かな声で続けた。
「それって、本当なのかな」
ネフィリスが彼女の頭の上で目を閉じ、静かに応じる。
「それは君次第だよ、サーラ。魔法の才能だけで勝者になれるわけではない。だが──成功した者には、確かに機会が与えられる」
そして静かに付け足す。
「もちろん、諦めてしまえば話は簡単だ。
何も手に入らない代わりに、何も失わずに済む」
サーラはその言葉を胸の奥で受け止めながら、もう一度デバイスを構え、水の術式を発動させた。
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