1-1-1 魔法少女登場
まだ、サーラがあの時計塔に足を踏み入れるよりも前のこと。
教室の空気には未だ慣れず、それでも自分の席の位置だけは迷わず辿れるようになっていた。
今日は新しい課題が出された。
「条件分岐と繰り返し」の基本魔法式を構築するテストである。
魔法の基礎中の基礎にあたる術式であり、熟練者にとっては難しいものではないが、苦手な生徒にとっては思いのほか骨の折れる課題でもあった。
教室の中央に立つ教師が、静かに説明を始める。
「今日は基礎的な魔法式、いわゆる条件分岐と繰り返しを用いた課題に取り組んでもらう。特定の魔法エネルギーの流れを監視し、その状態に応じて動作を変える術式を構築するんだ。条件が満たされない限り、同じ処理が繰り返されるように設定しなさい」
教師が掲示した問題は、次のような内容だった。
特定のエリア内で火を起こし、その火の温度が一定に達した時点で風を発生させる。そして、その風の強さを一定に保つこと。
この術式を成立させるには、繰り返し処理と条件に応じた分岐の双方を組み込む必要がある。
説明が終わると、教室全体がわずかにざわめいた。
優秀な生徒たちは自信ありげにノートを開き、すでに魔法式を書き始めている。サーラも魔法ノートを広げ、少し考え込むように視線を落とした。
「条件が満たされたら次に進むように……繰り返し処理はどう組めばいいかな」
小さく呟きながら、彼女はまず一般的な手順で魔法式を描き始めた。エネルギーの流れを監視し、温度を測定する方法そのものは基礎的なものだが、どうにも動作が鈍いように思える。
隣の席ではシェリーも術式を組み立てながら、少し困った表情を浮かべていた。
「これ、思ったより時間がかかりそうね。どうしても温度の確認が遅くなるわ」
「そうだね。普通はこうやって条件を確認して、温度が上がったら次の処理に進むけど……なんだか効率が悪い気がする」
サーラも頷きながら、しばらく考え込む。
多くの生徒は、与えられた条件に従い、順序通りに処理を進めていた。火の温度を監視し、十分に上がるまで待ち、それから風を起こして火を安定させる──教本どおりの解法である。
だがサーラの頭の中では、別の組み立て方ができないかと考えが巡っていた。
「何か、もっと速くできる方法があるはず……」
そのとき、ふと一つの着想が浮かぶ。
「そもそも、順番に処理する必要あるのかな」
サーラはノートに新しい魔法式を描き始めた。
通常の方法では、火の温度が一定に達するまで他の処理は待機状態に置かれてしまう。だが彼女は、火と風を同時に制御しながら、温度と風力の状態を一括して監視する構造を思い描いた。条件分岐を直列ではなく、並行する流れとして扱う発想である。
「これなら、温度と風の強さを同時に調整できる……」
サーラの手は自然と魔法ノートの上を走り、魔法エネルギーの流れが図として整えられていく。
「どうかした?」
シェリーが不思議そうに彼女を覗き込んだ。
「ちょっと、別のやり方を試してみる」
サーラは小さく笑みを浮かべ、術式を書き上げると、すぐに手をかざして魔法を発動させた。
火が静かに現れ、同時に風が周囲に流れ始める。
サーラの構築した術式では、温度と風力が同時に監視され、変化に応じてリアルタイムで調整が行われていた。
流れは途切れず、ひとつの循環として繋がっている。
「すごい……もう終わったの?」
シェリーが思わず声を上げた。
サーラは頷く。
「うん。条件をまとめて見張るようにしてみたの。少し組み方を変えただけなんだけど、思ったより速くなったみたい」
周囲では、まだ多くの生徒が通常の手順で術式を組み立てている。
その中で、サーラの術式はすでに完成していた。
やがて教師がそれに気づき、彼女のノートへ視線を向ける。
「君は……サーラゼル・ヴェリルライトか。
早いな。見せてみろ」
教師は興味深そうに図式を確認し、しばらく黙って眺めていたが、やがて小さく頷いた。
「なるほど。条件を並行して扱うようにしたのか。なかなか見事だ」
彼はわずかに笑みを浮かべる。
「よくこんな発想を思いついたな」
サーラは少し照れくさそうに肩をすくめた。
「たまたま思いついただけです」
教師は満足そうに頷く。
「いい発想だ。こういう工夫ができる者は、応用でも強い。時間短縮も見事だ。引き続き精進するように」
周囲の生徒たちもざわめき始め、サーラの術式に興味深そうな視線を向けていた。彼女が他の生徒とは異なるやり方を選んだことに、少なからず驚いている様子である。
「さすがサーラ。やるわね」
シェリーが微笑みかけると、サーラも軽く笑う。
「まだまだだけどね。たまには、こういうのも楽しいよ」
シェリーは首を傾げた。
「でも、不思議よね。どうしてそんな発想が出てくるの?普通は思いつかないと思うけど」
サーラは少し考え込み、肩をすくめる。
「うーん……正直、自分でもよくわからないんだよね。
たぶんお姉ちゃんたちの影響かな。昔から、いろいろ考える癖はついてた気がする」
ネフィリスが小さく鼻を鳴らした。
「影響ねえ」
丸まったまま、どこか呆れたように言う。
「単に君が、そういう理屈を捏ねくり回すのが好きなだけじゃないのかい?」
サーラは苦笑した。
「それは……否定できないかも」
ネフィリスは欠伸をして、耳の後ろをかく。
「まあいいさ。理由なんてどうでもいい。
好きで続けているなら、そのうち人より遠くまで行くこともある」
ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……もっとも、それを追いかけるのが、僕の楽しみなのさ」
魔法式を組み立てるという、魔法世界ではありふれた基礎課題。
だがサーラにとってそれは、単なる手順の再現ではなかった。既存の形を少しだけ組み替えることで、術式は別の表情を見せる。
その柔軟な思考と着想が、これからの成長をさらに押し広げていくことを、教室の誰もがうすうす感じ始めていた。
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