1-3-7 教団のレイラ
淡い陽光が教団本部の回廊に差し込み、白い石床に柔らかな光の紋様を落としていた。磨き上げられた床面に反射する光は、規則正しく並ぶ柱の影と交わり、静謐な空間にわずかな揺らぎを与えている。その中を、足音をほとんど残さず歩む少女の姿があった。淡いラベンダーのローブがゆるやかに揺れ、胸元に刻まれた教団の紋章が、控えめながら確かな輝きを放っている。
レイラニス・シャロット――人は彼女を、レイラと呼ぶ。
教団に属する若き魔法使いであり、その穏やかな気質ゆえに、多くの団員から自然と名を覚えられていた。
教団は国内における異端の監視と危険魔術の統制を担う、国家にとって欠かすことのできない機構である。その任務は常に緊張を孕み、時に情を切り捨てる判断を求められる。均衡を保つための力学の中で、多くの者が割り切りを覚えていく。
だが、その只中にあってなお、レイラの在り方は変わらなかった。過酷な現場に身を置きながらも、彼女の眼差しは終始穏やかで、他者に向けられる感情が曇ることはない。
「力はただの道具よ。どう使うかがすべて。私は、誰かを傷つけるためには使いたくないの」
そう語る声は静かで、耳に触れるときの響きは柔らかい。それでいて、奥底には折れることのない芯が通っている。言葉を選ぶというより、揺らぎのない認識をそのまま差し出しているようだった。
彼女は生まれつき魔法の素養を持っていた。
故郷は辺境の緑深い村。鳥の声と木々のざわめきが絶えぬその土地で、幼いレイラは自然とともに育った。傷ついた小動物に手をかざし、冷えた手を温め、病める者の痛みを和らげる。その行為は特別なものではなく、彼女にとっては呼吸に近いものだった。
村人たちはその力を畏れず、むしろ「森の祝福」と呼んで受け入れた。彼女の存在は、日常の延長としてそこにあった。
教団が彼女を見出したのは、その静かな均衡の中に、外からの視線が差し込んだ時だった。突如として訪れた神官が、村の中央で彼女に向き直る。
「君の力は、この国にとって必要なものだ」
その言葉は大仰ではなかったが、否応なく世界の広がりを示していた。
レイラの胸に、かすかな灯がともる。村の外にも、自分の手が届くかもしれない誰かがいる。そう思ったとき、彼女は迷うことなく、その場を離れる決意を固めていた。
教団での訓練は容赦がなかった。攻撃魔法、防御魔法、儀式の詠唱、呪文解析――あらゆる分野が均等に求められる中で、彼女の得意とする癒しと守護の術は、必ずしも中心に据えられるものではなかった。
「レイラ、お前は戦闘向きではない。だが、補助役としては申し分ない」
教団長の評価は、冷静な事実に基づいていた。爆発的な破壊力を持たない彼女の力は、戦場の主軸にはなりにくい。だが、それでもレイラは自らの立ち位置を揺るがせることはなかった。
「破壊だけが力じゃない。傷を塞ぎ、立ち上がらせる力だって、同じくらい尊い」
その言葉は反論というより、静かな確認に近い。
やがてその姿勢は周囲にも伝わり、彼女は少しずつ、確かな信頼を積み重ねていった。
そして告げられた女王選定戦。
十二の伝説の魔法デバイスのひとつ、「宝瓶の壺」が選ばれし者に与えられるという。
「宝瓶の壺は、癒しと守護の力を秘めたデバイスだと聞いている。私に、合っているはず」
その目に宿る光は穏やかでありながら、揺るぎがない。
彼女の動機は単純だった。壺の力を得て、自らの役割をより深く果たす。それ以上でも、それ以下でもない。
「この戦いで傷つく人がいるなら、私はその人を癒したい。争いの中でも、手を差し伸べられる存在でいたいの」
選定戦は単なる競技ではない。権威の象徴を巡る争いであり、時に冷徹な判断が要求される場である。そこに、あの穏やかな少女が自ら足を踏み入れる――その選択は、一見すると場違いにすら映る。
だが、レイラの内には、外見からは測りきれない強度があった。
それは幼い頃の記憶と無関係ではない。ある吹雪の夜、倒れた老人を前に、まだ幼かった彼女は一晩中魔力を注ぎ続けた。体温が奪われ、意識が遠のく中でも、その手を離さなかった。
「命が目の前にあるなら、それを見捨てる理由なんて、どこにもないわ」
その感覚は、今も変わっていない。
レイラは静かに歩みを止め、顔を上げる。
風に揺れるローブの裾、柔らかく束ねられた髪が、昼の光を受けてかすかにきらめく。その先にあるのは、争いの場。それでも彼女の手にあるのは剣ではなく、魔法の杖だった。
「私は、壊すためにここにいるんじゃない。守るために、ここにいるの」
足取りは軽やかで、しかし迷いはない。
教団が見出した少女レイラ。癒しと守護を担う魔法使いは今、宝瓶の壺を求め、戦場へと向かう。
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