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1-3-8 サーラとレイラ

サーラとシェリーが「鋏神の神殿」での試練を終え、次なる目的地である「宝神の神殿」へと足を向けたのは、朝靄がまだ大地に残る頃合いだった。丘を越えた瞬間、視界が開ける。その先に広がっていた光景に、二人は思わず足を止めた。


「……これって、どういうこと?」


サーラは言葉を失いかけたまま、眼下を見つめる。そこにあったのは、神殿を前にした光景としてはあまりにも異様なものだった。


地面には、挑戦者たちが無造作に横たわっている。十を優に超える人数が倒れ込み、誰もが苦悶の表情を浮かべていた。浅く乱れた呼吸、焦点の定まらぬ視線。魔力の枯渇か、あるいは精神の消耗か――いずれにせよ、まともに動ける状態ではない者が大半を占めている。


「まさか……試練の途中で倒れたの?」


シェリーが不安を隠せない様子で辺りを見渡す。


風は止み、空気は張りついたように動かない。鳥の声すら途絶え、ただ神殿の外観だけが、場違いなほどの荘厳さでそこに立っている。その静けさが、かえって異様さを際立たせていた。


「ただの試練じゃない……」


サーラは門を見据えたまま、低く言う。その視線には、警戒と同時に、状況を読み取ろうとする冷静さが宿っていた。


そのとき、シェリーが小さく声を上げる。


「見て、あそこ!」


指し示された先に、ひとつの動く影があった。倒れた者たちの間を縫うように、一人の少女が歩いている。


長い銀髪がわずかに風を受け、白を基調としたローブが朝の光をやわらかく返している。少女は足を止めるたびに、屈み込み、水を与え、癒しの術を施していた。

他の者が身動きも取れない中で、彼女だけが途切れることなく手を動かしている。


「……誰だろう。あんな状況で、落ち着いて動けるなんて……」


サーラの声は抑えられていたが、その内側には明確な関心があった。


少女はひとりひとりに言葉をかけながら、丁寧に手当てを続けている。そこに優先順位のようなものは見えない。ただ目の前の命に応じて、同じだけの手を差し出している。その振る舞いには、均質で静かな意志が通っていた。


「通りすがりって感じじゃないわね……」


シェリーも視線を離さないまま呟く。


「あの子はレイラ。レイラニス・シャロット」


背後からかすれた声がした。振り返ると、地面に座り込んだままの少女が、荒い呼吸の合間に言葉を絞り出していた。顔色はまだ優れないが、意識ははっきりしている。


「教団に見出された、水元素の魔法使いよ……有名人なのに、知らないの?」


その口調にはわずかな驚きが混じる。

彼女の視線の先では、レイラが変わらず手を動かしていた。


「争うのは得意じゃないって聞いたことがあるわ……でも、こういうときは、あの子しかいないって」


言葉を続けながらも、少女はやがて視線を落とした。


「……本当は、あの子だって限界のはずなのに。ずっと、休まず……」


その声には、感謝と同時に、言いようのない痛みが滲んでいた。


「……人を癒すために、戦いの場に来た人なんて……」


シェリーは息を呑み、目を見開く。


サーラは声をかけようとして、わずかに口を開いた。


だが、その手が止まる。

レイラの視線は、目の前の一人に静かに据えられたまま、決して揺らがない。


その集中は周囲を遮っているのではなく、むしろすべてを受け止めているように見えた。


(何て言えばいいの……)


サーラは視線をレイラへと向けたまま、胸の奥で何かがわずかに動くのを感じていた。

他の挑戦者たちとは明らかに異なる在り方。勝ち残るためでも、力を誇示するためでもなく、ただ目の前の他者に向けて魔法を使う姿。


「……彼女がいてくれて、よかった」


小さく漏れた言葉は、ほとんど独り言に近かった。


倒れた者たちの間を進むレイラの姿は、荒れた後の水面が静けさを取り戻す過程にも似ていた。動きは緩やかでありながら、確実に周囲の状態を変えていく。

その背には疲労の重みが見て取れたが、それでも歩みが止まる気配はない。


サーラはその光景から、言葉にしきれない何かを受け取っていた。

戦う理由は、ひとつではない。そう示されているように感じられた。

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