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1-1-21 日常の歯車

朝の光が差し込み始めた時、サーラはゆっくりと目を覚ました。

窓の隙間から差し込む柔らかな光が、まだ眠気の残る部屋を淡く照らしている。


彼女はぼんやりと天井を見上げながら、昨日の出来事が現実なのか夢だったのか、一瞬迷った。


「本当に……私も女王候補になるの?」


そんな考えが頭をよぎる。だが次の瞬間、はっとしたように意識を取り戻し、サーラは勢いよくベッドから飛び起きた。


サーラがリビングに降りていくと、アリアの姿が見当たらない。

食卓の上には昨夜の夕食の片付けもされておらず、家の中に姉が帰ってきた形跡がまるでなかった。


静まり返った部屋の空気が、妙に広く感じられる。


「アリアお姉ちゃん、まだ帰ってないの?」


サーラは小さく呟いた。


その時、リアナがキッチンから姿を現した。

湯気の立つカップを片手に、落ち着いた様子で言う。


「たぶん徹夜で仕事してるのよ。緊急招集だったからね。私が差し入れと着替えを届けてくるから、心配しないで」


彼女は手早く鞄を開き、必要なものを次々と詰め込んでいく。その手つきは慣れていて、迷いがない。


「すぐに戻るから、大丈夫。サーラも遅刻しないようにね」


リアナは軽く微笑むと、あっという間に準備を整えた。

そして外套を羽織ると、そのまま玄関を出て行った。


扉が閉まる音だけが、静かな家に残る。


サーラはその背中を見送った。

胸の奥にほんの少し不安がよぎったが、それよりも今すぐシェリーに話したいという気持ちの方が強かった。


急いで自分の鞄を手に取り、学校へ向かう。


石畳を鳴らして、サーラは駆けていた。

朝の空気は冷たく、吐く息が白く霧散する。


街は普段の静けさを失い、あちこちで人々が立ち話をしていた。


「聞いた?次の女王、十五歳の少女たちから選ぶんだって!」


「満十五ってことは、うちの娘も対象じゃないのか?冗談じゃない!」


「教団の手が回ってるに違いないわ。何か裏があるんじゃ……」


焦りと興奮が入り混じったざわめきが、朝の通りを満たしている。

開店前のカフェの前でも、数人の市民が声を潜めて議論していた。


「家柄だけじゃなく、魔法の才能で選ぶって話だぞ」


「そんな急に選定戦なんて、きっと仕組まれてる……」


サーラは立ち止まることなく、ただ必死に走った。

背中に、次々と噂が刺さるように飛び込んでくる。


胸の奥がざわざわと波立ち、何か大きな渦に巻き込まれようとしている気がした。


(私には関係ない……関係ないんだ……)


そう自分に言い聞かせながらも、サーラの心臓は不安に高鳴り続けていた。


学校に着くと、いつもと同じようなざわめきが廊下に響いていた。

しかしその中には、いつも以上の緊張感が漂っているのをサーラはすぐに感じ取った。


みんな、昨日の緊急速報のことを噂しているのだろう。


サーラは急ぎ足でシェリーを探した。

彼女は校庭の片隅に座っていて、サーラを見つけるとすぐに手を振った。


「シェリー!」


サーラは駆け寄ると、息を切らせながら言った。


「昨日の発表、聞いた? 十五歳になる女子が次期女王の候補になるなんて…私たち、ちょうど十五歳になるんだよ!」


シェリーは少し驚いた表情を見せたが、すぐに穏やかに微笑んだ。


「もちろん聞いたわ。でも、サーラ、大丈夫だよ。私たちみんな、普通に生活してればいいんだから」


「そうだけど……なんだか、どうしても気になっちゃって」


サーラは焦りと興奮を隠しきれなかった。

もし自分が選ばれたら、何が待っているのか想像もつかない。


教室に入る直前、廊下で教師の声が響いた。


「皆さん、落ち着いてください。昨日の発表についてですが、十五歳になる女子生徒たちは特に心配することはありません。いつも通りの生活を心がけるようにしてください」


その言葉に、生徒たちの間で一瞬ざわめきが広がった。

しかしやがて、ざわめきはゆっくりと落ち着きを取り戻していった。


サーラはほっとしたように息をついた。

それでも胸の奥には、まだ言葉にできないモヤモヤが残っている。


授業を終え、下校の時間になっても、サーラの心はずっと落ち着かなかった。

アリアがまだ帰っていないことが頭の片隅に引っかかっていたし、自分がもし本当に次期女王候補になったらどうなるのかという不安が消えなかった。


「今日も無事に過ごせてよかったね」


シェリーが隣で明るく言う。


「うん、そうだね」


サーラは微笑み返しながらも、どこか上の空だった。


校庭にはやわらかな夕陽が降り注ぎ、茜色に染まった空気の中で、サーラは軽やかな足取りで歩いていた。


心の奥で、小さな火が灯るようなワクワクが止まらない。


この国を揺るがすような選抜が、本当に自分たちの年代に向けられた──

そんな事実が、妙に現実味を帯びてきていた。


だが、周囲は違った。


門を出る生徒たちは声を潜め、学校の教員たちは「落ち着いて行動しましょう」と繰り返し注意を促している。

シェリーでさえ、「浮かれたらだめよ」と、まるで叱るような声でサーラを制した。


「そんなに……悪いこと、かな?」


小さくつぶやいても、誰にも届かない。


心は高鳴っているのに、世界は冷たく押し黙ったままだ。

その温度差が、サーラの胸に澱のように積もっていく。


サーラは小さく溜息をついた。

西の空には、ゆっくりと夕焼けが広がっている。

帰り道を急ぐ人々の影が石畳に長く伸び、街はいつもの穏やかな夕暮れを迎えていた。


世界は何も変わらないまま、ただ静かに一日を終えようとしていた。

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