1-1-20 緊急速報
夕暮れ時。
サーラと姉たちはリビングに集まり、夕食を囲んでいた。窓の外には柔らかな橙色の光が差し込み、静かな街の気配が家の中まで流れ込んでくる。
リアナが得意の魔法で調理したグリルドチキンがテーブルに並んでいる。こんがりと焼けた皮から香ばしい匂いが立ち上り、食欲をそそった。
アリアも珍しく早めに帰宅し、仕事の合間に家で食事をとっていた。
「今日はチキンがうまく焼けたわね」
リアナが少し微笑みながら言う。料理の出来を確認するように、フォークで軽くつついた。
「ほんとだ、今日はいい感じ」
サーラも嬉しそうに一口かじった。
外はぱりっと香ばしく、中は驚くほど柔らかい。思わず頬が緩む。
三人の間に、しばらく穏やかな会話が続いた。
仕事の話や学校の話、他愛のない話題が食卓の上をゆっくりと流れていく。
サーラはふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば……あの工作員、どうなったの?」
「工作員?」
リアナが小さく首を傾げる。
「この前の、ほら……ヴァシリー。王宮に連れていかれたでしょ」
フォークを持ったまま、サーラは少し不安そうに言った。
アリアは一瞬だけ手を止めたが、すぐに何事もないようにチキンを切り分けた。
「その話は気にしなくていいわ」
淡々とした声だった。
「でも……」
「王宮の仕事よ。あなたが心配することじゃない」
アリアはそう言って、サーラの皿にチキンを一切れ置いた。
「私も関係者だし、少しくらいなら教えてくれても──」
「サーラ」
短く、はっきりと遮る。
「それ以上は聞かないで」
サーラは言葉を飲み込んだ。
「……うん。ごめん」
「ほら、冷める前に食べなさい」
サーラは少しだけ口を尖らせたが、それ以上は何も言わなかった。
リアナは事情を知らない様子だったが、空気を察したのか、あえて何も聞かなかった。
食卓の会話は、やがてまた穏やかな流れに戻っていった。
その時だった。
リビングの隅にある魔法の鏡が、かすかに淡い光を放ち始めた。
サーラはチキンを口に運ぼうとしていた手を止める。
「また王宮の魔法配信?」
サーラがぼんやりと呟いた。
「こんな時間に?珍しいわね……」
リアナが驚いた表情で鏡を見つめた。
普段この時間に公式配信が流れることはほとんどない。
アリアも食べていたチキンを置き、緊張した面持ちで鏡へ視線を向けた。
その瞬間、鏡が強く光り、王国の公式紋章が映し出される。
次いで、重厚な声が部屋いっぱいに響き渡った。
『国民の皆様、緊急速報をお届けします。今年十五歳を迎える女性に関する重大な発表です』
「え、どういうこと?」
サーラが眉をひそめた。リアナも小さく首をかしげる。
鏡の向こうの声は、淡々と続いた。
『次期女王選定に関する新たな規則が追加されました。選定対象者は、今年十五歳の誕生日を迎える女性のみとすることが決定されました。これにより、候補者は自動的に資格を持つこととなります』
その言葉が響き渡った瞬間、
リビングの空気は一瞬で凍りついたように静まり返った。
アリアが驚きと戸惑いの表情を浮かべ、すぐに椅子から立ち上がる。
「聞いてない……」
言葉が、わずかに遅れて零れる。
「今までの準備は、全部どうなるの……?」
声は固く、普段の冷静さをわずかに失っていた。
「お姉ちゃん、これってどういうことなの?」
サーラも困惑した顔で問いかける。
「私だって知らないわ。こんな大事なことが共有されていないなんて……」
アリアの表情には、明らかな苛立ちが浮かんでいた。
その瞬間だった。
アリアの腰につけていた魔法ポケベルが突然震え、淡い光を放った。
静まり返った部屋に、かすかな振動音が響く。
彼女は驚いた表情でポケベルを手に取り、浮かび上がったメッセージを確認する。
『プロジェクトメンバー緊急招集。速やかに王宮へ集合せよ』
「緊急招集……」
アリアは短く呟くと、すぐに椅子を引いた。
迷う様子はない。すでに頭の中で行動が決まっているようだった。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」
サーラは不安げに声をかける。
「大丈夫じゃないけど、行かないわけにはいかないわ」
アリアは手早く上着を取りながら答えた。
「すぐに確認してくるから、留守をお願い」
そう言うと振り返ることなく玄関へ向かい、そのまま家を出て行った。
ドアが閉まる音だけが、静かな家に残った。
残されたサーラは呆然とアリアの背中を見つめていた。
つい先ほどまで話題にしていた、あの工作員の言葉がよぎる。
北方の帝国からの命令で動いていたと、あの男ははっきり口にしていた。
その記憶と、いま告げられた規則の変更とが、胸の奥で静かに結びつく。
無関係だと考えるには、あまりに出来すぎていた。
そして、今聞いたばかりの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
十五歳の誕生日を迎える女性が、次期女王選定の候補者になる。
その意味を、ゆっくりと理解し始めた。
「……私、今年十五歳じゃん!」
サーラは驚きの表情で、自分の誕生日を思い返した。
「もし、私が次期女王の候補者になったら……?」
思考は自然と夢想へと流れていく。
自分がクインズコートの決闘に参加し、魔法を駆使して戦う姿。
そして最後には、歓声の中で女王として王座に座る光景。
想像の中の世界は、次第に現実のように鮮明になっていった。
その時だった。
「……サーラ、それは甘い考えだよ」
リアナの落ち着いた声が、サーラの幻想を引き戻した。
彼女は真剣な表情でサーラを見つめている。
「次期女王選定戦は、ただの競技じゃない。命をかけた戦いなのよ」
リアナの声は静かだったが、その言葉には重い現実が込められていた。
「候補者になったら、本気で勝たないといけないし、負ければ……命を落とすことだってある」
その言葉には確かな重みがあった。
リアナの目にはサーラを気遣う優しさと、どこか寂しげな色が浮かんでいる。
「でも……もし選ばれたら、どうすればいいの?」
サーラは困惑した表情でつぶやいた。
リアナは小さく息をついた。
「そんなこと考える必要はない。私たちは、王宮や他の勢力がどう動くかを見守るしかないのよ」
静かな声だった。
サーラは再びぼんやりと考え込んだ。
夢想と不安が入り混じった思考が、頭の中でゆっくり渦を巻いていく。
そして気づき始めていた。
次期女王選定戦は、もう遠い世界の出来事ではなくなっていた。
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