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1-1-19 女王選定戦

エグバート先生は講義室の前に立ち、いつも通りの穏やかな表情で学生たちを見渡した。

だがその視線には、わずかに張り詰めたものが混じっている。


講義室の空気は、次期女王選定戦の話題で落ち着きを失っていた。

誰が選ばれるのか、決闘はどのように行われるのか。

断片的な噂だけが先行し、それぞれが思い思いの推測を交わしている。


「皆さん、選定戦の話題に関心があるのは理解していますが──今は講義中です」


静かな声だったが、ざわめきはすぐには収まらない。

エグバート先生は一度だけ小さく息をつき、それから視線を講義室全体に巡らせた。


「……では、その関心を少しだけ満たしておきましょう」


その一言で、空気が変わった。

私語は途切れ、視線が一斉に前へと集まる。


リアナもまた、自然と姿勢を正していた。


「次期女王選定戦は、単なる魔法の競技ではありません。

選ばれる者には、魔力だけでなく、思考と判断が求められます」


先生はゆっくりと手をかざし、講義卓の魔法の鏡を起動させた。


映し出されたのは、聖地クインズコート。


広大な敷地に広がる森と草原。

その奥に、風化した石造遺跡が点在している。


講義室の空気が、静かに引き締まる。


「クインズコートは、王国の長い歴史を見守ってきた聖域です。大きさはおよそ百ヘクタール。

王立劇場と周辺の保護区をすべて含めた規模に相当します」


誰かが小さく息を呑んだ。


数字としては理解できる。

だが、普段目にしている校庭や街区とは比較にならない広さであることだけが、遅れて実感として残る。


「かつて邪悪な女王が封じられた場所でもあります。もっとも、それもずいぶん昔の話ですがね。

現在では広域結界によって守られており、内部への立ち入りは厳しく制限されています」


映像の上に、薄く光る膜のような層が重なる。

それが結界であることは、誰の目にも明らかだった。


「クインズコートは、歴代の選定戦において舞台とされてきた場所です。

候補者は定められた形式に従い、あの結界内で試練に臨みます」


映像に映る広大な聖域を、静かに指し示す。


「形式そのものは、長い年月をかけて整えられてきたものです。

記録に残る限り、その枠組みが大きく揺らいだことはありません」


講義室は静まり返っていた。

それが揺らがぬ前提であるかのように、言葉は淡々と積み重ねられていく。


「そして今回も、その形式に基づいて行われる──」


一拍。


言葉は、そこで止まった。


エグバート先生は視線を落とし、ほんのわずかに首を振る。


「以上が、公に確認されている事実です」


顔を上げたときには、すでにいつもの穏やかな調子に戻っていた。


「諸君が知るべき範囲としては、ここまでにしておきましょう」


講義室の一角で、小さなざわめきが起きた。


説明として不足があるわけではない。

だが、どこかで言葉が切り上げられたような感触が残る。


本来続くはずの何かが、意図的に伏せられたままになっている──そんな印象だけが、静かに広がっていった。


誰かが小さく息を吐く。


期待していたものに手が届かなかったときの、わずかな不満が、講義室の底に沈んでいく。


リアナは、先生の横顔を見つめていた。


普段と変わらぬ口調。

だが、わずかに言葉を選んでいるようにも見える。


「この選定は、王国にとって大きな節目です。

新たな象徴を定めるためのものでもあります」


その言葉は、講義室の空気に静かに落ちた。


廊下の向こうから、わずかに明るい声が聞こえる。

選定戦を祝う準備が、すでに始まっているのだろう。


だが、その軽やかさは、この場の空気とはどこか噛み合っていなかった。


「……さて、これで講義は終わりです」


エグバート先生は映像を消し、講義卓に手を戻した。


「選定戦に興味を持つのは構いません。

ですが、我々が扱うべきはあくまで術式です。基礎を疎かにしないように」


講義を締めるその声は、いつもと同じ穏やかさを取り戻していた。


だが、この場に残されたものは、単なる高揚だけではない。


リアナはノートに視線を落としながら考える。


何が引っかかっているのか、言葉にはできない。

けれど、この説明のどこかに、意図的に伏せられた部分がある——そんな感覚だけが、確かに残っていた。


外では、祝祭の準備が進んでいる。


その光景と、今この場で感じたわずかな違和感。

それらが結びつく理由を、まだ彼女は知らない。

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