1-1-15 サーラとリュドミラ
教室の廊下で、突然響き渡る悲鳴が平和な日常を一瞬で壊した。
「キャーッ!」という叫び声とともに、生徒たちが次々と倒れ、苦しむ様子が廊下のあちこちに広がっていく。突然の異変に誰もが動揺し、混乱が一気に波のように広がった。
サーラとシェリーは顔を見合わせると、急いでその場へ駆け寄った。
「何が起こったの?」
サーラは周囲を見回しながら、倒れた生徒たちの様子を観察する。生徒たちは苦しそうに顔や喉元を押さえ、呼吸を乱しながらうずくまっていた。廊下は瞬く間にパニックに包まれ、助けを求める声と咳き込む音が入り混じって響いている。
「毒だ……空気に混じっている……」
サーラは咳き込みながらそう口にした。自分自身も息苦しさを覚え、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われている。
「一体、誰が……」
シェリーが恐る恐る廊下の奥を見やったその時、静かな足音とともに一つの影が近づいてきた。黒いマントをまとった女性が、まるで散歩でもしているかのような落ち着いた足取りで歩み寄ってくる。その唇には、冷たい笑みが浮かんでいた。
「ふふ、やっと会えたわね、サーラ」
「あなた……誰なの?」
サーラは息を整えながら、目の前の女性を鋭く睨みつけた。
「私の名前はリュドミラ。覚えておくといいわ。これから、もっと楽しいことが待っているから」
彼女はそう言って、冷酷な微笑みを崩さない。
「どうしてこんなことを……」
シェリーが苦しそうな声で問いかける。
「理由?そんなのどうでもいいじゃない。
だって、優等生面したサーラを地面に転がして、苦しんでるところを朝まで眺めていたいんだもの」
リュドミラの言葉は、氷のように冷たく廊下に響いた。
サーラは体に力を込め、必死に立ち上がろうとする。だが、体の自由は少しずつ奪われていき、毒が体中へと広がっていくのがはっきりとわかった。呼吸は浅く、胸が重い。それでも彼女の思考だけは止まらなかった。
「この毒……水に溶けやすい性質がある……」
サーラは辛うじて言葉を絞り出す。周囲の混乱を横目に、彼女の頭の中では状況の分析が高速で進んでいた。
「でも……あと数分で肺がやられる……」
彼女は残された魔力を振り絞り、周囲に水を生み出す魔法を発動させる。だが毒の影響で出力は弱く、十分な量の水を作り出すことができない。水はわずかに床へ広がるだけで、状況を覆すには到底足りなかった。
「無駄よ。そんな力で私に勝てるわけないじゃない」
リュドミラは嘲笑を浮かべながら、ゆっくりとサーラへ歩み寄ってくる。
サーラは全力で水を生み出そうとするが、体の限界はすぐそこまで迫っていた。わずかに広がる水が毒を弱めている感触はあるものの、このままでは到底間に合わない。
その時、シェリーが動いた。
耳元のイヤリング型デバイスが淡く光り、毒素を浄化する保護魔法を自動で展開している。
彼女は息を整えると、迷わずサーラのもとへ駆け寄った。
「サーラ……私、みんなを呼んでくる!」
「え……?シェリー、危険だわ……」
サーラは必死に止めようとするが、シェリーは真っ直ぐな瞳で彼女を見つめ返した。
「大丈夫。今は、みんなで助け合う時よ!」
シェリーは決意を固めると、残った力を振り絞り、大きな声で呼びかけ始めた。
「みんな、聞いて!サーラが戦ってる!力を貸して!」
その叫び声は、混乱に包まれた廊下の中で強く響いた。倒れそうな体を支えながらも、まだ動ける者たちが次々と顔を上げ、シェリーの声に反応していく。
やがて何人かの生徒が魔法を使い始めた。各々が水を生み出す魔法を発動し、弱々しいながらも少しずつ水が集まり始める。廊下の床には、幾筋もの水流が重なり合うように広がっていった。
「サーラ、みんなが力を貸してくれてる」
シェリーはそう言って、力強く微笑んだ。
サーラはその光景を見て、再び奮起する。
皆の力が集まるこの瞬間、彼女は自分の魔力と周囲の魔法を統合し、さらに高度なループ処理を試みた。ばらばらに流れていた水の術式を束ね、同じ魔法を何重にも重ねていく。
重なった術式は連鎖し、やがて一つの大きな流れへと変わっていった。
「これなら……いける!」
サーラは叫び、全ての力を込めて水の奔流を生み出した。
その水流は勢いを増し、まるで意思を持つ生き物のようにうねりながら、リュドミラへと襲いかかる。
「何をしたの……!?こんな魔法が……!」
リュドミラは驚愕の表情を浮かべ、必死に抵抗しようとする。しかし膨れ上がった水の奔流は彼女の術式を押し流し、激しい水流となってその身体を呑み込んでいった。
「私を……こんなこと……許さない……!」
リュドミラの声が水流の中でかすかに響き、やがてその姿は水とともに消え去った。
サーラはその場に崩れ落ちるように座り込み、荒い呼吸を繰り返した。
「やった……でも、彼女は……」
「大丈夫だよ、サーラ。私たちで何とかできたんだから」
シェリーは優しく声をかけ、そっとサーラの肩に手を置く。
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。教団の医療チームが駆けつけ、倒れている生徒たちのもとへ次々と向かっていく。彼らは手際よく状況を確認しながら、迅速に治療を始めていった。
サーラは静かに立ち上がり、その光景を見つめる。
混乱は少しずつ収まりつつあったが、彼女の胸の奥には消えない不安が残っていた。
リュドミラは確かに姿を消した。だが、その後の行方は分からない。
まるでどこかで再び現れるのを待っているかのような不穏な予感が、サーラの胸を静かに締め付けていた。
「リュドミラ……彼女が、この程度で終わるとは思えない」
サーラは小さくそう呟いた。
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