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1-1-14 洗脳魔法

サーラとシェリーは身を隠しながら、ゴーレムが街を蹂躙する様子を見守っていた。

重々しい足音が響き渡り、遠くで人々の叫び声がかすかに聞こえてくる。


「どうにかしてやり過ごせないかな……」


シェリーが不安げに囁いた。


サーラは一瞬立ちすくみながらも、深く息を吸い込んだ。

逃げ出したい気持ちを押さえ込み、意を決してゴーレムの胸部を注視する。


(冷静になって……見るんだ、サーラ)


ゴーレムの胸には、うっすらと赤黒いルーンが刻まれていた。

普通の制御ルーンなら、規則正しい紋様が魔力の流れを司るはずだ。だが、目の前のそれは微妙に歪んでいる。線が途中でねじれ、異なる体系の符号が混じり込んでいた。


(あれは……通常のルーン構成じゃない……!)


サーラは胸の奥がざわつくのを感じた。

講義で見たルーンの標準型とは明らかに異なる。しかも、それは単なる破損ではない。


(ルーンの層構造が二重化している)


制御ルーンの上に、別体系の術式が重ね書きされている。複雑に入り組んだ亀裂のような線──それは、魔力を暴走させるために施された改竄だった。


ゴーレムは本来、決められた命令に忠実に従うだけの存在だ。

ここまで激しく暴走するには、外部からの魔力干渉、いわゆる“ハッキング”が必要になる。

そして、それは高度な魔術技術を持つ者にしかできない。


(教団……。いや、それ以外の勢力かも?)


騎士団は呆然と立ち尽くし、教団の使者たちは静観している。

誰も彼もが責任を押し付け合っているだけだ。


このままでは、街が、無関係な人たちが、ゴーレムの暴走に巻き込まれてしまう。


サーラは歯を食いしばり、隣にいるシェリーへ声をかけた。


「シェリー、あれを見て!」


震える指でゴーレムを指し示す。


「ルーンのパターンが変だわ。明らかにおかしい……誰かが、あのゴーレムをハッキングしてる!」


シェリーも目を見開き、ゴーレムを凝視した。


「そんな……あれって、暴走してるだけじゃないの?」


「違う」


サーラはきっぱりと首を振った。


「暴走なんかじゃない。誰かが意図的に操ってる。しかも……」


彼女は緊張した面持ちでゴーレムと周囲を見回した。


「犯人は、近くにいるはず。ここまで高度な魔法を使うには遠隔じゃ無理。ルーンを維持するためには、現場で直接、魔力を流し込まないといけないから」


サーラは強く言い切った。

少女の瞳には、ただの恐怖だけでなく、確かな確信と怒りが宿っている。


シェリーはごくりと唾を飲み込み、無意識にサーラの袖をつかんだ。


街の雑踏の中に、“仕掛けた者”が潜んでいる。

そう思うだけで、空気が一気に重くなった。


「どうするの? 騎士団は何もしてくれないし……」


「私が逆ハッキングしてみる。犯人の手口を逆手に取って、ゴーレムを制御し返すわ」


サーラは決心し、静かに魔力を集中させ始めた。


「サーラ、本当に大丈夫?」


シェリーは心配そうに問いかけたが、サーラの手は止まらない。


「今のままじゃ、この街はゴーレムに壊されるだけ。誰かが止めなきゃ……私がやるしかないんだ」


サーラは目を閉じ、静かに魔力を流し込んだ。

すると、ゴーレムの胸に刻まれた赤黒いルーンが淡く光り、その構造が空中に立体的に浮かび上がる。幾重にも重なった術式の層が、絡み合う蔦のようにうねりながら広がっていた。


サーラの魔力がルーンへ触れた瞬間、無数の細い光の線が空中へ走る。街の空間に張り巡らされた見えない魔法回路のように、複雑な網目が次々と描き出されていく。


「見えた……術式の流れ。なら、この回路を逆に辿れば……制御を取り戻せる!」


だが、次の瞬間だった。

サーラの視界の奥に、黒いルーンが割り込んできた。


網膜に焼き付くように浮かび上がった紋様が、まるで思考の表面を這うように広がっていく。


「何これ……」


サーラは顔をしかめ、頭を押さえた。


「サーラ、どうしたの!?」


シェリーが慌てて駆け寄る。


「相手が気づいたんだ……マインド・ハッキングされてる……!」


サーラは苦しげに呟いた。


攻撃者がサーラの精神に直接アクセスし、彼女を無力化しようとしている。

サーラは必死に抵抗するが、相手の技術は高度だった。


意識が遠のき、体が思うように動かなくなる。


「サーラ!」


シェリーは驚き、必死に彼女を支えようとした。

そして咄嗟に防御のバリアを張り、サーラを守る光の盾を作り出す。


「跳ね返してやる……!」


シェリーの防御術式が展開した瞬間、金色の魔法陣が幾重にも回転した。

侵入していた黒いルーンが弾かれ、逆流する光となって空間を走る。


遠くから短い悲鳴が響く。


シェリーとサーラは互いに顔を見合わせ、音のした方へと歩み寄った。

隠れていた路地の奥、暗がりの中に人影がうずくまっている。


それは、黒いマントをまとった細身の人物だった。

顔はフードで隠れて見えないが、かすかに見える手の形から女性であることがわかる。


「この人が……犯人?」


シェリーが呟いた。


「間違いないわ。でも、相手がこんなに早く自滅するなんて……油断していたのかもしれない」


サーラは警戒しながらも、一歩近づく。


フードの奥から、一瞬だけ視線がサーラを射抜いた。


その直後、謎の人物はフードを深くかぶり直し、素早く立ち上がると、影の中へ溶け込むようにして逃げ出した。


サーラとシェリーは追おうとしたが、周囲の混乱に紛れてその姿はすぐに見失われてしまう。


「今の……誰だったの?」


シェリーは悔しそうに言った。


「わからない。でも、あの技術……普通の魔法使いじゃないわ」


サーラは胸の奥に重くのしかかる不安を感じていた。


遠くで騎士団の動きがようやく活発になり始め、ゴーレムの制御も少しずつ取り戻されつつあった。


だが、サーラの胸の中には、逃げ去った謎の女性の影が深く刻まれていた。


背後に潜む黒い意図──

その正体を、サーラはまもなく知ることになる。

リュドミラ・ザルコワという名を。

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