表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/68

1-1-13 巨人暴走

午後の陽射しが差し込むカフェは、甘い焼き菓子の香りと、珈琲の苦い香りが心地よく混ざり合っていた。

サーラは窓際の席に腰掛け、ミルクたっぷりのカフェオレを両手で包み込むように持ちながら、ふうっと小さな息をついた。


「ねえ、見て見て。このケーキ、可愛すぎない?」


向かいの席のシェリーが、上機嫌でベリータルトを差し出してくる。甘酸っぱい香りが、サーラの鼻をくすぐった。


「ほんとだ。宝石みたい」


サーラはにこりと笑い、スプーンを手に取る。

テーブルの隅では、黒猫の姿をしたネフィリスが、ふん、と鼻を鳴らしてカップの匂いを嗅いでいた。


「甘ったるい。人間ってのはどうしてこうも、食べ物を口にすると無防備に油断するのかね」


ネフィリスの皮肉に、シェリーがくすくすと笑う。


「でも、たまにはいいじゃない。平和な時間って貴重よ」


「貴重だからこそ、長くは続かないものさ」


サーラは苦笑しつつ、窓の外へ目をやった。青空には小鳥たちが舞い、広場では子どもたちが魔法式のホウキを持って遊んでいる。

この街の日常は、そんなふうに穏やかに流れていた──その時までは。


コップの中のカフェオレが、わずかに揺れた。


最初は気のせいかと思ったが、次の瞬間、確かに床が震えた。

カフェの棚に並べられていたカップが、かすかに音を立ててぶつかり合う。


「……何か、変じゃない?」


シェリーが不安そうに眉を寄せる。


サーラも立ち上がり、カフェのガラス越しに通りを見た。

人々がざわめきながら、奥の通りを指さしている。その向こうに、巨大な影が現れる。


鈍い地響きと共に、石畳を揺らして現れたのは、漆黒の巨人だった。


無骨な岩石の身体に、禍々しい魔法の紋章──ルーンが浮かび上がっている。明らかに、ただのゴーレムではない。


「うわ……なにあれ!」


サーラの声が裏返った。


ネフィリスの瞳が鋭く細められる。


「……あれは教団のルーンゴーレムだ。ひょっとして、暴走しているのか?……まずいな」


街の人々は悲鳴を上げながら四散し、騎士団の制服を着た兵士たちが急ぎ駆けつけるのが見えた。


「月の騎士団が出動してるってことは、相当やばいわね……」


シェリーが小さく呟く。


王宮直属の騎士団、通称「月の騎士団」は、王国の守護者として特別に結成された精鋭の軍隊である。

彼らは王宮を中心に活動し、国の平和と安全を保つため、剣技と魔法に秀でた選抜の戦士たちで構成されていた。


だが、ゴーレムは彼らに構うことなく、ただひたすら前進を続ける。

その進路の先には、サーラたちのいるカフェがあった。


サーラはカフェの中で硬直した。

シェリーもスカートをつまみながら、戸惑いの色を隠せない。


「こっち来てる……よね?」


「……そうだね。逃げるなら今だぞ」


ネフィリスが低い声で促す。


だが、カフェの出入り口にはすでに避難する人々の波ができ、すぐには出られそうにない。

サーラは一瞬だけ迷い、シェリーの手をぎゅっと握った。


「シェリー、裏口に回ろう!」


「う、うん!」


二人はカフェの奥へ走り出した。

背後では、鈍い衝撃音と共に建物が震える。ゴーレムの足音が、すぐそこまで迫っていた。


カフェの裏口を出た瞬間、サーラたちは騎士団の魔法兵たちと出くわした。

彼らは盾を展開し、ゴーレムの進路を塞ごうとしていた。


「防御陣、展開!止めろ、あのゴーレムを!」


隊長らしき騎士が叫ぶと、兵士たちは一斉に杖を構えた。

空中に描かれる幾何学的な魔法陣。それが光り、次の瞬間、閃光の矢がゴーレムに向かって放たれた。


しかし、黒い巨体はびくともしない。

魔法の矢はゴーレムの岩肌に当たると、派手な火花を散らし、弾かれてしまった。


「くそっ、魔法耐性が異常に高い!」


騎士たちの間に焦りが広がる。


そこへ、黒衣をまとった一団が現れた。

胸に教団の紋章を刻んだ使者たちだ。彼らは騎士団の前にずかずかと進み出ると、傲然と言い放った。


「このゴーレムは、我ら教団が管理する貴重な聖遺物である。これ以上の破壊行為は許可できない」


「バカな!」


隊長が叫んだ。


「これ以上放置すれば、街が──!」


「ならば、あなた方が責任を負えるのか?」


教団の使者は冷たく言い放ち、文書らしきものを騎士団に突きつけた。

封蝋が押された公文書。どうやら上層部の決定らしい。


騎士たちは一斉に顔を曇らせた。

命令違反はできない。結局、手を引くしかなかった。


その間にも、ゴーレムはゆっくりと、しかし圧倒的な破壊力で暴走を続けていた。

今も、着実にサーラたちのいる通りへ向かってきている。


漆黒の巨体は三階建ての建物ほどもあり、歩くたびに石畳が軋んだ。


「どうするの、サーラ!」


シェリーが叫ぶ。


サーラは息を呑んだ。

心臓が早鐘を打つ。


彼女にはまだ、本格的な実戦経験はなかった。

それでも──見捨てるわけにはいかなかった。


ブクマでサーラの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ