相談(友人)
「失礼します。お久しぶりです、パンデルさん」
そう挨拶も短めに、兵士長の部屋へと入っていく。ここまで兵士たちからは歓迎され、街の雰囲気も変わっていなかった。
唯一変わっていたのは、やはり要塞付近の空気と人の存在だろう。パンデルやもう一人の兵士長なども要塞にいたはずだが、現在はこの通り、要塞外で暮らしている。
「ああ、よく来てくれた。本当に久しぶりだな……シオン」
随分と老けました。そういう感想が真っ先に出てしまうのが、自分の悪いところだと考えてしまうが、パンデルを見て真っ先に浮かんでしまった言葉だった。
確かにパンデルという男は、元々歳を取っていた男だ。それでも、ここまで白髪はなかったはずだった。
自分があちらで死んで、魂だけの存在として呼ばれて、こちらの世界に【魔族】の神様から協力してくれと言われて、新たな父と母の元に生まれたのだ。
その時からパンデルとは付き合いがあった。彼は兵士長にはよくも悪くも向いている部分と向いていない部分、両極端な部分を併せ持つ。
シオンはそんな、この男が好きだった。素直に尊敬できる男の一人だからだ。
多くの兵士と語り合い、腹の底まで割って話す。わからない事があれば、その兵士が理解するまで根気よく付き合う。
厳しいことも言うが、何よりもそれは兵を活かすためであると、兵士自身が分かるようにする。それが出来る人材だった。
欠点は、兵士の命を大切にしすぎるきらいがあるというところだ。一人を助けるために多数を犠牲にしかねない危うさがある。
それでも、この男が愚かであるとは断言など出来ない。人を人として数えるその精神こそ、尊いものである。
「随分と、お疲れの様子ですが、大丈夫ですか?」
「お前が来てくれたおかげでこれでもマシになったほうだ。 少なくとも今の状況の打開策に繋がるかもしれんからな」
「ふふ、実はボクの美しさにパンデルさんがメロメロとか?」
馬鹿なことをいうな、と頬を緩ませながらパンデルが言う。それから、急に顔が引き締まった。
「修行の旅はどうだった?」
「ええ、なかなか充実したものでしたよ。ボクとしては、死霊術の腕前だけでなく、錬金術も磨くことが出来ましたし……なにより、面白いことにも出会えましたので」
面白いことの詳細については、ぼかさねばならない。というより、今の自分が生まれた時から神様と一緒で、さらに旅までしちゃいました、などと言えば、流石にいろいろ終わる。
そのことは黙っておきながら、適当に茶を濁しながら、本題へと話題を誘導していく
最近の街の様子、人の様子、知り合い。
そうやって話をつなげていけば、すぐに本題へとたどり着く。
「……ところで、声を大きくして話せない話があるのだがな」
「サオリのことでしょう? わかっています」
あれだけ自分と仲の良かったサオリが、何も言ってこない。会いにも来ない。そもそも、いつものサオリなら、自分が戻ってきた時点で要塞へと案内したはずだ。
それがないのだから、もう何かあったのだとすぐに分かる。というより、神様の話から既に判明している。
佐渡という男が追う神と、魔族の神。
それだけで済まない問題が発生しているのだと、あの佐渡という男に分からせなければならない。
サオリの問題もその1つだ。解決するには、佐渡という男に分からせるしかない。分からせるしかないのだが――。
――そんなことができるのか、というのが問題だ。
あの男の受けた痛み、苦しみなど、満遍なく上手くいっていた自分に分かるはずがない。
そこをどう説得するのか、それとも戦うべきなのか。決断のしどころではあるのだ。
どちらにせよ、佐渡はサオリを狙っている。一度はぶつからなければならない。そこが勝負のしどころだ。
佐渡と話す機会は今のところはそこだけだろう。失敗してしまえば、そこまでである。
自分がどうにかせねば、本当に彼はいくところまでいってしまう。そうなれば、もはや彼は人間でない。人の形をした化物と化す。
怪物の引き起こす災害と末路など、お決まりのものだ。
最悪の自体だけは、必ず防がなければならない。佐渡が怪物と化す前に止めなければならないのだ。
「サオリ様は、その、恋人であったザルガン様を亡くされたときは、まだ、平静だったのだがな」
「……ザルガンをアンデットとして召喚した辺りからおかしくなり始めましたか?」
その通りだと、パンデルが頷く。それまではまだ、疲れたような表情を見せるぐらいであったが、最初に周りの兵士を遠ざけ、次に護衛、そして最後はパンデル達。
誰かが常に自分の命を狙っている。内心ではいつ寝首を掻いてやろうかと考えている。そこまで思いつめるようになるまで大した時間はかからなかったらしい。
サオリの恋人だった男、ザルガンは高潔な騎士だった。同時に卓越した剣技を持つ男でもあった。彼が亡くなった理由は病だと聞いていた。
「病で亡くなった彼を、媒介の骨を使い魂を呼び戻して、自らの騎士としたと」
「そうなのだ。今は骨の騎士として、サオリ様の警護を務めている」
それから、サオリ様はひたすらザルガンだけを頼りにするようになっていた、と話は続いた。
話を聞くだけでは、どうみてもザルガンが怪しいとしか思えないのだろう。サオリが変わり始めた頃と、ザルガンを呼び出した時期。
その2つがちょうど重なり合っているからこそ、パンデルも疑いを持ってしまったのだろう。
気持ちは分かる。自分も神様から情報を聞いていなければ、間違いなくザルガンを疑っていた。
――ザルガンはむしろ楔ですね。
佐渡が仇としている神は、英雄たちを生け贄にして、この世界を守ろうとしている、というのが魔族の神が述べた事実だ。
完全に欲で溺らせるか、絶望させて、限りなく肥大化した魂を何かに使うことである脅威――佐渡に加護を与えたらしい今の状況の元凶である、三番目の神をどうにかしようとしている。
果たしてそれが正解であるのかどうかは分からないが、あちらの神も考えて起こした行動であることには変わりない。
ただ、その代償が、狂いかけの男を一人生み出してしまった。そして、結局それが災害を引き起こそうとしている。
それでは意味が無いのだ、という結論を出したのが魔族の神であり、その駒として自分が動いているのだ。
「とりあえず、サオリから目を離さないようにしてください。 ボクも近々、サオリと会談します」
「出来る自信があるのか?」
「もちろんです。ボクに任せておいてください」
友達を救うのに理由はいらない。
それが、"向こう"でのエルダシオンの誇りでもあった。
今回もそうだ。友達を救うために、あらゆる努力は惜しまない。
こちらの世界であっても、思いは変わらない。
だからこそ、そのための準備をお願いするつもりであった。
佐渡が考えるのはサオリの抹殺であり、現状ほどの好機はない。
サオリと正面からやりあえば、彼女を守るために喚び出された、死してなお勇敢な兵士たちが、サオリの命令で動き出すだろうが、現在のサオリではそこまで対応できない。
東方伯の佐々木という男は、利用しようとしたエルフの騎士に殺されたという話は聞いていたが、その前に、魔族の群れと化物の群れが東方伯の騎士団を襲ったという話もある。
どこからでもなく、唐突に現れたという魔族と化物の群れ。おそらくは、佐渡の能力だろう。
サオリが正気に戻れば、少しでもその能力についても話を聞けるかもしれない。
どちらにせよ、サオリを護らなければ話が始まらないのだ。
彼女の命が助けられなければ、佐渡に加護を与えた神の目的に近づき、七英雄を創りだした人の神の目的にも近づく。
両方を妨害しないと、魔族の神の目的は達成できない。
「……ですが、その前にお願いがあります」
「お願い? 我々で協力できることであれば何でもするが、言ってみてくれ」
自らの問い掛けに、パンデルは協力の意志を示してくれた。
彼ならば、信じてくれるだろう。サオリを護るためには、これが必ず必要なことだった。
「近々、東方伯を殺した男の襲撃が、軍勢を引き連れて起こります。それを抑える準備をしてください。
それと、少数の精鋭が、すぐにサオリの側に駆け付けられるようにお願いします」
「軍勢か、分かった。目立たぬようにではあるが、歩哨を増やすなどして、すぐに対応できるようにしよう。
精鋭の方は……私は指揮をせねばならんから無理だが、もう一人の兵士長と、シオンの父上が残してくれた方々に頼んでみよう」
ありがとうございます、と頭を下げる。
これで、後は自分がサオリを上手く説得すれば、彼女を救うことができる。
後は、佐渡の襲撃を凌ぐだけだ。だけなのだが――
――それが最難関なのですが。
パンデルに気づかれぬように、息を一人飲み込んだ。




