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佐織(道化女)

佐織は常に一人だった。英雄候補として呼ばれ、あの虐殺を生き延びてからずっと一人であった。

 七英雄といわれ、後に六英雄とされた後でも、佐織は周りを恐れていた。いつ自分が彼らから見放されるか、常に怯えていた。

 “向こう”でもそうだったのだ。ただでさえ、自分は役立たずだと思っていたのだ。

 学校でも、人の顔を見て過ごすだけの日々だった。群れから離れないように、それでいて自分の時間を守れるようにだけ動いてた。

 目立たないように、極力生きていたのだ。母親からの過剰な期待に対して、父親はなにもしてくれなかった。故に平凡な成績だけを取り続けた。

 そのうち、母親は佐織に期待しなくなった。それが、佐織を安心させた。

 母親も父親も出来た人間だった。自分のようなつまらない女が生まれたのが、おかしかったのだ。


 こちらへと来たばかりのころもそうだった。

 周りからは召喚術だけの女として扱われ、他の兵士たちからも白い目で見られた。自分が、いかに頼りないかも分かっていた。

 他に召喚された者達のように、特に優れた力が有ったわけではない。

 確かに死霊を操る力を持っており、彼らを兵士として連れて行くことで戦力にはなったが、沙織自身が必要とされることなど、何もなかった。

 

 佐織を除けば、皆、この世界に適応しているように見えた。

 最初は自分も新たな世界で変われるかもしれないという希望を抱いた。

 だが、それが幻想だと気づくのには、対して時間はかからなかった。

 

 周りからすれば、自分がどういう存在であったかなど、すぐに分かることだったのだ。

 都合のいい英雄。お飾りの女。そういう視線を浴びせられた。そういうつもりではないと弁解する者や、そもそもそんなことをしていないという人物はいるだろう。

 もちろん、世界が悪意で満ちているなどと言うつもりなどなかった。だが、佐織は適応できなかった。

 

 「そうよ。私には、無理だった」

 

 もはや、生者は誰もいない部屋で、一人呟く。

 信頼できる人物は、いた。こんな佐織をも見捨てずにいてくれる友人に、佐織という存在を見直してくれた配下になった人々。

 

――そして、自らを支えてくれると誓った、たった一人の男。


 今はもう、骨だけになってしまったその男――紅い鎧を身に纏い、ただ側に控えている寡黙な髑髏の騎士に視線を移す。

 ザルガン。佐織を支えてくれた男は、その身をアンデッドとしてなお佐織の為にいてくれた、たった一人の騎士。

 

 「そう、私には、貴方がいてくれればいい。貴方だけがいてくれれば」


 死んだ男を自らの死霊術で蘇らせ、骨だけになってもなお愛することを狂気の沙汰といわれようが、気にするつもりはなかった。

 彼がずっと傍にいてくれる。それだけで幸せなのだ。それ以外は何もなくていい。必要ないのだ。

 そして後は、佐織が死ねば、全て完成する。彼との本当の愛が完成する。

 決意だけがどうにも出来なかった。ザルガンが言ってさえくれればすぐにでも自害する。動作だけでもいい。ザルガンと一緒になりたい。

 何よりも望んでいる願いだというのに、いざ実行しようとすると、決意が揺らいでしまうのだ。

 自分が死ぬことに恐怖しているわけではない。ただ、ザルガンが悲しい表情を浮かべているように思えてしまう。

 既に骨の身体である彼から表情を察することなど出来るのか、という話になるが、佐織には分かってしまうのだ。

 なんとなくではあるが、ザルガンの想いを理解してしまう。 

 彼の想いは無視できない。他の人物などどうなってもいいと考えているが、愛しいこの男の願いだけは、叶えてあげなければならないと思う。

 既に整えなくなり、伸びきった髪の毛が邪魔だなと思いながらも、自分だけの骨の騎士に近寄る。

 心臓の鼓動がしない、胸元にそっと顔を近づける。こちらを見下ろすザルガンからは、どこか優しげな気配を感じた。

 

 「ええ、ええ、よく分かるわ。ザルガン」


 ずっと一緒にいよう。彼はそう言ってくれているはずだ。

 そうに決まっている。自分の最後まで、彼は傍にいてくれると、佐織は信じていた。  

 自らの思考が支離滅裂なものになりかけていることもどうでもいい。ただただ、愛しい人の傍にいるだけでいい。

 佐織の望む幸せは、すぐそこにある。

 このまま、世界を救った英雄の一人として死ぬよりは、ザルガンとともに死にたい。そう思考する。


――本当に?


 心の片隅に残った黒い思いが、溢れでてきそうになる。

 死霊たちを使役しているうちに湧いてきた、歪んだ想い。

 

――皆を死霊にしてしまえば、誰も裏切らないのではないか。


 そのような悪意に満ちた感情が沸きたってくる。

 全員が幸せになる。何も間違ってはいないはずだ。それこそが、誰もが幸福へと至ると道に続いているに違いない。

 だから、ザルガンも喜んでくれるはずである。

 誇り高い騎士であるザルガンが護るべき民も連れて、後は二人で過ごせばいい。

 そういう死に方であれば、犠牲となる民たちも歓迎してくれるはずだ。

 思わず、口角が釣り上がって行くのを感じた。我ながら良い考えだと思考する。これならば、皆も納得してくれる――。


――と、考えた時だった。


 「誰!?」


 自らの居室を塞ぐ扉の結界が、破られた気配がした。

 誰も入ってこれないようにしていたはずである。警報と、強引に破った段階で生命を奪う呪いをかけていたはずだ。

 それを即刻破ることなど、誰にも出来ないはずだ。そうしたはずである。

 自分の癖を、完全に覚えている人間であれば可能かもしれないが、そんな人物がいるはずがない。

 なぜならば、その人は既に遠くに行ってしまったはずだ。

 だから、現れるはずがない。今ここに来るはずがない。


 「昔から、独特の呪いを仕掛ける癖は変わってないですね、サオリ。でも、ボクでなかったら死人が出そうなくらい強烈なのは良くないですよ?」

 「シオン」


 かつての旧友の声が響いた。扉から、明かりが漏れて、親友の姿が浮かび上がっていく。

 今までどこに行っていたというのか。遠くへ旅立ち、もう会えないと思っていたのに、何故今になって顔を見せてくれたというのか。

 嬉しいという心情が、心を満たしていくと同時に、どす黒い感情が発露していく。

 急激な感情の嵐に、自分でも戸惑いつつも、収まりそうはなかった。


 「今更! 今更、何をしにきたの!? 私をずっと放っておいて!!」


 佐織自身、自分が吐き出す言葉に痛みを覚えたが、止められそうになかった。

 自分がこちらへと来てから、ずっと傍にいてくれた大親友である、エルダシオンが、そこにいた。

 彼女にも、傍にいられなかった理由があるのだと知っても、感情が止まることはなかった。

 異常だと分かっていても、吐き出し続ける。そうだ、この女が悪いという、支離滅裂な悪意が、全身を駆け巡っていく。

 それすらも想定通りというのか、普段通りとでもいうのか、一切表情の変わらぬ彼女に対し、余計に苛立ちが募りだす。

 こいつが悪い。こいつが悪いのだという確信が、佐織の中に芽生えていく。

 ザルガンが死んだのも、私が役立たずなのも、全てが上手くいかないのも、この大親友のせいだ。


 「殺す」


 躊躇うことなく、魔法を詠唱しだしていた。

 元々優れていた剣技を持っていた死の尖兵を、佐織自身の魔力で強化した、お気に入りの兵隊たち。

 何故ここまで彼女に苛ついているのか、その理由を探ることもなく、佐織は、このどうしようもない激情を目の前の親友を殺すことで、消すという選択を選んだ。

  

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