南方伯(少女)
「今日も、サオリ様はお出にならなかったか?」
「ああ、元より塞ぎこんでいたが……東方伯様が、討たれたという話があっただろう? あれ以来、さらに口を開かなくなってしまった」
酒場で、顔を変えてなりすましながら佐渡は、南部でしか取れない豆を使ったつまみと、果物を搾った飲み物を楽しんでいた。
無論、ただ楽しんでいるわけではない。
兵士たちが、会話をしている声にそっと耳を傾ける。南方伯の地、セミララ。その居城近辺は、変わらずの雰囲気だった。
ここでは、七英雄――厳密に言えば、今はもう五英雄だが、その中で女性として戦った英雄。護国のために戦うと誓った兵士を死霊として蘇らせた志木佐織がいる。
死霊術というものは、この世界では普通に受け入れられているものだと知った時には、驚いたものだ。明らかに外法の類い――それも死者を操るというのは、佐渡の世界では忌避されていた。
少なくとも佐渡が読んでいた本の中では、死霊術など悪の手先が使うものだと思っていた。
こちらの世界では違うというのは、随分と早めに知ったことだ。死霊術は選ばれたものしか使えない。死者と対話し、使役できる。
偉大な祖霊と対話できるというのは、それだけでも誇らしい術とされている。
こっちとは大違いだな、と思いながらも兵士の会話に耳を傾ける。
「今はもう、まともに話も聞いてもらえん。幸い、ザルカン様が周囲を守っておられるのと、我らの仲間が守っているから安心はできるが」
「サオリ様自身が、政に関わっていなく、他の文官が支えてくれているのもあるが……」
「はやく、回復してくださればいいのだがな。そういうわけにもいくまい」
東方伯――佐々木と比べ、佐織は少なくともこの領地の民には慕われていたらしい。
なんとなく、それは分かるような気がしていた。佐織は、少なくとも、自分の暗殺には関わっていないとは思っている。
自分が殺されかけた時、来ていたのは前条、佐々木、後藤だけだった。何よりも、佐織は甘い。
あの神を信じきり、人々のために本当に戦う、という目的のために真面目に戦っていたのは、おそらく佐織だけだ。
他の奴らは、何かしら腹に一物を抱えていたような気がする。特に、後藤はそうだ。
神の信奉者ではあったが、心の中を晒すことは決してなく、隠しているままだった。
「……兵士長2人がお会いになられたが、やはり駄目だったとも聞く」
「なんとか、立ち直られるといいのだが」
随分と慕われているじゃないか、そう皮肉めいた笑みを浮かべて言葉をこぼす。
わかっているのだ。英雄の全員が全員、クズではないことなどとうに知っている。おそらく、全員殺すのは間違っているであろうことも理解している。
――だが、それと感情は別だ。
どれほど理があって、正しかろうと、それで納得できるはずがない。
裏切られ、怪物扱いされ、殺されかけたこの身である。好んでこっちの世界に連れて来られたわけでもないのだ。
それでいて、奴らはのうのうと暮らしている。あの神の駒として、動かされながらだ。
身勝手な理由だと、はっきりと分かった上で、佐渡はあの英雄達を殺すことを選んだのだ。
止まらない。止まれない。止まる訳にはいかない。
「それに、今はもうまともに兵や民の話も聞いてくださらん。要塞の兵力や護衛は、皆、死者たちのみだ」
「本当か、それは?」
「残念ながらな。俺達よりも遥かに強いし、裏切りの心配もないからいいのだがなぁ」
「寂しいか」
「昔のサオリ様を思い出すとな」
いいことを聞いた。今の佐織のいる居城――要塞には、アンデットしかいない。これほどの機会はない。
佐織自身は、自分一人でも、グドでも、ルーフェルでも殺せる。
疑心暗鬼にでもなってるのかは知らないが、佐織のためであれば死ぬ気で戦うであろう兵士たちを遠ざけているのだ。
これほどのチャンスはなかった。
東方伯の佐々木のときは、なんだかんだで護衛する者達がいた。彼らは狂信者か、もしくは元々東方伯の兵として、いやいや働いていた者達だ。
故に、対処もしやすかった。士気が低いうえ、狂信者も、ろくな人物がいなかった。もしもまともな――それこそ神の側近になっている後藤などがいたら、ああも容易くはいかなかっただろう。
佐織の場合もそうだ。機に恵まれているとしか言い様がないのだ。
運が自分に向いてきている。この機会を逃してしまえば、次にいつチャンスが来るか分からない。
「ありがとさん」
金だけをおいて、早々に酒場から立ち去る。
出来ることなら、すぐにでも準備して、殺しにいきたい。だが、焦りが禁物なのもよくわかっている。
もう行動を起こすのは自分一人ではないのだ。仲間も上手く利用して、何一つ遺漏なく始末する。
予定外のことがあってはならない。功を焦ったせいで、大魚を逃してしまうなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
自然と浮かんだ笑みをなんとか堪えながら、佐渡は思考し続けた。
「……彼ですかね? 神様」
そう酒場から出て行った男を見ながら、少女はつぶやいた。
巧妙に隠していたのと、元々加護も押さえ込んでいるせいで、かすかな感覚を頼りに調べていたが、ようやく引き当てたようだった。
『まず、間違いないと思う。 あっちの神様と敵対してる男の人で、なおかつ、1番問題の神様の加護を与えられてる。彼自身は気づいてないけど』
「分かりました。それじゃあやっぱり当たりですか」
『うん。ありがとう、シオン! まだ1人しか殺してないから、間に合うと良いんだけど』
シオンと呼ばれた少女は、自らの脳内に響く声にいえいえと、他人に聞かれないように小さく言葉を返し、改めて先程酒場から出て行った男のことを思い出す。
先ほどの彼の瞳を思い出して、身体が震える。どれほどの憎悪を溜め込んだら、あのような目ができるのだろうか。
自らの神様と彼が執拗に狙っている神は別物であり、かの神を倒すという目的を持っている自分からすれば、共闘できなくはない。
そう思っていたが、あの目を見てしまえば、話は別だった。仲間や親しい者と話している時は隠れているが、あのどす黒く、底が見えない瞳はただごとではない。
復讐の鬼と化すギリギリのラインである。まだ、仲間がいるから、理性を保っているが、その枷が外れしまえば、何をしでかしてもおかしくはない。
復讐を止めさせる。同時に、彼に加護を与えている忌避すべき存在を再度封印しなければならない。
『たまたまとはいえ、もう一度の人生を勝手に決めてしまったけど……ごめんね、頼むよ』
「気にしなくて良いんですよ、神様。ボクはむしろ嬉しくて仕方ないんですがら」
向こうで大往生した後、魂だけでさまよい、こちらへとたどり着いた自分を拾い上げ、駒に仕立てあげた神である。
しかし、それには悪意など何にも感じられない。むしろお願いに近いものであったし、神様からの手助けやレールは少しばかり辿ったものの、殆どは自分のやり方でここまで来ている。
駒に仕立てあげられたというのも、納得したうえで、やっていることだ。
そして、もう一度新しい世界で、新しいモノを見つけながら、新たな人生を進められる。
これほど嬉しいことなど、どこにもなかった。その生をプレゼントしてくれた神を恨むつもりなど毛頭ない。
「それよりも、これからすべきことはやっぱり?」
『うん、志木佐織を佐渡に殺させないこと。これが最優先だね。そのためには彼女と接触しなければならないけど……』
兵士たちの話は聞いていた。
おそらく自分が正体を明かせば、兵士たちは案内はしてくれるだろう。シオンの正体さえ知れば、むしろ積極的にお願いしてくるはずだ。
しかし、佐織が会ってくれるかと言えば、昔ならばともかく、今の佐織がソレを受け入れるとは思えない。
「……ちょっと強引な手段を取るしかないかもしれません。もちろん、兵士長から許可は取りますけど」
『出来る?』
「まず、間違いなく。 ボクの家族と懇意にしてますし、佐織との昔の仲を知ってくれていますから」
あの人物ならば、まず協力してくれるだろうというのは思いつく。
「そうと決まれば、早速、行動開始ですよ」
シオンと呼ばれた少女は立ち上がり、佐渡の後を追うように、金を払い、酒場から出て行った。




