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妹(再会)


 「ほざくなよ。ただの、奴隷が」


 東方伯が、怒りに満ちた視線をこちらに浴びせてくる。

 それがどうした、という感情の方が、ルーフェルの中を満たしていた。

 自分の手だけで、殺す。それは結局失敗してしまったが、自分の手でこの男を殺すことはできる。

 それだけでもいいと考えるべきだろう。次の機会があったのだ。反省して活かせばいい。

 自らがすべきことは、目の前の男の抹殺だ。この男を、殺せる。ようやく、きっちりと今ここで、止めを刺せる。

 剣を、握り直す。今すぐにでも、この男を斬り殺す。冷たい殺意と、自分をここまで連れてきたサドの恩義に報いるためにも、ここで、決着をつける。

 東方伯が、短く何かを詠唱しようとした瞬間に突っ込んでいく。舌打ちをしながら東方伯が後ろへと飛び退り、そこから隆起した大地が、こちらへと向かってくる。

 それを踏み台にするように、足で思い切り蹴りあげて、加速する。東方伯が、それに合わせてまた短く詠唱していく。

 火の玉。見える。そのまま顔を掠めさせるようにして、ギリギリで避けていく。最小限の回避で無駄を無くし、次に続けていく。

 先程と似たような戦いだが、実際には大きく違う。もう、相手は大きな罠を仕掛けられない。

 純粋な、実力勝負ということになる。ならば、もう負けはしない。

 

 「今から、その奴隷に殺されるのですよ、貴方は」


 東方伯に対して、嘲るようにいってやれば、ただでさえ怒りに染まっていた表情が、炎でも出るのではないかというほどの異常な赤みを帯びたものになる。

 同時に、魔法の槍が六本、宙に生成される。だが、読める。1発目と2発目を余裕を持って避け、追尾するように突っ込んできた3発目を、身体のぎりぎりの側まで引き寄せてから、外させる。

 残ってきたものは、もう斬れる。身体の赴くがままに、刀を振るう。驚くほどに、身体が軽い。難なく、槍を切断し、さらに前へと足を踏み出す。

 怒りに燃える、東方伯の顔に、あるかなきかの、僅かな恐怖の感情が浮かぶのが、見えた。

 その表情が、見たかった。ルーフェルは、自分の中で歪んだ愉悦感が、はっきりと生まれてきていることが、理解できた。


 圧倒的な力で、どれだけこの世界を蹂躙してきたのだろう。

 どれだけの魔族を、エルフを、オークたちを迫害してきたのだろう。

 力を振るうという快感によって、その快感のためだけに、どれだけの命を奪ってきたのか。

 

 異世界から来た勇者で、さぞ苦労しただろうとは思う。サドから聞いた話でもソレは分かる。

 だがその苦労は、自分たちには関係ない。呼び出した神を恨めとしか言い様がない。

 理不尽な思いをしたのだろう。命の危機にも何度あったのだろうか。

 だが、その全てが、何をしてもいいという免罪符になど、なりはしない。英雄などど言われているが、こちら側から見れば、ただの侵略者だ。

 呼び寄せた神にも何か理由があったのかもしれないが、こんな者たちを呼び寄せただけであるのならば、神にすら刃を向ける。

 

 「貴様、英雄に対して!!」

 「英雄というのは、逃げ惑う者の事を言うのですか? それならば、今必死に、逃げ惑ってる貴方の姿は、ぴたりと当てはまりますが」

 

 その言葉が、完全に東方伯の逆鱗に触れたのが分かった。溢れ出そうになっていた恐怖を激情で無理やり押し潰し、濁った瞳でこちらを射抜く。


 「殺す!! その臓腑を腹ん中から引きずり出して、自らのワタを味あわせながら殺してやる!!」


 魔力を丁寧に扱わず、そのまま球状にして、ぶつけるようにこちらへと投げ出す。一撃でも貰えば、肉が引き千切られ、骨まで粉々になるであろう力。

 当たれば、強力だろう。しかし、当てさせるつもりなど、毛頭ない。魔力の中心点を見抜く。魔力の球を形成する、もっとも硬い部分。

 失敗すれば、自分が死ぬ。それは分かっている。元より、失敗する気などなかった。恐れなど、もうない。

 刃が、魔力の球に当たる。確信があった。魔力の球が、一瞬だけ、燃え尽きる前の最後の輝きのように明滅する。次の瞬間には、刃が東方伯に届いていた。

 

 「……!!」


 東方伯の血が、飛び散る。東方伯の顔から狂気が滲む。傷は、深いはずだ。続けて、魔力の塊を投げつけようとするが、遅い。

 素早く右手を動かして、切り上げる。血と共に、東方伯の右手が飛んだ。別の生き物のように、回転しながら、地面へと落下する。

 魔法使いの、弱点である。腕の立つ剣士に近寄られれば、どうすることも出来ない。相手が並かそれ以下ならばどうにでもなるだろうが、自分は、そう甘くない。

 相手が何かを言おうとしたが、聞くつもりもない。


 「さようなら、憐れな人」


 剣を、横に振る。最後まで、何か言おうとした首が、飛んだ。ただ、それだけだ。

 無感動に、目の前にポツリと落ちた首を眺める 英雄の死に方としては、随分とあっけない死に様を迎えたものだ。

 自らの身体から誇りを奪い、妹を奪い、一族を奪った男の死に方としても、手緩い死だとは思うが、それ以上の感情が出てこないのだ。

 むしろ必要もなかったのかもしれない。英雄としての死に様を与えられず、そこらの一般の兵士達と同じような死を迎えたのだ。

 遺骸も、特に弄るつもりはなかった。そこまですれば、自分という存在すら、下劣なものに変わってしまうからだ。

 全ては、終わってしまった事。その一言に収束される。つまり、自分の役目も、もう終わったのだ。

 そう、後は自分の始末だけで、終わる。


 「とでも、思ってるのではないかと、あの男が心配していたが、まさにその通りだと、些か笑いたくなるな」

 

 その瞬間、背後から聞こえた声で、己へと向けそうになっていた剣を慌てて鞘へ収める。

 

 「グド」

 「どうせ、そうだろうと思っていた。あの男の仕事のついでに頼まれたことだから、こうして来てやったが」

 「なら」

 「まあ、待て」


 グドが手を伸ばす。慌てるな、と言わんばかりの態度に、少々苛つきながらも返答を早くするように迫る。

 

 「大体、あの男がここまでその身体を飛ばしているんだ。お前が自害しようとした瞬間、止められるぞ」 

 

 その通りだ。この上なく、的を射ている言葉だ。どうしようもない事実に今更気づく。

 ならば、自分の行いそのものが、無駄であったということか。

 溜息を吐き、頭が冷えきってから辺りを見回す。東方伯の死体と、広がりきった黒い液体。まだ向こうから聞こえてくる、交戦している音。

 戦闘はまだ続いているが、戦の趨勢はもはや変わりようがない。決着は、ついてしまった。自分に出来ることも、もう終わった。

 サドの方針では、殺すのは東方伯とその周りの狂信者どものみだと言っていた。ならば、もうそれも終わる。

 東方伯が死んだ時点で、その辺りのことはもう終わったようなものなのだ。ではなぜグドが来たのだろうか、ということになる。

 ただ、自分を死なせないためならば、先程グドが言ったことで済む。別の報告が、あるということだ。

 にやにやと焦らすようにこちらに笑いかけるグドに少々神経を逆撫でされつつも、次の発言をじっと待つ。

 ここで早く言えと促すのは、負けたような気分になる。それが、気に食わなかった。


 「つまらん女だな。もう少し焦れたり、困ったような表情を浮かべたりすれば面白いものを」

 「あいにくと、そのような事には無縁ですので」

 「エルフという種族は、本当に何を楽しみにしているのかさっぱり分からん。つまらん生き物だな」


 相変わらず余計な口を利くグドを無視して、黙る。


 「反応もいまいちだな。まぁいい、さっさと言うことにしよう」

 「どうぞ」

 「私は、少しばかりサドに頼まれてな。ちょっとした別行動をしていた。そのおかげで、わりと楽しめたのだが」

 「別働隊でも、いたのですか?」

 「それに近いな。ひとまず、全員私の血肉となってもらったが」


 いまいち話が読めない。別働隊を処理したという話であれば、自分に話す必要など、無いはずだ。

 サドにさっさと報告しろという結論になってしまう。なぜ、その話を自分に今更振っているのだろうか。

 その疑問は、すぐに解決した。グドの後ろから、女性が顔を出す。

 その顔を忘れるはずがなかった。女性がこちらに声を掛ける。


 「東方伯の考えそうなことで、お前の剣を欲しがっていたのに、それを作った一族を皆殺しにするなど、ありえないというのが、サドの見解でな。

  見事に的中していたよ」

 

 視界が歪んだ。グドが立ち去る。少女が近づいてくる。


 「姉さん」


 その声だけで、自分が報われた気がした。 

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