復讐(綺麗事)
「……おかしいとは思わないか。プレトン?」
「何がですか」
「この人数が、だ」
エルフ相手にわざわざこの人数である。疑問を覚えないほうがおかしいとも言えた。
オークマストの件、腕利きの女リザードマンの件といい、予想外の自体が起きているとはいえ、不自然なのだ。
連れてきているのは腕利きである騎士団の隊長達と、その精鋭の配下のみである。
それでも、人数は数十名を超えている。些か過剰とも言えるような戦力に、東方伯自らが、出陣しているのである。
どういうつもりでここまでの戦力を持ちだしているのか、疑問を持たないはずがない。
そう、パラスト――プレトンやケトル、アルザスと同じ階級である騎士団隊長――は呟く。
「思いませんね」
「思わないのか」
「まあ、例のエルフについては、自分は魔導兵を一太刀で真っ二つにするのを見てしまったら」
「いまいち信じられないのだがな」
「ええ、自分もまだ夢を見てたんじゃないかと考えてしまいますよ」
プレトンがいっていることに対して、パラストは疑いを持つつもりはなかった。
この男は、相手の力量を正しく見極められる男である。余程のことがない限り、ここまでの表現することはなかった。
それだけ、噂のエルフの女は脅威だということだ。警戒しなければならない。
「それだけの実力がありながら、なぜ仕官を断ったのか……とは思うが、当たり前か」
今の領主を見ていれば、さもありなんとしか言い様がない。
異種族を弾圧し、人間を優遇する。一部の者――というより、魔族と戦争をした者達からの評価は高い。
それに過激派というものはいくらでも湧いてくる、上がそうなるように仕向けていればなおさらだ。優越感というものは、人を狂わせる。
自分より下の存在に安心するのだ。それは英雄であろうとも、起こりえる感情だ。
――まして、あのお方であれば。
他の隊長達は、今の東方伯を毛嫌いしているといってもいいが、パラストは嫌いにはなれなかった。
結果として、東方伯の領地は安定しているのだ。反感を抱くものも多いが、人民の意思を一つにし、人族の生活を安定させたというのは、重要な成果である。
ヒト族同士で争うよりは、共通の敵、もしくは見下される者を作り出すことで、同胞と争わない。
それはそれで、納得出来るものだ。無論、それがいつまでも続いていくのをパラスト自身もよしとはしていない。
しかし、必要な代償であれば、それをためらいなく選ぶことも出来る。
この世界ではなく、別の世界から来た存在である英雄たち――その人柄は、何度か共に戦ったことのある自分はよく分かっている。
幾人かは欲望に忠実ではあったが、いずれにせよ正義感だけはあった。戦争の際でも魔族と戦っていた初期の頃は、英雄と呼ばれるに相応しい存在だった。
現在はどうかといえば、相応しいと言えないといってもいいだろう。全員ではないが、数名はもはや英雄と呼ぶのは難しい。
だが、それが当然なのだろう。英雄がいつまでも英雄でいられるはずもない。そのような人間が存在する事こそが奇跡だ。
それが出来てこそ人々は英雄だというが、英雄とて不滅の存在ではない。永遠と呼ばれるようなものはないのだ。
何時の時代とて、不滅のものなどない。それが世界の定めだ。
「しかし、なぜこのまま歩いていくのでしょうね」
「本人には、分かるのだろうさ」
実際、分かっているのだろう。英雄であれば、何かしら感知しているのかもしれない。
ある程度確信があるからこそ、部隊を動かし、自ら指揮しているのだ。
ならば、自分はそれに従うまでである。
上に仕える事こそが騎士としての役目なのだ。剣を撫でながら、改めて思う。
プレトンやケトル、アルザスが東方伯に対して思う所があるのは理解している。
今の彼が英雄に相応しい存在ではないということも重々承知している。
それが自分にとっては裏切る理由などにはならない。そういうことだ。プレトン達が悪いというわけではない。
「……しかし、どこに向かっているのだろうな、我らが主は」
「このままだと、東方伯の首都より離れた平原に到着しますが」
そうか、と答えを返して前を見据える。
プレトンよりも、パラストは大分歳を重ねていた。そういう意味で言ったのではないが、それを言うのも野暮だろう。
自分がするべきことをするだけだ。自分は主に仕え、主のために剣を振るう。
それだけで十分だ。自分が主のために力を尽くす理由は、それだけでいい。
「そうだな」
「ええ、本当に、見つかるのかと……?」
「どうした、プレトン」
「あれを」
プレトンが指さした場所を見る。視線の先には一人の男が立っていた。
「……なんだ、あの男は?」
「いえ、よくわかりませんが――」
プレトンが告げる前に、東方伯が吠えた。
「――全員、戦闘態勢へ!!」
その言葉を合図に、全員が抜刀する。なぜ、と考える暇もなかった。そして、即座に納得する。
男の身体から、黒い液体が溢れ出す。どろどろと、腐臭を振りまきながら、こちらへと液体が流れていく。
最初は少量であるかのようであったそれが、勢いを増して川のようになり、辺りを覆っていく。
そして――悪夢が顕現した。
黒い液体から、見慣れた魔族たちと、初めて見る化物が溢れだしてきたのだ。
魔族たちは、全員が生前の姿のままで出現し、こちらに対して憎しみの目を向けている。
初めて確認した化物たちは、言葉にもしたくないほど穢らわしい姿で、こちらへと雪崩こんでくる。
唐突に始まった戦場の中、一人の極めて美しいエルフが、叫びながら東方伯へと向かっていく。
誰もが理解し得ぬ状況で、最初の復讐戦が、始まったのだ。




