理性(狂気)
東方領は静かなものだった。何よりも、男が滞在している都市はそこまで発展しているような土地ですらないのだ。
そして男は、ベッドへ寝転び、届けられた新聞を読んでいた。
騎士団による調査によって、危険分子の存在が炙りだされた。即座に討伐を命じるが、主犯格のエルフについては東方伯自らが動く。
生死は問わないが、遺体に損傷を当てることは一切許さない。
英雄たる東方伯に歯向かう愚か者であるが、彼女は高貴なる存在であり、丁重に扱わなければならない。
いずれにせよ、処刑されたはずの彼女を邪法にて蘇らせた者がいるはずである。
「くだらねえ」
思わず破り捨てそうになったが、男はその衝動に耐えて、捨てるのを思いとどまった。
情報にはなる。嫌がらせも、しっかりと効いていた。その分の飴もだ。
ルーフェルがどれだけ欲しいのかは知らないが、異常な支配欲である。
それを利用して、自分もおびき出したようなものだから仕方ないとはいえ、あまり気分の良いものではなかった。
下手を打てば、ルーフェルがまたしても犠牲になるのだ。
それだけは避けねばならない、それが男が自覚する役目だった。
一族の仇は取らせる。ルーフェルは守る。こちら側の人材で誰も死人を出させない。
その全てを実行しなければならないのだ。神経もピリピリとしてくるに決まっている。
「随分、剣呑な雰囲気だな?」
「グドか」
少しばかり立て付けの悪いドアを開けて、リザードマンの女――グドが、部屋の中へと入ってくる。
相変わらず肢体はリザードマンの女とは思えぬ程に柔らかそうではあるが、それが仮の姿であるというのを知っている以上、欲求は湧いてこない。
あちらも元よりそのつもりらしく、余計な絡みはしてこない。お互いに分かっている付き合いだからだ。
男の首をグドは欲しがり、男はグドの力を惜しんだからこそ、首を狙われているの承知でグドを仲間に入れている。
男の目的を果たすためであれば、積極的に戦力はかき集めなければならない。
目的を知っていて行動しているのは、ルーフェルとグドを含めた五名ほどしかいないのだ。
やることも宣戦布告だけはしておいて、生きているか死んでいるかははっきりとさせずに、じわじわと圧力を掛けるというような陰湿なやり方である。
正面切っての戦闘など、得意ではない。
出来ないわけではないし、その気になれば自らの能力で戦争を起こせるだろうが、そうなれば、この世界に関して自分が余計に干渉することになる。
あくまでも、この世界で生きてきた人々には余計な被害を合わせたくない、というのが本音なのだ。
クズは殺す。狂信者共も殺す。
だが、この世界で必要な存在には生き延びてもらわなければならない。
「考え事が、多くてな」
「考えずに、全てを始末すれば済まないか?」
「済まねえよ、脳筋」
どうも、男の調子はグドを相手にしていると乱れる、というのがしょっちゅうだった。
本能がままに戦う戦士というのもあるが、この世界の住人だとしてもここまで戦闘狂なものはいない。
「昔のお前ならともかく、今のお前ならば、戦うことも可能だろう?」
グドが興味津々な目で見てくる。確かに戦うことは出来るだろう。
十分可能だとは思うが、それは避けねばならない。力を使いすぎれば、加護が暴走する。
加護が暴走すれば、やってはならない、人としての道を踏み外すことが起きてしまう。
それを抑えるために、娼婦などを壊れぬように3人ほど買うこともある。
クソッタレな加護だと、男は思う。一度でも女性だと認識してしまえば、加護の代償の対象になる。
それに仲間を巻き込むわけには行かなかった。だからこそ、男はあまり力を使いたくはなかった。
自分が抑えれば避けられるのだ。故に、力の使い所はぎりぎりまで考えていきたかった。
「無理だな。戦えるが、まともじゃいられない」
「まともでなくなれば、戦えるのだろう」
「仲間に被害が出る」
今更お優しいことで、目だけで伝わるような視線がグドから飛ばされるも、無視する。
もう準備はできているのだ。自分が動かずとも、ルーフェルならば必ずあの東方伯を仕留めるだろう。
そして、復讐を果たすことになるが、その生き死には自分が預かる。
一族の者が生きているのかどうかは、不明なままなのだ。自害をさせるつもりはない。
「で、準備が整った、という話だったが」
「そっちはな。俺の加護を使う」
ほう、と微かにグドが声を上げた。
「俺の加護であれば、東方伯に余計な動きもさせずに、ルーフェルと一対一には出来るさ」
「大層な自信だが、本気か?」
もちろん、と男は言葉を返す。
嘘をついているつもりはない。実際、自らの力を持ってすれば、東方伯とその部下を相手にしても、一歩も引かない自信はある。
その代わり、男の理性が崩壊することは間違いない。そうなれば、意味が無い。
あくまでも、男の理性が保たれたまま、奴らを殺すか叩きのめさねばならないからだ。
「まあその代わり、ヘタすると面倒臭えことになりかねんから、それが怖いがな」
「そうならないようにするのが俺の大事なところさ」
とんとんと、男は自分の胸を叩く。
そうしなければ、やっていけない。これが、自分の役目だろう。
「まあ、お前に任せるさ。私は戦えさえすれば、それでいいからな」
「そうだな、お前はそういうやつだよ」
溜息を吐きつつ、男は呆れる素振りをする。
この戦闘狂でしかない部分が、今は助かると言ってもいい。
いよいよ、東方伯が来るのだ。
「やるぞ」
「もちろんだ」
グドが、心底嬉しそうに笑った




