東方伯(英雄)
「いよいよだ」
一人、部屋で言葉を零す。ようやく、あの女が手に入ると思えば、今までのことも無駄ではなかったと思える。
自らの手で、どうしてやろうかと考えているだけで、身体が常に疼いている。
居城の一室で、自らの過去の生活では想像もできない、豪華な装飾を施されたベッドの上で寝転ぶ。
自らの居城、館、女、名誉、支配。全て、この世界に来てから、手に入れたものだ。
いずれ、さらに手に入れるつもりなのだ。これは、さらなる機会である。
欲しいものは、なんとしても手に入れてきた。
この力を得てから、自分の望むがままに、手に入れてきたのだ。
最近は、欲望のことを考えるだけで、身体が熱を持っていくがわかる。
まるで、己の欲望こそが、正しいのだと、感じられる。
いや、正しいのだ。英雄と崇められている自らが為すことである。それが認められぬはずがない。
「そうだ。私が、私が何よりも、正しい」
勃発してしまった魔族との戦争を勝利に導いた英雄の一人だ。
英雄たる力を行使して、ここまで、この国を導いてきたのだ。
東方伯たる自分が、さらに進んでいくための尊い犠牲は、多くても良いものだ。
そして、自らを称える声はもっと多くなければならない。
向こうの記憶を思い出すことなど、ほとんどなくなってしまっていた。
向こうにいたこそが、誤りだったのだ。
自分のような選ばれた存在が、あちらで好きでもない奴のために、頭を下げるだけの生活など、おかしかったのだ。
会社の一部として、ただだらだらと過ごすだけの人生ではない。支配者としての生がここにはある。
誰も自分を侮蔑の目で見ることなどない。崇められる存在である。
この東方領は、まさに自分だけのものである。自らが絶対である土地だ。
「そうだ、このササキが、ササキ……!!」
ふと、疑問に思ってしまう。
「……名前は、どうだったかな?」
思い出せなかった。自らの名前が、出てこない。
だが、それも別にどうでもよい事だ。些細なことである。
名前など、後で自分で思いついた名を名乗ればいい。誰からも今は東方伯と呼ばれる。
それこそが自らの名であり、誇り高き存在であることの証明だからだ。
名前など、忘れてしまえばいい。向こうの記憶など、欲しくなどない。今の自分には、これこそが真実だ。
東方伯として異種族を抹殺し、人族の繁栄こそを優先していけばいい。
なんと素晴らしいことだろうか。異種族は、ヒトに支配され、処理される。
そうすることで、より美しい世界、自分にとって素晴らしい世界が広がっているのだ。
「たまらないなあ……たまらない」
世界が、より自分の好みになる。
それは、素晴らしいことである。奇跡である。喜びである。
世界を自分たちのものに塗り替える、その喜びを伝えなければならない。
「あのゴミクズにもな」
なぜ神様達は、英雄として呼び出され自分達よりも、あの男の保護を優先したのか。まったくもって理解できない。
挙句、裏切りまでしたというのに、見逃したうえ隠されていた英雄とまでの名誉すら与えていた。
あれは、英雄などではない、ただの道具にしか過ぎない。
東方伯である、ササキからしてみれば、下等生物であるとしか言いようがなかった。
「まあ、実に穢らわしい、ゴミクズらしい死に方でゴミになったが」
城崩しと、自分、守護者が3人がかりで仕留めにいき、後藤がトドメを刺したのだ。
生きているなどという風聞も流れてきたが、噂の出処が三流の教会記者と知って失笑したものだ。
自分も何故あんなことを気にしてしまったのかと、己の間抜けさに呆れるところだった。
わざわざ”手駒”を増やしてまで、動いてしまったのだから、慎重すぎると言ってもいいだろう。
しかし、そのおかげで、重要な物――逃した愛玩用の存在――が引っ掛かったのだから、問題はない。
身体が興奮し始めていた。あの愛玩道具を思い出すだけで、獣欲が溜まる。
再びたっぷりと愛でてやる。用済みになるまで弄んだら、壊すか、より屈辱的な目に合わせるか考えればいい。
いずれにせよ、使用方法はいくらでもあるのだ。あの女のことだから、馬鹿正直に突っ込んでくるに違いない。
まともに相手をしてやるつもりは一切ない。下等生物相手に、この自分が正々堂々と戦ってやる必要はない。
どうせ、あの女はまたしても正々堂々と来るに違いない。誇り高いエルフの騎士の一族としてだ。
「また、あの顔を歪ませられるのか」
もはや身体が抑えきれなかった。ベッドから立ち上がり、処理をするための部屋へと行く。
英雄、色を好む。まさしく、その通りだ。英雄たるものは、常に冷静でいなければならない。
道具は、そのために必要なものだ。自らの身体の熱を抑えなければならない。
「これも、特権だな」
戦前である。熱を抑えなければならない。これも必要なことだ。
それだけのことなのだ。
――もう、声も届かないか。
中央領――最奥の神殿にて男が一人、言葉を零す。
その男の表情は仮面に隠されていて読み取れない。
それだけではなかった。身体の至る所に、蒼白い紋様が浮かんでおり、とてもではないが、正常な状態の身体であるとは考えられなかった。
事実、男の動作はひどく鈍い。肉体の方は決して衰えてなどいないのに、動きが老人そのものなのだ。
「……やはり、佐々木は、駄目ですか」
「ああ、駄目だった。完全に汚染されているよ。後藤」
男が、東方伯の名を呼んだ、全身を甲冑で包み、顔を同じように仮面で隠した男――後藤に返答する。
「そうですか」
「残念ながらな。他の者は?」
後藤が首を振る。
「後一名はもう、駄目です。前条は、完全にあちら側になりました」
「そうか」
「もう一名は、厳しいところです。後は、無事ですが」
後藤が、言葉を濁らせることもなく直球で伝える。
「……どうにか、せねばならんか」
男の声は大きいものではない。だが、強い意志を感じさせるものだった。




