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ク☆レ☆ゲー  作者: アイ田アイ


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5/10

5話 絶対防御陣と崩れゆく虚像

 手渡された五枚の百円玉は、ひどく重かった。



 物理的な質量の話ではない。

 この小さな金属塊が持つ資本主義的な価値、すなわち「特大カップ麺数個分」という膨大なカロリーの重みである。


 俺は震える指で硬貨を投入口へ押し込んだ。



 チャリン、という音と共に、デジタル表示が『CREDIT 6』へと跳ね上がる。


 もはや後戻りはできない。

 俺は胃の痛みを無視し、ジョイスティックを握り直した。



(落ち着け。

 あの箱は現在、二本のポールに斜めに挟まり、シリコンゴムの強い摩擦力によって固定されている。

 ならば……)


 俺の脳内物理エンジンが再起動し、新たな数式を弾き出す。



(アームの握力(トルク)が極端に低いことは先ほどの『査定』で実証済みだ。

 ならば掴むのではなく、爪の先端を箱の隙間にねじ込み、テコの原理で一点に力を集中させて押し出せばいい!

 )


「……第二フェーズ(軌道修正)へ移行する」


「はいっ!  お願いします!」


 背後で紬が健気に声援を送る中、俺はアームを移動させ、降下ボタンを叩き込んだ。



 狙いは箱の右上の角。

 ポールの隙間。


 いけ、俺の爪!

  その一点にすべてのベクトルを集中させろ!



 ウィーン、ガリッ。


 スキャアァァァ……。



「なっ……!?」


 俺は絶句した。


 爪は箱の角をかすめたものの、プラスチック製の軟弱なアームは、箱の抵抗に負けて『ぐにゃり』と外側に逃げてしまったのだ。


 テコの原理どころか、力が完全に分散(リリース)されてしまった。



(バ、バカな!?

  アームの関節(ジョイント)の遊びが大きすぎる!

  これでは力が伝わらない!)


「す、すごいです理人さん!」


 振り返ると、紬が目を輝かせていた。



「今の一撃で、箱とポールの接点の摩擦係数をコンマ数ミリ削ったんですね!  まるで芸術的な彫刻を見ているみたいです!」


「……あ、ああ。まあな」


 声が裏返りそうになるのを必死に堪え、俺は冷や汗を拭った。


 削っていない。

 ミリも削れていない。

 ただ俺の神経が削られているだけだ。



 そこからの四回は、まさに地獄だった。



 掴もうが、押そうが、突こうが、軟弱な双牙(アーム)は箱の表面を滑り、ぐにゃりと逃げ、虚空を掴む。


 シリコンゴムの絶対的な摩擦力に守られた箱は、ミリ単位の振動すら許さず、完全に斜めのまま沈黙を保っていた。



『CREDIT 1』。



 ついに、最後のプレイ権。


 俺の息は上がり、額からは滝のように汗が流れていた。


 視界が霞む。

 空腹による低血糖なのか、極度のプレッシャーによるストレスなのか、もう分からない。



(無理だ……。

 俺の知識じゃ、この絶対防御陣は破れない)


 俺の頭脳が、ついに「敗北」というエラーコードを吐き出した。


 物理法則の敗北ではない。

 俺という特化型素人の、経験値の絶対的な欠如だ。



「理人さん、次が最後(フィニッシュ)ですね……!  私、息を止めて見守ります!」


 紬の純粋な期待の声が、鋭い刃となって俺の良心を突き刺す。


 自分の食料のためだけに、見ず知らずの他人の金を溶かした。

 その罪悪感が、以前は冷徹だった俺のプライドに、決定的な亀裂を入れた。



 俺はスティックから手を離し、ゆっくりと振り返った。



「……ごめん」


「え?」


 紬が、きょとんと首を傾げる。



「俺には無理だ。この箱を動かす計算式《やりかた》が、俺には分からない。……君のお金を、無駄にした。すまない」


 深く頭を下げる。


 陰の実力者ムーブも、厨二病のハッタリも、すべてが剥がれ落ちた、ただの惨めな貧乏学生の謝罪だった。


 軽蔑されるだろう。

 怒られるかもしれない。

 だが、これ以上彼女の金をドブに捨てる嘘はつけなかった。



 静寂が下りる。


 紬が何かを言いかけた、その時だった。



「――重心(コア)が完全に死んでる。あんな斜めハマり、起こし方を知らないなら触るべきじゃないわね」


 凛とした、ひどく冷ややかで涼やかな声が、俺たちの背後から響いた。



 驚いて顔を上げると、そこに一人の女性が立っていた。


 文学部あたりのキャンパスで見かけるような、綺麗に手入れされた黒髪の女性。


 だが、その瞳には一切の感情が宿っておらず、ただ筐体の中の『質量と配置』だけを、冷酷なマシーンのように見透かしていた。



「見てなさい。死んだ重心の、起こし方を教えてあげる」


 彼女はそう言い放つと、俺の横をすり抜け、銀の弾丸(百円玉)を片手に筐体の前へと歩み出た。



読んでいただきありがとうございます♪


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