31 家だったものが
裁きは、思ったより長く、思ったより静かに進んだ。
セドリックは最後まで、殺せとは命じていない、と言い続けた。
――火をつけろとは言っていない。死体を埋めろとは言っていない。声がしたというのはアーネストの聞き違いだ。自分はハートウェル家の資産を守ろうとしただけであり、混乱の中で不幸が重なっただけだ。
だが、その言葉はもう、以前のようには通らなかった。
偽造委任状には彼の名があり、ラドクリフの証言もある。
ハートウェル家の鉱区権利をウォード家の事業に組み込んだ記録、火災後すぐに動いた支払い先変更、遺体を隠した地下貯蔵庫の図面、アーネストへ渡した控えがあった。マリアの遺品を持ち帰ったことは、エレノーラ自身の言葉で記録された。
そして、役場保管庫への放火未遂。
十五年前だけなら、古い記憶だと言い逃れもできたかもしれない。だが、今また火を使おうとした。記録を消そうとした。その癖が、十五年前の火とまっすぐ繋がった。
セドリックは、資産横領、偽造文書、遺体遺棄、証拠隠滅、放火未遂教唆、ロレッタの持参金不正流用で裁かれることになった。
殺害については、最後まで審理が続いた。直接の命令を示す紙はない。実行した外の男たちは、すでに死んだ者も逃げた者もいた。サミュエルも死んでいる。
それでも、地下へ運ばれた者の中に生きていた者がいた可能性を確認しなかったことは、重く扱われた。
セドリックはその判決を聞いても、頭を下げなかった。
「家のためにやった」
最後まで、彼はそう言った。だが、その声に従う者はもういなかった。
アーネストは、父を道連れにするために喋った。そこに後悔は少なかった。
自分の罪を軽くする計算もあった。けれど、鍵を取ったこと、倉庫を開けたこと、図面を見たこと、帳簿を動かしたことは認めた。
彼もまた裁かれた。父に命じられたと言いながら、自分の手で動いた男として。
婚約者に逃げられたことまで父のせいにしたと聞いた時、町の者たちは眉をひそめた。だが、それを笑う者は少なかった。笑うには、ウォード家という家の中があまりに重かった。
エレノーラは、表の裁きではセドリックやアーネストほど重くは扱われなかった。だが、彼女の終わり方は別の形をしていた。
マリアの遺品を不当に所持し、偽造委任状に関わる場にいたことは記録された。
彼女は体調不良を理由に、何度か聴取を延期した。
部屋から出ることも減った。真珠も、香水瓶も、肖像入れも戻らない。戻されたとしても、もう彼女の首には巻けない。町で彼女の姿を見る者はいなくなった。ウォード家の奥方としてのエレノーラは、判決より先に消えていた。
そして家そのものが、帳簿の形に置き換えられた。
ウォード家が持っていた鉱区、輸送路、倉庫、精錬所の権利。未払い給金。借入金。ロレッタの持参金。ハートウェル家から奪われた権利。十五年前からの不正な利益。
それらが一つずつ書き出され、価値をつけられ、返せるものと返せないものに分けられていく。
白い壁も、緑の屋根も、舞踏会用の広間も、絹張りの客間も、今では帳簿の一行になった。
◇
ロレッタは、その作業に加わった。
彼女はもうウォード家の食卓には戻らない。離婚の手続きは進み、実家の代理人も彼女の意思を確認した。持参金は全額すぐには戻らなかったが、ウォード家資産の整理から優先して返還されることになった。
彼女はその知らせを聞いて、静かにうなずいた。
「取り戻せるのですね」
「時間はかかるわ」
「待ちます」
「待つ間にも、仕事はあるわ」
「はい」
返事は、もう迷わってはいない。ロレッタは使用人たちの未払い給金一覧を仕上げ、仮払いの受領書を作った。
アンの妹の薬代は、過剰な利息分を取り消した。ベスには未払い分と当面の生活費を渡し、本人が望むならヴェイル鉱業の事務見習いとして働けるよう手配した。厩の男たちは、ウォード家の馬車が整理されるまでの間、別の運搬社へつなげた。
「全部を救えるわけではありませんね」
ある夜、ロレッタが言った。机の上には、まだ未処理の紙が山になっている。
「ええ」
「救えなかった人もいます」
「いるわ」
「十五年前にも、今にも」
「そう」
ロレッタはペンを置いた。
「それでも、払える給金は払う。戻せるものは戻す」
「そういう仕事よ」
「地味ですね」
「かなり」
「でも、嫌ではありません」
彼女は小さく笑った。
「奥方として花を選ぶより、こちらの方がよほど手が汚れますが」
「嫌?」
「いいえ」
ロレッタは自分の指先を見た。インクがついている。
以前ならすぐ拭っただろう。今は、紙を汚さない程度に布で押さえるだけだった。
「この汚れは、自分が何をしてきたのか分かります」
「いい言い方ね」
「使っても?」
「どうぞ」
彼女はそれを、自分の小さな帳面に書きつけた。
◇
ヘンリーは、ウォード家の整理に必要な範囲で呼ばれた。
彼は父や兄の罪を背負うことはできない。背負えば済むものでもない。けれど、知らなかったまま残ったものを片づける責任はあった。
彼は使用人への説明に立ち会い、未払い給金の確認を手伝った。ロレッタの持参金返還については、自分の名で謝罪文を書いた。謝罪文は、ロレッタの代理人へ渡された。彼女はそれを読んで、「受け取ります」とだけ返した。
その返事を聞いたヘンリーは、しばらく黙っていた。
「それだけで十分だ」
彼は言った。本当にそう思ったのか、自分に言い聞かせたのかは分からない。ただ、追っては来なかった。
ある日、ヘンリーは旧ハートウェル邸跡地へ一人で来た。
私は遠くから見ていた。彼は祭壇のあった場所の前で、帽子を取って立っていた。手には紙がある。トマスたちの名を書いた紙だろうか。前へ置くことはしなかった。ただ、立って、読んで、また折って懐にしまい、そのまま帰った。
私は声をかけなかった。もう、私が彼の一つ一つに答えを与える必要はない。
◇
ハートウェル家の名誉回復は、町の記録から始まった。
火災記録に追記が入り、逃亡とされた使用人たちは取り消された。ハートウェル家不正疑惑の欄には、ウォード家による偽造文書と資産横領が疑われるため訂正中、と赤字で書かれた。取引先にも通知が送られた。
十五年遅い。それでも、書かれた。
オーガスト・ハートウェルの名は、不正疑惑の事業家から、被害者へ戻った。
マリア・ハートウェルの遺品は、ハートウェル家のものとして記録された。
……クレア・ハートウェルについては、少し揉めた。
十五年前に死亡または行方不明として扱われた少女が、ヴィヴィアン・ヴェイルとして戻ってきた。正式な本人確認が必要だと記録官は言った。当然だ。紙の世界では、ただ名乗れば済むものではない。
母の指輪。祖父の古い手紙。私自身の記憶。父エイドリアン・ヴェイルの証言。ハンナの記録。十五年前に左手で書いた帳面。それらを出した。
記録官は、かなり悩んでいた。
「クレア・ハートウェルの名を復活させることはできます。ただ、現在のヴィヴィアン・ヴェイルとしての事業名義との整合が」
「両方残します」
私が言うと、記録官はまばたきをした。
「両方」
「クレア・ハートウェルは死亡していない。十五年前に消息を絶ち、現在ヴィヴィアン・ヴェイルの名で活動している。それで」
「法的には可能ですが、……面倒ですよ」
「面倒には慣れています」
ハンナが横で小さく咳をした。笑いを隠したのかもしれない。
記録官は書類を見直した。
「では、その形で進めます」
「お願いします」
私は死んでいなかった。でも、ただクレアへ戻る訳でもない。ヴィヴィアンとして積み上げた十五年も、私のものなのだ。
鉱山を見つけ、契約を作り、父と喧嘩し、ハンナに叱られ、帳簿を読んだ十五年。そこまでなかったことにはしない。
◇
夕方、ホテルの部屋でその話を父にした。
「両方残すことにしたの」
「そうか」
「反対しないの?」
「する理由がない」
「クレアに戻れ、と言うかと思った」
「戻りたいなら戻ればいい。戻らないなら、それでいい」
「父さんにしては、優しい」
「私はいつも優しい」
「今のは記録に残さないでおくわ」
父は少しだけ口元を動かした。
机の上には、母の肖像入れがあった。追悼式の後、私は何度かそれを見た。見るたびに胸が詰まる。だが、最初ほど息が止まることはない。
母は若い。私はもう、肖像の中の母より年上になっているのかもしれない。不思議なことだ。
「母さんには、どちらで名乗ればいいと思う?」
「両方でいい」
「適当ね」
「本当だ」
父は肖像入れを見た。
「マリアは、お前が生きているだけで怒りながら泣く」
「怒るの?」
「無茶をしたと」
「それは母さんもでしょう」
「そうだな」
少しだけ、部屋の空気が和らぐ。ハンナが茶を置いた。
「ロレッタ様から、明日の予定です」
渡された紙には、きれいな字で予定が並んでいた。
――午前、使用人仮払いの第二回確認。
――昼、持参金返還請求の代理人面談。
――午後、ハートウェル家名誉回復通知の写し整理。
――夕刻、旧邸跡地利用案の打ち合わせ。
最後の行で、私は手を止めた。
「旧邸跡地利用案」
「ロレッタ様が、空欄で持ってくるより先に項目だけ入れておいた方がよいと」
「秘書らしくなってきたわね」
「はい」
ハンナの返事は、いつもより少し明るかった。
旧邸跡地。そこをどうするか。
屋敷をそのまま再建する気は、今のところない。燃えたものを、燃える前の形に戻しても、十五年は戻らない。祖父も母も、トマスたちも戻らない。
けれど、空き地のまま嘘の跡にしておくつもりもなかった。
私は紙の余白に、いくつか書いた。
――記録室。技術学校。働き手の休憩所。遺族のための小さな庭。
父が覗き込む。
「詰め込みすぎだ」
「分かってる」
「でも、悪くない」
「珍しく褒めた」
「記録に残しておけ」
「残すわ」
私は紙の上に、もう一つ書いた。
――ハートウェル記念技術館。
名前はまだ仮だ。でも、悪くないと思った。
火で消された家の跡に、火ではなく、機械と紙と人の名を置く。過去だけを祀る場所ではなく、働く人が学べる場所にする。
祖父なら、文句を言いながらも寄付をしただろう。母なら、庭に花を植えたがるだろう。
トマスなら、鍵の管理にうるさく言うだろう。エルシーなら、食堂の鍋を見に来る。
ビルなら、勝手に花壇を直す。ネッドなら、馬小屋の場所に文句を言う。
ルーシーなら、椅子の布地を選ぶ。メイなら、洗濯場の日当たりを確認する。
思い浮かべると、少しだけ笑えた。
もう、彼らは戻らない。でも、名を呼ぶと、何を言いそうかくらいは考えられる。
それは、逃げた者として消されていた頃にはできなかったことだ。
裁きはまだ紙の上で続いている。家は帳簿になり、帳簿は返すものと残すものを分けていく。
その作業の中で、私はようやく次の紙を開く気になっていた。
復讐の帳簿ではない。これから作る場所の、最初の案を書き込むための紙だった。




