19 黙った理由を分ける
ウォード家の使用人三人は、同じ部屋には通されなかった。
一人ずつ話を聞く。隣に誰がいるかは知らせない。誰かの言葉に合わせて話すことも、誰かを見て黙ることもできないようにするためだ。
最初に入ったのは、古い侍女のアンだった。
エレノーラの部屋に長く仕えてきた女で、髪はもうほとんど白い。背は丸くなっているが、身なりはきちんとしている。袖口も襟も清潔だった。こういう人は、主人の家がどれだけ揺れても、まず自分の服の乱れを気にする。
「十五年前のことを聞きます」
警備隊長は書類を前に置いた。
アンはうなずいた。
「奥様の部屋に、火事の翌日、装身具の箱が運ばれました」
「誰が運んだ」
「旦那様です。セドリック様がご自分で」
「中身は見たか」
「開けるところを見ました。真珠、髪飾り、香水瓶、刺繍入りのハンカチ。それから、小さな肖像入れ」
「誰のものだと思った」
アンはすぐには答えなかった。膝の上で手を重ね、右手の親指で左手の爪を押している。
「ハートウェル夫人のものだと、思いました」
「なぜ」
「奥様が、そうおっしゃったからです」
「エレノーラ夫人が?」
「はい。『あの人のものばかり』と」
記録官のペンが動く。アンはその音に少し肩を縮めた。
「その後、どうした」
「奥様は真珠をつけました。鏡の前で、何度も。私は何も言いませんでした」
「なぜ」
「言えませんでした」
隊長は問い詰めなかった。アンが続きを口にするのを待つ。
「その頃、私の妹が病気で、薬代を奥様から借りていました。私が何か言えば、妹は薬を止められます。そう思いました」
「実際に、そう言われたのか」
「いいえ。言われていません。でも、分かりました」
「何が」
「奥様は、そういう言葉を言わずに済ませる方です。こちらが勝手に察するまで、黙って見ていらっしゃる」
その言い方で、エレノーラという女の一部がまた見えた。
怒鳴らない。命じない。だが、黙って相手を追い詰める。自分の手は汚れていないことにできるやり方だ。
別室で記録を聞いていた私は、机の上に置いた名簿の端を押さえた。
アンは見た。黙った。得はしていない。だが、妹の薬代という鎖があった。
同じ《《黙った》》でも、エレノーラと同じ箱には入れられない。
二人目は、若い下働きの女だった。名前はベス。まだ二十歳前だ。
十五年前には生まれてもいない。彼女が知っているのは、去年の冬のことだった。
「旦那様の書斎から、古い紙を運ぶよう言われました」
「誰に」
「旦那様です。セドリック様に」
「どこへ」
「書斎の暖炉へ」
「紙の中身は見たか」
「少しだけ。束の端に、ハートウェルという字が見えました」
「燃やしたのか」
「はい」
ベスはそこで泣き出しそうになった。だが、袖で目元を押さえただけで、声は上げなかった。
「何束くらい」
「三束です。分厚くはありませんでした」
「なぜ今まで話さなかった」
「それが悪いことだと、はっきり分からなかったんです」
彼女は両手を握った。
「旦那様の書類だと。古いものを片づけるだけだと。そう言われました。私は字も少ししか読めません。ハートウェルという名前は知っていましたが、まさか」
「火をつけたのは誰だ」
「旦那様です。私は紙を運んだだけです」
記録官が書く。父が小さく口を挟んだ。
「これは責めにくい」
「ええ」
「でも、証言にはなる」
「ああ」
ベスが運んだ紙は、もう戻らない。
だが、燃やされた紙があったことは残る。去年の冬、セドリックがまだ十五年前のものを処分していた。それは大きい。
三人目は厩の男だった。
名はオーウェン。三十代半ばで、十五年前にはまだ子供だった。父親がウォード家の厩にいたという。
「親父は、火事の翌年に死にました」
「病気か」
「酒です。飲みすぎて、馬小屋で凍えました」
オーウェンは帽子を膝の上で潰しそうなくらい握っていた。
「親父は、火事の夜に戻った馬車を洗ったと言っていました。床板に血が入って取れないと。御者のサミュエルが、あの家の子を探すなと言われたとも」
「誰に」
「アーネスト様に」
サミュエル。ヘンリーの家の御者。私が見た刃物の男。
「サミュエルは今どこに」
「死にました。十年前、川で」
「事故か」
「表向きは」
「実際は?」
オーウェンは帽子を握る手を止めた。
「親父は、あいつは喋りたがっていたから消されたんだ、と酔うたびに言っていました」
部屋の中で、誰も紙を動かさなかった。
「それを今まで黙っていた理由は」
「親父が死んで、母と弟妹がいました。俺がウォード家を出たら、厩の仕事も家も失う。だから黙っていました」
「今話す理由は」
「昨日、ネッドさんの名が出たと聞いたからです」
「馬丁ネッドか」
「はい。ハートウェル家のネッドさんは、うちの親父と昔なじみでした。親父は、あいつは逃げる男じゃないと、ずっと言っていました」
私は手元の名簿を見た。
――ネッド。馬丁。腰袋の飾り金具。逃げたことにされた男。
別の家の厩の男が、十五年経っても「逃げる男じゃない」と覚えていた。それだけで、少し息がしやすくなった。
昼過ぎまでに、証言は七つになった。
見た者。運んだ者。洗った者。聞いた者。黙らされた者。
金を受け取った者もいた。ウォード家の古い帳簿係補佐だ。彼は十五年前、アーネストから金を受け取り、ハートウェル家から移った支払いを別名で記帳したと認めた。
「家族のためです」
彼は最初そう言った。警備隊長は、紙から目を上げた。
「金を受け取った理由が?」
「子供が生まれたばかりで」
「その金で、何をした」
「借金を返しました」
「その後も続けたのか」
男は黙った。続けたのだ。一度だけではない。私はその記録の横に印をつけた。
事情は聞く。だが、手を貸し続けたなら別だ。
◇
夕方、ホテルの部屋に戻ると、ハンナが証言の束を机に並べた。きれいに整えられた紙の山は、見た目より重い。
「分けますか」
「ええ」
私は椅子に座った。
「まず、脅されて黙った者。次に、事情を知らずに一度だけ手を貸した者。それから、知っていて何度も手を貸した者。最後に、直接命じた者」
「曖昧な者は」
「曖昧の箱を作る」
ハンナはうなずいた。父は窓際で聞いていた。
「甘いと言われるぞ」
「誰に」
父はそんなことは言わない。もちろん、言ったのは父ではない。私の中にいる、もっと急げと囁く声だ。
私は紙を一枚持ち上げた。
「まとめて罰する方が早いですね」
「早い」
「でも、それをしたらウォード家と同じになります」
父は何も言わなかった。私は続けた。
「ハートウェル家の使用人たちは、まとめて逃げたことにされました。名前を消されました。だから私は、一人ずつ戻します。罪も、一人ずつ見ます」
「面倒だ」
「面倒ですね」
「だが、必要だ」
「はい」
ハンナが一枚目の紙を差し出した。
「アン。エレノーラ夫人の侍女。装身具箱を見た。黙った理由は妹の薬代」
「脅されて黙った者へ。直接の盗品処理への関与は、追加確認」
「ベス。書斎の紙を暖炉へ運んだ。中身を理解していなかった可能性」
「事情を知らずに手を貸した者。保護対象」
「オーウェン。父親から火事の夜の馬車とサミュエルの話を聞いた。本人の関与なし」
「証人」
「帳簿係補佐、ダン」
「知っていて何度も手を貸した者」
ハンナはそこで一度、手を止めた。
「情状は」
「記録はする。でも、帳簿改竄は軽くしない」
「はい」
こうして分けていくと、ウォード家という大きな塊が崩れていく。
悪い家。そう言えば簡単だ。
だが、その中には命じた者、運んだ者、知らずに動かされた者、見てしまった者、怯えて黙った者、金を受け取った者がいる。
同じではない。同じにしない。
そこへ、ロレッタが来た。今日は一人だった。侍女も連れていない。服は濃い青で、飾りは少ない。帽子の下から見える目元に、昨夜あまり眠らなかった跡があった。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「どうぞ」
私は席を示した。ロレッタは座る前に、机の上の紙の束を見た。
「証言ですか」
「ええ」
「使用人たちの」
「そう」
ロレッタは椅子に腰を下ろした。
「私にできることはありますか」
まっすぐだった。同情してほしい声ではない。許してほしい声でもない。
仕事を探す声だった。
「あります」
彼女の指が少しだけ動いた。
「何をすれば」
「ウォード家の使用人の名簿を作ってください。今いる者、辞めた者、亡くなった者。分かる範囲で」
「理由も?」
「はい。いつから勤めているか。家族がいるか。誰に仕えているか。誰が何を知っていそうか」
「私は、家を売ることになりますね」
「もう、半分売っています」
ロレッタは小さく息を吐いた。
「そうですね」
「嫌なら断って」
「嫌です」
彼女はすぐに返した。
「ですが、やります」
「嫌なのに?」
「はい」
ロレッタは机の上の紙を見た。
「私は、あの家の一人として振る舞っていました。使用人の名前も、家族の事情も、知っているつもりでいました。でも、それは家を回すためであって、その人たちを守るためではありませんでした」
私は黙って聞いた。
「ヴィヴィアン様は、分けるのですね」
「分けます」
「脅されて黙った者と、得をした者を」
「ええ」
「それは、とても手間がかかります」
「そうね」
「でも、私もその方がいいと思います」
ロレッタは少しだけ背を伸ばした。
「私には、まだそのやり方を覚える余地がありますか」
ハンナが、ほんの少しだけこちらを見た。父は窓際で何も言わない。
私はロレッタを見た。敵の家の嫁。ヘンリーの妻。十五年間、知らなかった女。
だが、知った後で真珠を持ち出した女。
「余地はあります」
私は紙を一枚伏せた。
「ただし、同情で置くつもりはありません」
「承知しています」
「私のそばに来るなら、あなたの婚家に背を向けることになる」
「もう、背を向けかけています」
「戻れなくなります」
「戻る先が何だったのか、今は分かりません」
ロレッタはそう言って、手袋を外した。手は白く、細い。帳簿をめくる手というより、客間で茶を持つ手だ。
けれど、ペンは持てるだろう。
「まず名簿から」
私は紙を渡した。
「はい」
「綺麗に書く必要はありません。読めればいい」
ロレッタの口元がわずかに動いた。
「どなたかと同じことをおっしゃいますね」
「父です」
「なるほど」
彼女はペンを取り、最初の名を書いた。
アン。エレノーラ夫人付き古参侍女。妹あり。薬代を奥様から借りていた。
次。ベス。下働き。字は少し読める。去年冬、書斎から紙を運ぶ。
ロレッタの字は整っている。だが、遅い。
一人書くたびに少し考える。家の奥方として見ていた人間を、証言者として書き直すのだから当然だった。私は急かさなかった。
ハンナが茶を替えた。父はいつの間にか部屋を出ていた。たぶん、余計な口を挟まないためだ。
しばらくして、ロレッタがぽつりと声を落とした。
「人の名を書くのは、重いですね」
「ええ」
「私は、今まで招待状や席次表で名前を書いてきました。それとは違います」
「違います」
「この名簿で、誰かが助かるかもしれない。誰かが裁かれるかもしれない」
「だから、分からないことは分からないと書いて」
「はい」
ロレッタはもう一度ペンを動かした。
分からない。不明。要確認。その文字が紙に増えていく。
いいことだ。分からないことを、分かったふりで埋めない。そこから始めればいい。
夜になる頃、名簿は三枚になった。
ロレッタは帰らなかった。ウォード家へ戻る気配もなかった。
「今夜はホテルに部屋を取っています」
「夫には?」
「手紙を出しました」
「何と」
「今夜は戻らない、と」
「それだけ?」
「それだけです」
短い。けれど、それで十分なこともある。
ロレッタは名簿を私へ渡した。
「明日も来ます」
「ええ」
「ヴィヴィアン様」
「何」
「私は、秘書の仕事を覚えられるでしょうか」
「覚える気があるなら」
「あります」
「では、明日は契約書も読んでもらいます」
ロレッタの指が、名簿の端で止まる。それから、静かにうなずいた。
「はい」
その返事は、ウォード家の奥方のものではなかった。
まだ秘書でもない。ただ、自分の足を別の場所へ置こうとしているかのようだった。
◇
彼女が出ていった後、私は名簿を見た。
ウォード家の使用人たちの名が並んでいる。その横に、十五年前のハートウェル家の名簿を置いた。
二つの家。二つの名簿。
片方は奪われた者たち。片方は、黙らされ、使われ、あるいは手を貸した者たち。
一人ずつ見る。面倒でも。
食べるために黙った口と、食うために奪った口を、同じにはしない。




