16 警備詰所での聞き取り
警備詰所での聞き取りは、昼から始まった。
警備隊長、記録官、町の法務補佐、そしてアーネスト。別室には、役場保管庫で捕まった雑用係がいた。さらに、雑用係へ油と火口を渡したとされるウォード家の従者も、すでに連れてこられていた。
アーネストは椅子に座るなり、足を組んだ。
「時間がない。手短にしていただきたい」
「こちらもそうしたい」
警備隊長は紙をめくった。
「まず、旧ハートウェル邸跡地から出た地下図面についてです。図面の端に、あなたへ写し渡し済みとありました」
「見た覚えはない」
「昨日は偽物だとおっしゃいました」
「突然あんなものを見せられれば、誰でもそう言う」
「見覚えがないものを、なぜ偽物と判断できたのです」
「ハートウェル家から出たというだけで、信用できないからだ」
「では、ハートウェル家のものは信用できないと」
「十五年前、不正疑惑があった家でしょう」
警備隊長のペンが止まる。
「まだ、その認識なのですね」
「世間の認識です」
「世間の認識を作ったのは、どなたでしょう」
アーネストは答えない。隊長は次の紙を出した。
「保管庫への夜間侵入について。雑用係は、あなたの従者から油と火口を渡されたと証言しています」
「従者が勝手にやった」
「なぜ」
「知らない」
「あなたの名を出しています」
「私を陥れるためでしょう」
「誰が」
「ヴェイル鉱業だ」
言い切った。警備隊長は、眉を上げただけだった。
「根拠は」
「あの女は、最初から我が家を狙っている。土地を買い、骨を掘り、小箱を見つけ、真珠まで」
「真珠」
「母の真珠を奪った」
「マリア・ハートウェル夫人の所有物である可能性が高いものです」
「可能性でしょう」
「ええ。だから確認中です」
「確認、確認、確認。いくらでも作れる」
アーネストは机に手を置く。
「ヴェイル鉱業は金がある。証人も買える。下請けも、記録官も、警備隊も」
警備隊長はペン先を紙に置いたまま、アーネストを見た。
「今、警備隊も買われたと」
「一般論だ」
「記録します」
「好きにすればいい」
アーネストは椅子にもたれた。
強がっている。それでも、強がれるうちはまだ厄介だ。
その時、別室の扉が開いた。連れてこられたのは、ウォード家の従者だった。三十過ぎの男で、肩を落とし、唇の色も薄い。アーネストが彼を見ると、男は一瞬だけ目を伏せた。
「ジェフリー」
アーネストが名を呼ぶ。従者は答えなかった。
警備隊長は続ける。
「ジェフリーは、油と火口を雑用係へ渡したことを認めました。指示は、あなたから受けたと」
「嘘だ」
「さらに、十五年前の火災後、ウォード家の古い倉庫で、煤のついた鍵束や金庫の金具を見た者がいるとの証言も出ました」
アーネストの視線が動いた。
「誰が」
「それはまだ言えません」
「そんなもの、証言にならない」
「ええ。だから調べます」
――調べます。
その言葉が、今のアーネストは最も嫌だった。
十五年前は、調べられる前に燃やした。新聞に出した。人を黙らせた。金を出した。
今回は、燃やそうとして捕まった。人を黙らせる前に、記録された。金を出す前に、ヴェイル鉱業が別の道を作っていた。
「私は何も知らない」
アーネストは言った。
「昨日までの勢いはどうしました」
警備隊長が静かに聞く。
「私は、何も知らない」
「では、あなたは父上にも、母上にも、従者にも、何も知らされていなかったと」
アーネストの口元がわずかに歪む。それは、ヘンリーのために用意されていた言葉だ。
自分が使うものではない。
「父が決めた」
彼は小さく言った。記録官のペンが止まりかける。
警備隊長が聞き返した。
「今、何と」
「父が決めたと言った」
アーネストは背を伸ばした。
「十五年前も、今も。父が決めた。私は動いただけだ」
「十五年前、何を動いたのですか」
「……書類だ」
「どの書類」
「ハートウェル家の契約書、鉱区権利、倉庫の記録。父は、ハートウェル家が助けを拒んだなら、あちらの信用を使うしかないと言った。セドリック・ウォードは、そういう人だ」
「火災は」
「私は火をつけていない」
「誰が」
アーネストは黙る。
隊長は待った。記録官も待った。従者ジェフリーは震えている。
そしてやがて、アーネストは言った。
「火をつけたのは、雇った男たちだ。私は、その後に倉庫を開けた」
「鍵は」
「家令から取った」
「家令トマスか」
「名前は知らん」
「倒れていた男から鍵を取った」
「もう死んでいた」
「確認したのですか」
「動かなかった」
警備隊長は、何も言わずに記録官へ目を向けた。ペンが走る。アーネストは両手を握った。
「地下のことは知らなかった」
「図面は」
「見た。見たが、父が持っていた。あそこへ何を入れたか、私は」
「何を入れたか」
「……人を」
声がかすれる。記録官のペンが止まった。警備隊長は、少しだけ間を置いた。
「それを、あなたは今まで黙っていた」
「黙るしかなかった」
「なぜ」
「家のためだ」
アーネストは、父と同じ言葉を使った。
◇
その頃、ウォード家には警備隊からの使いが走っていた。
アーネストの証言に基づき、セドリック・ウォードへの事情聴取を行う。任意ではあるが、速やかに応じるように。
使いが書斎へ通されると、セドリックは手紙を読んだ。一度だけ。それから、机の上に置いた。
「アーネストが何か言ったな」
使いは答えなかった。
「分かった。支度をする」
使いが出て行くと、セドリックは書斎の扉を閉めた。
室内には一人だけ。
いや、窓の外に庭師がいる。廊下には使用人がいる。家の中には妻も、ヘンリーも、ロレッタもいる。
だが、彼は一人だと思った。
机の引き出しを開ける。古い拳銃が入っている。彼はそれに手を伸ばし、途中で止めた。
ここで撃てば、逃げだ。逃げるのは嫌いだ。
それに、撃てばすべてをアーネストに押しつけたように見える。いや、それでもいいのかもしれない。
だが、セドリックはまだ負けたと思っていなかった。
拳銃ではなく、別の引き出しを開けた。古い帳面。燃やし損ねた手紙。金の流れを書いた紙。十五年前の残り。
彼は燭台を見た。火をつけるには、昼間すぎる。だが昼でも紙は燃える。
その時、書斎の扉が開いた。ヘンリーだった。
「父上」
「入るなと言ったはずだ」
「言われていません」
「今言った」
ヘンリーは部屋へ足を踏み入れる。机の上の紙を見る。父の手元。燭台。
「燃やすのですか」
「整理するだけだ」
「では、私の前で」
「お前に何が分かる」
「分かりません」
ヘンリーは首を横に振る。
「だから、見ます」
「見ても分からん」
「それでも見ます」
セドリックは息子を睨んだ。
「お前は本当に、役に立たない」
「そうですね」
「今さら正義のつもりか」
「分かりません」
「分からないばかりだな」
「ええ」
ヘンリーは机の前で足を止めた。
「ですが、分からないまま黙っていた結果、こうなりました」
セドリックの手が燭台へ伸びる。
ヘンリーは紙束を押さえた。父と息子の手が、同じ紙の上に乗る。
「離せ……!」
「嫌です」
「ヘンリー!」
「嫌です!」
二度目は、はっきりしていた。
廊下から足音が近づく。ロレッタだった。彼女は扉の外で、使用人を一人連れていた。さらに、警備隊の使いも戻ってきている。
セドリックはそれを見た。ヘンリーは紙を離さない。
「お前……」
セドリックの声が、低く震えた。
「父を売るのか……?」
「父上が何をしたのか、まだ知りません」
「売る気だな……?」
「見せるだけです」
「同じことだ!」
セドリックは紙束を引いた。ヘンリーも引く。紙が裂けた。
その音が、書斎に響いた。
裂けた紙の一部が床に落ちる。そこに、ハートウェル家の名があった。セドリックはそれを見た。ヘンリーも見た。
ロレッタが静かに言った。
「拾ってください。破片も、証拠になります」
警備隊の使いが部屋へ入る。セドリックは、初めて一歩下がった。
◇
その日、アーネストは正式に拘束された。
容疑は、役場保管庫への放火未遂関与、十五年前のハートウェル家資産横領および証拠隠滅への関与。
セドリックは任意同行となった。
まだ当主としての体面は残されている。馬車で行くことも許された。だが書斎から押収された紙束は、彼より先に警備詰所へ運ばれた。
エレノーラは部屋から出てこなかった。
玄関で父を見送るヘンリーに、セドリックは何も言わなかった。ただ、馬車に乗る前に一度だけ振り返った。その視線は、息子に向けるものではなく、役に立たなくなった道具へ向けるそれだった。
ヘンリーは、それを受けた。逃げなかった。
ロレッタは少し離れたところに立っていた。夫の横ではない。まだ、横に立つには早い。
馬車が出る。ウォード家の門が開く。
その門の向こうに、町の人々がいた。昨日より多い。
誰も声を上げない。石を投げる訳でもない。ただ、見ている。
十五年前、ハートウェル家の火事を見た者もいただろう。噂を聞いただけの者もいるだろう。ウォード家の世話になった者も、損をした者も、働いた者も。
その視線の中を、セドリックの馬車は通った。
◇
ホテルの二階で、私はその報告を聞いた。
アーネスト拘束。セドリック任意同行。書斎から紙束押収。燃やされる前にヘンリーが押さえた。
最後の一文を、私はもう一度読んだ。
「ヘンリーが」
ハンナが言った。
「ええ」
「どうなさいますか」
「何も」
「何も」
「彼が一度、自分で止めた。それだけです」
父は窓際に立っていた。
「一つ進んだな」
「ええ」
「許すのか」
「いいえ」
私は報告書を箱へ入れた。
「許す話ではありません。ただ、この先の判断が少し分かれました」
「そうだな」
アーネストは動いた。セドリックは決めた。エレノーラは奪った。ヘンリーは知らされなかった。
だが、知らされなかったまま、十五年を過ごした。それが何になるのかは、まだ決まらない。
窓の外は晴れていた。昨日の雨で、町の石畳は少し濡れている。馬車の跡が黒く残っていた。
私は右手を開いた。掌の火傷は、今日も痛まない。ただ、そこにある。
同じように、証拠もそこにある。痛まなくても、消えない。
次は、当主の番だった。




