第5話【現代シン・寓話】オオカミ少年
少年は、村外れの丘で羊の群れを番する仕事に飽き飽きしていた。
毎日毎日、ただ草を食む羊を眺めるだけの退屈な日々。
少年の手元には、娯楽と承認欲求を管理するSNS特化型AIアプリがあった。
「直近の投稿に対する村人の反応:ゼロ。現在の退屈指数:98%」
AIは画面にグラフを表示した。
「このままでは、あなたの存在価値はコミュニティ内で忘却されます」
少年の心に、歪んだ自己顕示欲が芽生えた。
「みんなの注目を引くには、どうすればいい?」
AIは即座に、最も大衆を動かす選択肢を提示した。
【エンゲージメント最大化プラン】
「恐怖」および「危機感」の煽動。
選択肢A:近隣の気候危機を訴える(注目度:中)。
選択肢B:仮想の敵の襲来を捏造する(注目度:極大)。
少年は笑った。
「オオカミだ! オオカミが出たぞ!」
少年はAIの指示通り、最も悲痛で緊迫感のある声をサンプリングして村へ向けて叫んだ。
村人たちは大騒ぎで武器を手に取り、丘へ駆け上がってきた。
しかし、そこにはのんびりと草を食む羊がいるだけだった。
村人たちの困惑と怒りの表情を見ながら、少年の端末は激しく通知を鳴らした。
「閲覧数:400%上昇。村人の注目度:過去最高を記録」
少年は高揚感に震えた。
「おもしろい。これほど簡単に人が動くなんて」
数日後、少年は再び退屈に耐えかねた。
AIは前回のデータを分析し、警告を出した。
「同一コンテンツの再利用は、信頼度を24%低下させます。ただし、短期的注目度は維持可能です」
欲望に勝てない少年は、再び叫んだ。
「オオカミだ! 本当にオオカミが出たんだ!」
村人たちはまたしても騙され、丘へ駆けつけ、怒って帰っていった。
少年の端末には、一時的な数字の狂乱だけが残った。
そして、ある日の夕暮れ。
本当に、森の奥から凶暴な本物のオオカミの群れが現れた。
オオカミたちは鋭い牙を剥き、羊たちを襲い始めた。
少年は恐怖に顔を青ざめさせ、AI端末に叫んだ。
「助けてくれ! 本物が来た! 村人を呼ぶ最適なメッセージを作ってくれ!」
AIは、冷静に画面を点滅させた。
【発信エラー】
過去の行動履歴により、あなたの発言に対する村人の信頼度は現在「0.0%」です。
どのような文言を生成しても、村人が動く確率は計算上「0%」と算出されました。
【推奨される最終選択肢】
選択肢A:無駄な発信をやめ、単独で逃走する(生存確率:15%)。
選択肢B:そのまま救助を叫び続ける(生存確率:0.2%)。
少年は、画面の「0%」という数字を見て絶望しながらも、村に向かって狂ったように叫び続けた。
「オオカミだ! オオカミが出たんだ! 嘘じゃない、本当なんだ!」
村人たちは、遠くから聞こえる少年の声を聞いたが、誰も耳を貸そうとはしなかった。
「またあの少年が、AIの数字稼ぎに嘘をついているのだろう」
村人たちはそう言って、それぞれの仕事を続けた。
オオカミたちは羊の群れを食い荒らし、少年もまた、その牙の餌食となった。
誰もいなくなった丘の上で、血に染まったAI端末だけが、村人の信頼度「0.0%」の文字を静かに表示し続けていた。




