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#12. 同期会&会えない週末

「面識ないヤツもこの場にいるだろうけど、ここにいるのは全員入社6年目の同期なんで、みんなこの機会にぜひ楽しく交流しちゃってください! じゃあ、研修1日目お疲れ様ってことで乾杯〜!」


「「「乾杯〜!」」」


明るく元気な久我くんの掛け声と乾杯の音頭で、同期会が始まった。


部署内でもそうだが、ここでも久我くんのムードメーカーっぷりが凄まじく発揮されている。


そのおかげか、同期会は非常に和やかな雰囲気で賑わい、私も久しぶりに会う顔見知りの同期達との交流を楽しんだ。


しかし、しばらく経って、みんながほろ酔い状態になってきた頃のこと。


ふいに私のもとへ面識のない女性同期達が数人固まって詰めかけて来た。


何事かと驚いて目を見張れば、彼女達が次々に口にし出したのは……


「ねぇ、南雲さんってあの広瀬さんの担当アシスタントやってるって本当!?」


「広瀬さんって仕事できる上に、超イケメンだっていう営業部のエースだよね? 実物見たことないけど、福岡支社まで噂は届いてて興味あるの! 話聞かせて!」


「北海道支社でも広瀬さんの噂は耳にしたことあるよ。先輩が出張で東京行った時に会ったとかで、自慢しまくってたもん。実際どんな人なの?」


そう、用件は洸くんのことだった。


この場にいなくても人を惹きつけて話題を掻っ攫っていくとは、さすが洸くんである。


しかも地方支社にまで名前が知られているようだ。


 ……やっぱり洸くんはすごい人だなぁ。


「……えっと、うん。数ヶ月前に異動になって、今は広瀬主任と同じ部署で、アシスタントさせてもらってるよ。どんな人かは……たぶん噂通りの人だと思うよ」


「「「羨ましいーーー!」」」


私は質問攻めに当たり障りなく応じる。


洸くんのことを口に出す時はちょっと緊張してしまった。


気づかれるはずないのに、隠している関係がバレてしまうのではと、ついヒヤヒヤしてしまう。



 ……もしこの女性同期達が私と洸くんの関係を知ったら、どんな反応をするんだろう……?


ミーハーぎみにキャッキャとはしゃぐ彼女達と話していると、ふとそんな疑問が脳裏を掠める。


同時にその答えもするっと出てきた。



 ……きっと「不釣り合い」って言われちゃうよね。


いや、そもそも信じてもらえないかもしれないなと苦笑いが浮かぶ。


その後も次々に投げかけられる質問にやんわり答えながら、私は改めて洸くんの存在を遠くに感じてしまった。




「さっき、大変そうだったな」


詰めかけてきた女性同期達の対応を終えると、私は談話室の隅の方へ移動し、ひっそり腰を下ろした。


急に囲まれて気疲れしてしまった。


ぐったりしていたところ、烏龍茶の入った紙コップを持った結城くんがやって来て、手に持った飲み物を私へと差し出してくれる。


私はありがたくそれを受け取り、カラカラに渇いた喉を潤した。


「結城くん、ありがとう。ようやく一息つけたよ」


「……なら、良かった。疲れたなら、部屋もう戻れば」


「うん、そろそろ戻ろうかな」


明日も早いし、もともと途中で抜けさせてもらおうとは思っていた。


ちょうどいいタイミングかもしれないと立ち上がろうとして、私はふと結城くんが着ている服に目がいった。


同期会は研修後の自由時間に開催されているため、日中と違って、リラックスした私服に着替えている人が多い。


結城くんもまたパーカーとゆるっとしたズボンという格好である。


でも私が気になったのは服装そのものではなく、結城くんのパーカーにプリントされているデザインだった。


「あれ? そのパーカーって、もしかして『ソラリス』?」


「……意外。知ってんだ?」


私がそう言うと、珍しく結城くんが虚をつかれたように僅かに目を見開いた。


『ソラリス』とはロックバンドの名前だ。


青春感のあるエネルギッシュな曲や、切ないバラード、哲学的な歌詞に定評があり、テレビの音楽番組にも出演するなど人気がある。


ただ、活動歴も長くそこそこ有名ではあるものの、誰でも知ってる国民的なバンドというほどではない。


「学生の頃によく聴いてたの。でも最近の曲はあんまり詳しくないんだけどね。結城くんは? バンドのパーカー着てるくらいだから、『ソラリス』のファンなの?」


「そう、昔も今も『ソラリス』ばっか聴いてる。……学生の頃なら『夜空のリフレイン』とか知ってる?」


「それ! まさにその曲! 好きで何度も聴いてた!」


ドンピシャで私の好きな曲名が結城くんから返ってきて、私は思わず感情が昂ぶって声を張り上げた。


 ……懐かしい。高校生の頃、『広瀬先輩』に片想いしながらよく聴いてたもんなぁ。


「好きな人がいるって素敵で幸せなことだよね」というメッセージの曲のため、当時の私にはものすごく刺さったのだ。


あの頃の甘酸っぱい記憶が蘇ってくる。


「いい曲だもんな。ライブでも鉄板だし。でも最近の曲にも痺れるの多いから絶対聴くべき。特にアルバム収録曲はヤバイ」


「そうなんだ、今度聴いてみるね! おすすめの曲ってある?」


「全部。あえて絞るなら、『ネオンシフト』と『青い光の街』は聴いてみて欲しい」


「うん、聴いてみる。えーっと、『ネオンシフト』と『青い光の街』、だっけ? 忘れちゃいそうだからメモしとかなきゃ……!」


私はスマホを取り出して、曲名をメモ機能に書き残そうとした。


すると、ふいに手の中のスマホを結城くんにひょいと奪われ、何事かを操作した後に、再びスマホを返却された。


それはほんの一瞬の出来事。


私は何が起きたのかすら分からずだった。


結城くんは私のスマホを返した後、自分のスマホでもなにやら操作している。


そして何かしらの作業が終わったのか顔を上げてこう言った。


「さっき言った曲、送っといた」


「えっ?」


疑問の声を上げると同時に、手元のスマホが短く震える。


咄嗟に確認すれば、メッセージ通知が1件。


開いてみると、初めて見るアイコンのアカウントからだった。


話の流れ的に、これは結城くんのアカウントなのだろう。


「その2曲以外にも、おすすめあるから。また送る」


「あ、うん。ありがとう」


突然の行動にちょっと面食らったけど、たぶん結城くんは自分の好きなバンドの布教活動に積極的なのだろう。


さっきから『ソラリス』の話題の時だけ、いつもと比べものにならないほど結城くんの口数が多い。


興奮が表に出ないタイプなだけで、思いがけず『ソラリス』の話ができて喜んでるのかもしれないなぁと思う。


 ……意外な一面だなぁ。せっかく教えてもらったから、後で聴いてみよう。それに今の私こそ『夜空のリフレイン』を聴くべきだよね。


「好きな人がいるって素敵で幸せなことだよね」という曲のメッセージは、今の私に直球ど真ん中で響く。


まるで夢みたいな日々にいずれ終わりが訪れるとしても、それまでの間、目一杯好きな人と過ごす幸せを実感したい。


そんなことを考えていたら、早いものでいつの間にか同期会のお開きの時間になっていた。


結構な時間を結城くんと話し込んでいたみたいだ。


久我くんの声掛けのもと、残ったメンバーで談話室の後片付けをして、私達は翌日の研修2日目に備えて各々部屋に戻った。



そして2日目も、前日同様、いやそれ以上に濃密な学びの時間だった。


さらに実践的な内容になり、実際に起こりうるリアルなケーススタディでロールプレイをしたり、プレゼンがあったり……と実にハードだった。


前日の疲れも重なり、最後の方はへろへろだったけど、なんとか最後まで喰らいついた。


それは私だけでなく他の参加者も同じだったようで、2日間の研修がすべて終わった時には全員の顔に「やり切った!」という充実感が浮かんでおり、自然と拍手がその場に鳴り響いていたくらいだ。


こうして、久しぶりに同期との交流も生まれた中堅社員研修は無事に幕を閉じ、私は解放感に包まれながら研修施設を後にした。



そんなわけで、研修を終えて迎えた週末。


精魂尽き果てていた私は、到底外出する気になれず、部屋でゴロゴロして過ごしていた。


スッピン&部屋着のまま、ソファーの上で撮り溜めたテレビの録画を見たり、サブスクで映画を観たりとのんびりしている。


完全になるオフモードだ。


こんな姿、絶対に洸くんには見せられない。


いや、見せたくない。


高校の頃の私のこともこのまま思い出さないでいてくれればと心底願っている。


彼女になったからこそ、あんな地味で冴えなかった自分のことを知られたくない。


幸いにも、洸くんが私を認識していたはずがないから、思い出す可能性なんて皆無だ。


その点だけは安心である。


 ……洸くんは今頃何してるのかな? 出張中だから宿泊先のホテル? それとも現地にいる知り合いと出掛けてたりするのかな?


デートをした週末は洸くんにドキドキしっぱなしだったけど、会えない週末もまた私は洸くんのことばかり考えていた。


つくづく洸くんに心が囚われているなぁと思う。


再燃した想いはますます深くなる一方だ。


見つめるだけだった高校時代と違って、恋人として一緒に甘い時間を過ごせるのだから当然と言えば当然である。


言葉を交わして、触れて、キスして……。


どんどん恋心が加速するのは止められない。



 ……会いたいなぁ。せめて声が聞きたい。



顔を見ていないのはほんの数日だけなのに、こんなふうに思うなんて私はすっかり贅沢になってしまった。


こんな調子ではいざ別れの時が来た時に耐えられない。


ソファーの上で膝を抱えて、ぼんやりテレビを眺める。


テレビに映るバラエティー番組からは楽しそうな笑い声が流れてくるが、内容が入ってこなかった。


その時、テーブルの上に置いていたスマホが震え、バイブ音を響かせ始めた。


音の長さからして電話のようである。


誰だろう?と思いながら私はスマホを手に取り、おもむろに耳に当てた。


「もしもし」


「もしもし、遥香?」



聞こえてきたのは、耳に優しい柔らかな低い声。


今まさに聴きたくてたまらなかった声だった。


「こ、洸くん……!?」


「なに、そんなに驚いて。俺からの電話がそんなに意外だった?」


「えっ、うん、そうです。ちょっとビックリしてしまって」


「ふふっ……そうなんだ。遥香は今、家? 笑い声が聞こえる気もするけど」


「あ、はい。家でのんびりしてました。音はテレビです!」



私は慌ててリモコンを手に取り、テレビの電源を消す。


途端に賑やかな笑い声が掻き消え、部屋の中には静寂が訪れた。


1人でいる時には音があった方が寂しくないが、洸くんとの電話中は邪魔なだけだ。


洸くんの言葉を一言だって聞き逃したくない。


「あれ? テレビ消したの?」


「はい。聞こえづらいかなと思って」


「そっか。遥香の声がさっきよりよく聞こえるようになって俺も嬉しいよ」


「! そ、そうですか。良かったです……!」


「そういえば、遥香、研修はどうだった? 俺も何年か前に同じ研修受けたことあるけど、結構ハードだった覚えがあるよ」


「はい、すごくハードでした! 頭がパンクしそうでしたし、今も疲れでへろへろです。でも、とても学びの多い研修でした! 特にケーススタディでは——……」


そこから私は研修での出来事を掻い摘んで話した。


洸くんが相槌を打って聞いてくれるので、するする言葉が出てくる。


ひと通り私が研修のことを話し終わると、続いて洸くんも出張での出来事を話してくれた。


今は宿泊先のホテルから電話してくれてるそうだ。


移動が多く疲れていたため、起きたのは昼過ぎだったという。


「——とまぁ、俺はそんな感じ。予定通り来週の半ばには東京に戻るよ。仕事のせいで今週末会えなくてごめんね」


「全然大丈夫です……! 仕事が優先ですから。気にしないでください!」


「全然、って言い切られるのも寂しいもんだね。俺は遥香に会いたいのに」


「………ッ」


ストレートに「会いたい」と言われて私は言葉を詰まらせた。


洸くんが私と同じ気持ちでいてくれることが嬉しくて、胸がじんわり温かくなる。


「でも会いたいと思ってるのはきっと俺だけなんだろうなぁ。……遥香はメールも、電話もしてこないし」


そんなことない、と咄嗟に口走りそうになったけど、私は寸前で言い淀んだ。


というのも、メールも電話も私からしていないのは事実だったからだ。


 ……だってあの『広瀬先輩』に対して私から連絡させてもらうなんて恐れ多くって。それに、“会いたい”なんて我儘は口が裂けても言えないよ……! 


それに、いつかこの関係は終わってしまうのだから、深入りしちゃいけない。


そう思うと、行動にブレーキが無意識にかかる。


「ああ、ごめん。別に遥香を責めてるわけじゃないから。そこは勘違いしないで。ところで来週末は予定空いてる?」


私が口ごもったからか、その後洸くんはさっさと話を変えてしまった。


来週末に会う約束をして、その日はどこに行くか、何をして過ごすかを楽しく話し合って電話を終える。


電話を切った後も私は余韻に浸るかのように、しばらくの間ソファーの上でじっとしていた。


来週末のデートに思いを馳せると胸が高鳴る。


洸くんと恋人として過ごせる時間は有限だからこそ、その時々を大切にしたい。


その後ふと思い出して、ソラリスの『夜空のリフレイン』を流し、私は好きな人がいる幸せを噛みしめたのだった。


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