老医師の執念
老人の魂は、今まさに肉体から離れようとしていた。
身体中を貫く矢傷と、致命的な出血。もはや、二十歳の健康な肉体であっても、亜神の力であっても、その「寿命の火」を元に戻すことはできない。
終は静かに膝をつき、老人の冷たくなり始めた手を握った。
「……私が見えますか。葬儀屋の、結城 終です」
老人は混濁した瞳を終に向け、震える唇を動かした。
「……あ、ああ……お迎えか……。だが、まだ……まだ逝けん……。この、薬を……」
老人の魂から、激しい「未練」の脈動が伝わってくる。
終は固有能力『未練の解読』を無意識に発動していた。
老人の記憶が、奔流となって終の意識に流れ込む。
この老人は、国境の町で流行している未知の疫病を食い止めるため、唯一の治療薬を持って駆けつける途中だった。
だが、襲撃したのは単なる盗賊ではなかった。
記憶の中に映ったのは、隣国の軍隊が使用する隠密部隊の特殊な剣。
隣国は、疫病を利用して国境の町を弱体化させ、戦わずして占領しようと企てていたのだ。
「なるほど……。命を奪うだけでなく、病をも道具にする。……これは少々、悪趣味が過ぎますね」
終の瞳に、静かな、しかし峻烈な怒りが宿った。
葬儀屋にとって、死は「人生の完成」であり、何者かに不当に利用されるべきものではない。
「先生、あなたの想いは、確かに預かりました」
老医師は、終の言葉に安堵したのか、一つ深く息を吐くと、その瞳から光が消えた。
同時に、周囲にいた護衛たちの残留思念が、やり場のない怒りとなって霧のように立ち昇り始める。
「……彼らの誇りも、この地に縛るわけにはいきません」
終は立ち上がり、銀の杖を高く掲げた。




