表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百二歳で大往生した葬儀屋、異世界で亜神として二度目の人生を始める〜最強葬儀屋、銀の杖で世界を安らぎの葬送に染め上げる〜  作者: 榎木丈


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/58

忘却の奈落へ沈む国

 新世界の中央に位置する軍事強国ヴォルガド。そこはかつて、ザルツが宮廷魔導師として君臨し、死霊術の極致を追い求めた呪われた地であった。ザルツが結城 終によって引導を渡された後も、その国は反省するどころか、遺された研究成果を基に、さらなる狂気へと突き進んでいた。ヴォルガドの王は、死を「資源」と呼び、墓地を「鉱山」と称した。彼らにとって、死者の魂を無理やり引きずり出し、鋼鉄の鎧に詰め込んで自律兵器とする霊魂工学れいこんこうがくこそが、世界を統べるための鍵であった。


 終がヴォルガドの国境に足を踏み入れたとき、まず鼻を突いたのは、不自然なまでに無機質な「魂の壊疽えそ」の臭いだった。街道沿いの村々には人影がなく、あるのはただ、生気のない瞳で巡回を続ける不死兵の群れ。彼らはかつてこの地で愛し、愛されたはずの住人たちであり、今は自らの肉体を弄んだ国のために、永遠に終わらぬ労働を強要されていた。


「……おやおや。一〇二年と数百年生きてきましたが、これほどまでに品性の欠片もない『積読つんどく』を見るのは、初めてかもしれません。読み終えた物語を無理やり開き、ページを破って継ぎ接ぎする。……それは、作者への、そして読者への最大の侮辱ぶじょくですよ」


 終の声は、冬の夜風よりも冷たく、重かった。彼の瞳には二十歳の瑞々しさなどは微塵もなく、深淵のような静かな怒りが宿っている。彼にとって死とは、人生という物語の最後の一行であり、何人たりとも汚してはならない神聖な幕引きである。それを掘り返し、戦いの道具として使い潰すヴォルガドの在り方は、葬儀屋としての彼の存在理由そのものに対する冒涜であった。


 案内役の小鳥は、もはや囀ることもなく、終の肩で漆黒の火花を散らしていた。終は鞄から、かつての現世で一度も使うことのなかった、最も格式高く、そして最も峻烈な裁きを司る供養道具くようどうぐを取り出した。一〇二年の知恵は、彼に「許すべきではない終わり」が存在することを教えていた。終は銀の杖を強く握りしめ、かつてザルツが嗤った王都の城門へと、静かな、しかし確かな一歩を踏み出した。


 数日後、ヴォルガドの王都アイゼンガルは、不気味なほどの静寂に包まれていた。最新鋭の霊魂兵器が配備されていたはずの城壁には、兵士の姿が一人もない。代わりに、街の至る所に「一輪の萎れた白百合」が置かれていた。人々がそれを手に取ると、瞬時に手の中で灰となり、その灰が風に乗って王城へと集まっていく。これは、終が用意した「招待状」であった。


 玉座に座る国王の前に、一人の青年が姿を現した。黒い外套をなびかせ、銀の杖を手に、一切の武器を持たぬ葬儀屋、結城 終である。

「……何者だ! 衛兵! この不届き者を捕らえよ!」

 王が叫ぶが、衛兵たちは一歩も動けなかった。彼らの背後には、ヴォルガドが冒涜したはずの不死兵たちの影が、本来の姿――かつて終が弔った、アルビオンやハザム、そして人魚たちの「怒れる霊気」を纏って立っていたからである。終は懐から、ヴィンスより譲り受けた銀の天秤を空中に放った。天秤はこれまでの旅で見せたような黄金の光ではなく、冥府めいふを思わせる蒼白そうはくな炎を上げていた。


「王よ。……この天秤アーティファクトで、あなたが奪った『死者の安らぎ』と、あなたが望む『永遠の覇権』を量ってみましょう。……ああ、無駄ですよ。針はすでに、あなたの『破滅』の側へ振り切れています。あなたは死を克服したつもりでしょうが、実際には死に執着し、その足首を掴まれているに過ぎない」


 天秤の右皿に、ヴォルガドが踏みにじった魂たちの涙が載せられた。皿は一瞬で崩壊し、その重みは王城の床を粉砕した。左皿に載せられた王の野望は、風に舞う羽毛よりも軽く、醜く浮き上がった。

 終は銀の杖を高く掲げ、一〇二年の知恵と、亜神としての裁きの権能を解き放った。

聖域展開サンクチュアリ・オープン無に帰す引導の鐘(ホロウ・レクイエム)


 王城全体が、一切の音と光を奪われた漆黒の空間に変貌した。それは終が救ってきた安らぎの死ではなく、何一つ残らない、絶対的な「虚無」としての死であった。

「あなたが死者を道具にしたように、今度は死者が、あなたをその暗闇へ引きずり込む番です。……死を冒涜した者に、最後の一行を綴る資格などありません。あなたの物語は、ここで白紙のまま、永久に閉ざされるのです」

 終の静かな宣告と共に、王城に閉じ込められていた魂たちが、枷を外された猛獣のように王へと襲いかかった。


 翌朝、太陽が昇った時、そこにヴォルガドという国は存在しなかった。

 壮麗な王城も、世界を震撼させた霊魂工学の研究所も、そして傲慢な王も、すべてが一夜にして真っ白な灰へと還っていた。石ころ一つ残さず、歴史のページから暴力的に毟り取られたかのような、徹底した消滅であった。かつて国民であった人々は、なぜか自分がどこの国の人間であったかを忘れ、ただ平和な村人として、近隣の国々へと散っていった。彼らの記憶からも、死者を冒涜した醜い歴史は、終の手によって「なかったこと」として弔われたのである。


 終は、灰の平原となったかつての王都の中央に立ち、銀の杖を静かに振った。すると、灰の中から、ヴォルガドによって汚染されていた魂たちが、清らかな光の粒となって空へと昇っていった。彼らは終の怒りによって解放され、今度こそ本当に、誰も邪魔することのできない永遠の眠りにつくことができた。ザルツが弄び、王が消費した魂たちが、ようやく「自分自身の終わり」を取り戻した瞬間であった。


「……お疲れ様でした。不快な思いをさせてしまいましたね。……これからは、誰に起こされることもなく、静かに夢を見続けてください。一〇二年生きた私が保証します。二度と、あなたたちの眠りを妨げる者はいません」


 終は一〇二年の重みを持って、空へと昇る光に深く、深く一礼した。彼の背後では、案内役の小鳥が、元の穏やかな黄金の輝きを取り戻し、寂しげに一度だけ鳴いた。

「……終、君は怒ったんだね。あんなに恐ろしい葬儀をするなんて。君の中に、あんな冷たい炎があったなんて知らなかったよ」


「……私は葬儀屋です。物語を終わらせるのが仕事ですが、物語そのものを汚す者だけは、私の『客』ではありませんから。……さて、案内役さん。これで少しは、この世界の空気も清やかになったでしょうか」


 終は鞄を閉じ、杖を軽く回すと、再び始まりの聖域へと向かって歩き出した。ヴォルガドが辿った末路。それは、歴史書にすら記されることのない「完全な忘却」であった。死を道具にした報いは、自らがその道具にすらなれぬまま、存在そのものを消されることだったのだ。終は一〇二年の知恵を持って、その残酷なまでの静寂を、この世界の必要な一部として受け入れたのである。


 二十歳の身体に、一〇二年の達観たっかんを宿した葬儀屋。

 彼の杖は、迷える魂を救う盾であると同時に、尊厳を穢す者を無に還す、峻烈な審判しんぱんでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ