腐敗した不老不死
「……戻れ、若き巡礼者よ。この街の『永遠』を汚すことは許されない」
大聖堂の地下、巨大な水槽が安置された祭壇の前に、一人の老いた――いや、老いることさえ許されぬ司祭が立ちはだかった。彼の肌は陶器のように滑らかだが、その瞳には深淵のような絶望が澱んでいる。
水槽の中には、かつて美しい人魚であったはずの異形の者たちが、肉体を腐敗させながらも死ねずに蠢いていた。彼らは司祭の手によって「不老不死の霊薬」の苗床にされていたのである。
終は静かに、ヴィンスから預かった銀の天秤を取り出し、水槽の前に浮かべた。
「司祭殿、お疲れ様です。……この天秤で、あなたが守り続けてきた『都の虚栄』と、彼らが流した『涙』を量ってみましょう」
天秤の右皿に、都の美しい街並みの幻影を載せる。皿は華やかに輝いたが、左皿に人魚たちの悲鳴を載せた瞬間、天秤の支柱は悲鳴を上げて歪み、聖域の光が黒く濁った。
「黙れ! 我らは死を克服したのだ! 誰一人として失われない、完璧な世界を創り上げたのだ!」
司祭が呪文を放ち、運河の水を大蛇に変えて終に襲いかからせる。だが、終は銀の杖を軽く一閃させるだけで、その狂気の奔流を、清らかな飛沫へと変えてみせた。
『聖域展開:安らぎの葬送』
黄金の光が大聖堂を満たし、水槽の中で苦しむ人魚たちを優しく包み込む。聖域の力により、彼女たちの肉体を繋ぎ止めていた忌まわしい呪縛が、光に触れて微かに解け始める。
「司祭殿、あなたは命の完成を冒涜した。死がない世界に、価値など存在しません。……終わりがあるからこそ、人は今この瞬間に祈りを捧げるのですよ」
終は固有能力未練の解読を起動した。
天秤が共鳴し、司祭の脳裏に、かつて彼が愛し、そして「死なせたくない」と願った亡き娘の笑顔が蘇る。彼が不老不死を求めたきっかけは、喪失への恐怖という、あまりに人間的な稚拙な愛であった。




