極寒の巡礼
王都の喧騒を遠く離れ、結城 終が辿り着いたのは、雲を突き抜け天を衝く白銀の巨壁――霊峰アイギスの麓であった。見上げる山体は万年雪に覆われ、吹き下ろす風花は剃刀のような鋭さで生者の肌を裂く。
案内役の光の玉は、寒さに震えるどころか、かつてないほど激しく黄金の光を明滅させ、山頂のさらに先、天空の彼方を指し示していた。
「……なるほど。これは単なる寒さではありませんね。山そのものが、巨大な結界であり、同時に一つの供養塔としての役割を果たしている」
終は鞄から、かつての現世で雪の日の葬儀に用いた厚手の黒い外套を取り出した。亜神の魔力が通ったその布地は、絶対零度の冷気さえも穏やかな春の陽だまりへと変える。終は銀の杖を深く雪に突き立て、一歩ずつ、垂直に近い斜面を登り始めた。
登るにつれ、街道の墓標とは比較にならないほど巨大な「死の予感」が、大気を震わせる重低音となって終の五感を打った。それは一人の人間が放つ未練などではない。数千年の時を生き、歴史の転換点を幾度も見届けてきた強大な「命の残滓」が、出口を求めて彷徨っている音だ。
「……何千年も死を待ち続け、死に場所を失った魂。それは、どれほどの寂寥を伴うものでしょうか」
一〇二年の人生を全うし、愛する者たちに囲まれて幕を閉じた終にとって、これほどまでに長く、孤独な「生の延長」は、最も救い難い悲劇に見えた。
山頂付近、猛吹雪の向こう側に、広大な氷の神殿が現れた。そこには、建物の柱と見紛うほどに太く、白銀の鱗に覆われた巨大な四肢が横たわっていた。古の神々の時代からこの山を守り続けてきた、白銀の古龍――アルビオンである。
その巨大な瞳は濁り、呼吸は凍てついた大気を震わせるほどに重い。しかし、龍の魂は肉体という牢獄に固執し、解き放たれることを頑なに拒んでいた。終は、巨龍の鼻先にまで歩み寄り、静かに帽子を取って一礼した。
「失礼いたします。遠路はるばる参りました、葬儀屋の結城 終です。……あなたの、長すぎた当直の終わりを整えに来ました」
巨龍の瞳が、微かに動いた。その奥に宿るのは、侵入者への怒りではなく、底知れぬ恐怖だった。死を司る龍でありながら、彼は自分自身の「終わり」を、何よりも恐れていたのである。




