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霧笛の誘い
琥珀の森を後にした終が辿り着いたのは、一年中深い霧に閉ざされた港町レトスだった。
この町には奇妙な噂がある。海が荒れる夜、霧の向こうから古びた軍艦が現れ、死者の魂を求めて彷徨うというのだ。
「……なるほど。引導を渡される機会を失い、海を漂い続ける未練、ですか」
終は、霧に濡れる波止場に立ち、静かに水平線を見つめた。
亜神の視覚は、濃霧の奥で鈍く光る一隻の船を捉えていた。それは数十年前に沈んだはずの、王国海軍の練習艦だった。
「お困りですか、旅人さん」
背後から声をかけたのは、片足が義足の老いた灯台守だった。
「あの船が見えるなら、近寄らんことだ。あれは死を忘れた幽霊船。乗っているのは、自分が死んだことさえ気づいていない哀れな若造どもだ」
「気づいていない、とは?」
「……嵐で沈む直前、艦長が言ったのさ。『任務を全うするまで、貴様らの命は預かる』とな。真面目な彼らは、死んでからもその軍律を律儀に守り続けているのさ。……もう、四十年もな」
終は銀の杖を軽く握り直した。
「……終わらない任務ほど、過酷な通夜はありません。葬儀屋として、彼らの当直を交代しに行って参りましょう」




