甲板の亡霊たち
終が小舟を出し、霧の深淵へと漕ぎ出すと、巨大な船影が目の前に現れた。
腐食した船体、襤褸のように裂けた帆。だが、その甲板は不思議なほど清潔に保たれていた。
終が縄梯子を登り、甲板に降り立つと、そこには透き通った身体の水兵たちが、忙しなく働いていた。
「おい、貴様! 部外者が本艦に何用だ!」
一人の若い航海士が、腰の剣を抜き放ち、終を睨みつけた。
彼の瞳には、死者の冷たさではなく、職務に燃える若者の熱が宿っている。それが、この状況をより一層悲劇的に見せていた。
「私は結城 終。……皆さんに、休暇を届けに来た葬儀屋です」
「葬儀屋だと? 貴様、縁起でもないことを! 我々はこれから、王都へ戻り、家族に手紙を届ける任務があるのだ!」
終は、航海士の足元に視線を落とした。
甲板を掃く水兵の箒は、虚空を撫でるだけで埃一つ舞わない。
「……航海士さん。あなたの持つその六分儀を見てください。針はどこを指していますか?」
航海士が戸惑いながら器械を覗き込む。
「……指していない。いや、……震えているだけだ」
「時間は、四十年前に止まっているのですよ。……あなたたちを繋ぎ止めているのは、艦長の命令ではなく、あなたが手にしている、その手紙への未練ではありませんか?」




