↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ランウェイは君のために 〜平民の仕立て屋が、規格外の公爵令嬢を世界一美しく着せ替えて覇権ブランドを創るまで〜  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/14

婚約破棄

建国記念パーティーが開かれているその夜。僕は王都の片隅にある自分の工房で、ひたすらヤキモキと落ち着かない時間を過ごしていた。


主を失い、空っぽになった特注の大きなトルソー。


僕は意味もなくメジャーを首にかけたり外したりしながら、狭い部屋の中を熊のように歩き回っていた。


ドレスのフィッティングは完璧だった。

彼女の類まれなる美しさを引き出す自信もあった。

しかし、ここは古い慣習に縛られた貴族社会だ。コルセットもパニエもない僕のドレスが、保守的な連中にどう受け止められるか。


何より、あの薄情な王太子がレオノーラ様に心無い言葉をぶつけはしないか。


自分の仕立てた服という名の「鎧」が、彼女の気高い心を守り抜けるのかどうか、気が気ではなかったのだ。


そんな僕の不安などよそに、王宮の大広間では、社交界の歴史を覆すような事件が起きていた。



——豪奢な大扉が開かれ、レオノーラ様が姿を現した瞬間。


数百人の貴族がひしめき合っていた大広間から、一瞬にしてすべての音が消え去った。


純白の絹と真紅のベルベット。歩くたびに流麗なシルエットを描き出し、銀糸の百合がシャンデリアの光を反射して命を得たように瞬く。


そこにいたのは、窮屈な常識から解き放たれた、野生の女神のように圧倒的な美しさを放つ絶世の美女だった。


大広間の中央で、取り巻きの令嬢たちを侍らせていた王太子は、手にしたグラスをガチャンと取り落としたらしい。


彼が、信じられないものを見るように目を剥き、よろめくように彼女の前に進み出た。


「レ、レオノーラ……なのか?」

自分が陰で嘲笑っていた婚約者だと認識した途端、その男の顔には卑しい欲情と傲慢な笑みが張り付いた。


「ふ、ふん。随分と見違えたではないか。これほど美しくなったのなら、当初の予定を変えてやってもいい。ただの飾りの妻ではなく、俺の本当の妻として抱いてやっても良いぞ」


己の身勝手な約束をあっさりと反故にし、恩着せがましく手を差し出す王太子。


だが、レオノーラ様は微塵も動じなかった。差し出された手を見下ろし、澄み切った氷のような声で言い放ったのだ。


「殿下には、『筋肉ゴリラ』と結婚するご趣味はおありでないと伺っておりましたが。


それに、己の言葉すら守れず、美醜のみで態度を翻すような方に、この国を導く器があるとは思えません。私の方から、婚約破棄を宣言させていただきます」


「き、貴様! 言葉を慎め!」

顔を真っ赤にして激昂し、公爵家への報復を喚き散らそうとした王太子。


そこに立ちはだかったのは、威風堂々たるレオノーラ様の父、公爵だった。娘の言葉を全面的に支持し、婚約の白紙撤回を突きつけたのだ。


「ええい、黙らんか! 騒ぎをやめよ!」

大広間の空気をビリビリと震わせたのは、玉座から立ち上がった国王陛下その人だった。


国王は、重々しい足取りで王太子の前へと進み出ると、厳格な声でその場にいる全員に響き渡るように告げた。


「公爵、及び公爵令嬢の言うこと、最もである」

「ち、父上……!?」

「言い訳など聞きたくもない! お前も頭を冷やして考え直せ。自らの言葉を軽んじ、真の価値を見抜けぬ浅薄な振る舞い……このままでは、この国をお前に任せることはできん!」


国王からの衆人環視の中の叱責。屈辱的な状況に、王太子は膝から崩れ落ちた。


周囲の重臣たちも、誰一人として彼に救いの手を差し伸べることはなかった。


レオノーラ様は優雅にカーテシーを執ると、唖然として立ち尽くす元・婚約者をその場に残し、一瞥もくれずに踵を返したという。


残された王太子が、憎悪と執着に歪んだ目で彼女の背中を睨みつけていたことなど、露知らずに。

   

——そんな激動の夜が更けていったことなど、工房に閉じこもっていた僕には知る由もなかった。


「あのスリットの深さはやりすぎだっただろうか」「いや、彼女の脚の長さならあれがベストだ」などと、一人でブツブツと呟きながら、気づけば白み始めた窓の光を浴びていた。


徹夜明けの重い頭を抱え、そろそろ職人たちがやってくる時間だと、店のシャッターを開けた直後のことだった。


カランカランッ!!

ドアベルが、ちぎれんばかりの勢いで鳴り響いた。


心臓を跳ね上がらせて入り口を見ると、そこには朝一番の陽光を背に受けて立つ、二人の女性の姿があった。


「アッシュ!」

興奮冷めやらぬ様子で、頬を桜色に染めたレオノーラ様。


そしてその後ろから、「まあまあ、本当に素敵なアトリエね!」と目を輝かせて店内に足を踏み入れてきたのは、豪奢な扇を手にした公爵夫人——彼女のお母様だった。


「お、おはようございます、レオノーラ様……それに、奥様まで。一体どうされたのですか、このような朝早くから」


徹夜明けの頭が追いつかず目を白黒させる僕に対し、レオノーラ様は、まるで戦に大勝して帰還した騎士のような、今までで一番輝かしい、晴れやかな笑顔を向けた。


「あなたに、アッシュに一番に報告したかったのだ。……すべて、終わったと」


そして、その後ろで公爵夫人が、僕の手をガシッと力強く握りしめた。


「お話は後でゆっくり聞かせてあげるわ。それよりもアッシュ、私にもあのドレスを仕立ててちょうだい! ああ、コルセットのない服がこれほどまでに自由で美しいなんて! 私の友人たちも、皆あなたの服を欲しがって大騒ぎだったのよ!」


僕は唖然としたまま、昨夜の自分の心配が完全に杞憂であったこと、そして――僕のデザイナーとしての人生が、この朝を境に途方もない規模で動き出そうとしていることを、肌で感じ取っていた。


お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。