↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ランウェイは君のために 〜平民の仕立て屋が、規格外の公爵令嬢を世界一美しく着せ替えて覇権ブランドを創るまで〜  作者: 虹の箸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/14

仕立て屋に恋

揺れる馬車の中、レオノーラは両手で熱を持った自身の頬を覆い、長く、震えるような息を吐き出していた。


(私が、世界で一番、美しい……?)


目を閉じれば、あのアッシュという青年の、射抜くような真剣な瞳が脳裏に焼き付いて離れない。


「僕が保証します」——そう言い切った彼の真っ直ぐな声が、甘い熱を帯びて耳の奥で何度もリフレインしている。


あのように麗しい男性から、真正面から称賛の言葉を浴びせられたことなど、これまでの人生で一度たりともなかった。


何より、姿見に映っていた自分自身が、客観的な事実として「美しい」と認めざるを得ない、圧倒的な輝きを放っていたのだ。


窮屈な常識から解放された絹のドレスは、自分でも嫌悪していたはずの長身や筋肉すらも、至高の芸術のように仕立て上げていた。


頭の中がふわふわと宙に浮いているようで、どうにも思考がまとまらない。それどころか、お腹の底のあたりが先ほどからキュンキュンと甘い痛みを発して、落ち着きなく疼いている。


(一体どうしたというのだ。私は何か、悪い病にでも罹ってしまったのか……?)


戦場でどれほどの深手を負おうとも、何万の敵軍に包囲されようとも決して揺らがなかった屈強な騎士団長の心が。


たった一着のドレスと、一人の仕立て屋の誠実な言葉によって、いとも容易く陥落させられていた。


やがて馬車が公爵邸に到着し、重厚な鉄扉が開かれる。


護衛の騎士が差し出す手を取り、レオノーラが石畳へと降り立った瞬間——。その場は、文字通り水を打ったような静寂に支配された。


出迎えるはずだった使用人たちも、微動だにせず立つはずの衛兵たちも、全員が息を呑み、まるで魔法にかけられた石像のように硬直している。


普段の武骨な甲冑姿からは到底想像もつかない、純白の絹と真紅のベルベットに包まれた女主人の、神々しいまでの美しさ。


風に揺れる銀糸の百合の刺繍に、誰もが声を発することすら忘れて魅入られていたのだ。


その視線の雨を浴びながら、レオノーラは真っ直ぐに父である公爵の執務室へと向かった。


「……父上、少しよろしいでしょうか」

重いマホガニーの扉を開けた瞬間。


机に向かっていた公爵は、顔を上げた途端にあまりの衝撃で目を見開き、持っていた羽ペンをぽろりと床に取り落とした。口を半開きにしたまま、ただ呆然と娘の姿を見つめている。


レオノーラは、絹のドレスの裾を優雅に摘み、完璧なカーテシーを執ってみせた。


「お父様。……私はこれまで、王太子殿下と結ばれ、いずれはこの国の国母となる覚悟をしておりました」


静かな、しかし確固たる意志を持った声が執務室に響く。


「殿下からの心無いお言葉や、蔑ろな扱いも、公爵家のため、国のためと耐え忍んできました。しかし……もう限界です」


彼女はゆっくりと顔を上げた。紫水晶の瞳には、かつてないほどの誇りと、一人の女性としての尊厳が宿っていた。


「私の方から、婚約破棄を申し上げれば、殿下も否やは仰いますまい。今宵の建国記念パーティーの場で、これまでの婚約の件、全てを白紙にしたいと存じます。……家への恩に報いることもできぬ、親不孝な娘をお許しください」


深く頭を下げるレオノーラ。

沈黙が落ちた。激怒されるかもしれない。そう覚悟して目を閉じた彼女の肩を、ふわりと、温かく大きな腕が包み込んだ。


「……お父様?」

「親不孝なものか。よく言った、我が娘よ」


見上げると、厳格な父の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。公爵は柔らかく娘を抱きしめ、ぽんぽんとその背中を叩いた。


「正直に言えば、あの小童のお前に対する態度には私の腹も煮えてあった。大事な大事なお前が耐えると言うから、私も黙っていたがな。……素晴らしい。本当に、見違えるほど美しいぞ、レオノーラ」


父は誇らしげに目を細め、力強く頷いた。


「思う存分、その圧倒的な美しさを見せつけてこい。そして、あの愚かな王太子など、お前の方から鼻で笑って振ってやるがいい」

「……はい!」

レオノーラの顔に、これまでにない清々しい笑みが咲きこぼれた。


「あら、本当に素敵なお召し物ね」


ふいに扉が開き、楽しげな声と共に公爵夫人である母が入ってきた。豪奢な扇で口元を隠しながらも、その瞳はきらきらと輝いている。


「コルセットもパニエも使わずに、これほど優雅で気高いシルエットを作り出すなんて。……ねえ、あなた? そのアッシュという仕立て屋に私にもぜひドレスを作らせてちょうだい。良いわよね?」


「はっはっは! ああ、構わんとも。我が家の専属に迎えてもいいくらいだ!」


執務室に、温かで晴れやかな笑い声が響き渡る。

胸の奥につかえていた重い鉛が、すっきりと溶けて消えていくのをレオノーラは感じていた。


やがて、夜の帳が王都を包み込む。


何百ものカンテラに照らされた王宮へ向けて、公爵家の馬車がゆっくりと走り出した。


戦場へ向かう騎士の顔ではない。誰も見たことのない、極上のドレスを纏った絶世の美女として。


今宵、レオノーラは自身を縛り付けていたすべての鎖を断ち切るために、華やかな社交界という舞台へ足を踏み入れる。


お読みいただきありがとうございました。

もし「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、【☆☆☆☆☆】の評価を押して応援していただけると、今後の執筆の何よりの励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。