オートクチュール3
真夜中の工房。静寂を縫うように、僕の息遣いと微かな衣擦れの音だけが響いている。
蝋燭の揺らめく灯りの中、僕は特注のトルソーに向かって、ただ無心でマチ針を打っていた。
レオノーラ様の採寸データに合わせて木を削り出し、綿を詰めて特別に作らせたそのトルソーは、一般的な貴婦人のものよりふたまわりは大きく、そして息を呑むほどに美しく、力強い曲線を描いていた。
普段、彼女のその肉体は無骨な鋼の鎧の下に隠されている。だが、メジャーを這わせた指先が記憶する彼女の身体は、日々の過酷な鍛錬によって極限まで研ぎ澄まされていた。
それは決して無骨なものではなく、まるで獲物を狙う野生の豹のようにしなやかで、圧倒的に均整が取れていた。
この完璧な肉体に、今の王都で主流となっているドレスを着せるなど、デザイナーとしての僕には到底耐えられないことだった。
現在、この世界の貴族社会で流行しているのは、分厚い鯨骨のコルセットで内臓が悲鳴を上げるほどウエストを極端に絞り上げ、巨大なパニエでスカートの裾を釣鐘のように大きく広げるスタイルだ。
それはたしかに豪奢かもしれない。だが同時に、女性を美しい鳥籠に閉じ込めるようなものでもある。そんな窮屈な型枠に押し込めれば、レオノーラ様の持つ、あの気高く躍動的な美しさは完全に殺されてしまう。
だから僕は、コルセットを一切使わないと決めた。
彼女のありのままの身体のライン、その彫刻のような美しさを最大限に活かすデザイン。僕の脳裏に閃いたのは、前世の記憶――オリエンタルな美の極致である「清国のドレス」、いわゆるチャイナドレスの意匠をベースにしたものだった。
首元を凛と包み込むスタンドカラーは、彼女の長く美しい首筋を強調し、騎士としての威厳を添える。そこから胸元、無駄のないウエスト、そして腰の流麗なラインへと、布地はまるで第二の皮膚であるかのように滑らかに寄り添っていく。
しかし、単なる異国情緒の模倣であってはならない。公爵令嬢が公式な場、それも建国記念日の夜会に出るに相応しい、圧倒的なゴージャスさと気品が必要だった。
僕は、王都の商会を駆け回って手に入れた、最高級の純白の絹を惜しげもなく裁断した。
とろけるような手触りの絹地に、彼女の涼やかな瞳と同じ紫水晶の小さなビーズを縫い付けていく。
さらに、夜空の星屑のような銀糸を使い、魔除けと繁栄を意味する流麗な百合の紋様を、一針一針、手刺繍で這わせていく。
気が遠くなるような作業だが、指先は少しも疲れを感じなかった。
スカート部分は足首まで優雅に落ちるストレートなシルエットだが、両サイドには深く切り込んだスリットを入れた。
歩くたびに、あるいは彼女がふと身を翻すたびに、内側の生地である深紅のベルベットが鮮烈に覗く。それは、彼女の内に秘められた熱情と、騎士としてのハッとするような力強さを演出する設計だった。
それでいて、全体のシルエットは一輪の白百合のように清らかで、彼女の奥底にある純真さを見事に体現していた。
「……完璧だ」
徹夜明けの白み始めた窓の光を浴びて、完成したドレスは自ら発光しているかのように美しく輝いていた。
疲労に霞む目を細め、僕は会心の作を前に深く息を吐き出した。
コルセットを捨て、女性の自然な肉体美を解放したこのアバンギャルドな一着が、のちに社交界の価値観にパラダイムシフトを起こし、何百年も続いたコルセットを過去の遺物へと追いやる大流行の先駆けとなることを、この時の僕はまだ知る由もない。
ただ一つ、今の僕の胸を激しく占めていたのは、このドレスを身に纏った彼女の姿を見たいという、強烈な渇望だけだった。
常に自分を覆い隠してきた分厚い鎧を脱ぎ捨て、この絹のドレスに腕を通したとき。
鏡の前に立ち、自分自身の本当の美しさに気づいたとき、彼女は一体どんな顔をするだろうか。あの諦観に満ちた瞳に、どんな光が灯るだろうか。
そっと銀糸の刺繍を指先でなぞりながら、僕はレオノーラ様が再びこの店の扉を叩く瞬間を、まるで初恋の相手を待つ少年のように、恋い焦がれる思いで待ちわびていた。
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