愚かな企み
王宮の面会室からアトリエに戻った僕は、取り憑かれたように作業台に向かった。
脳裏に焼き付いているのは、王妃陛下の深く静かな威厳。わずかに憂いを帯びた瞳。そして長年の重責を担ってきた、その気高い骨格のライン。
食事も睡眠も忘れ、僕は狂ったように型紙を引き、鋏を入れ、針を動かし続けた。
王国の歴史を象徴するような深い群青色のベルベットに、新しい時代の息吹を感じさせる斬新でしなやかなドレープを効かせる。
外交式典という大舞台で、王国の絶対的な威信と、新しい美の価値観を同時に世界へ知らしめるための最高傑作。
数日間の徹夜の末、ついに完成したドレスは、僕のデザイナー人生のすべてを注ぎ込んだと言っても過言ではない出来栄えだった。
しかし、外交式典の当日。
王宮の控え室に呼び出された僕を待っていたのは、信じられない光景だった。
「これが、貴様の言う『最高傑作』か?」
王太子が、下劣な笑みを浮かべて特大のトルソーを指差していた。
そこに掛けられていたのは、僕が仕立てたあの気高い群青のドレスではない。けばけばしいショッキングピンクの生地に、悪趣味なフリルと安っぽいレースが過剰に縫い付けられた、まるで三流の道化師のようなドレスだった。
「王妃を、そして王国を侮辱した罪は重いぞ、平民。不敬罪で直ちに極刑——」
血の気が引いた。王太子の罠だ。
搬入の過程で、僕のドレスはすり替えられたのだ。
ここで弁明したところで、王太子の息がかかった者たちに囲まれている状況では、僕の言葉など誰にも届かない。
「——その三文芝居、いい加減になさってはいかがですか、殿下」
その時、静まり返った控え室に、凛とした声が響き渡った。
バタン、と重厚な扉が開かれ、現れたのはレオノーラ様だった。そして彼女の背後には、音もなく動く黒装束の者たちが、猿ぐつわを噛まされた王太子の腹心——ドレスのすり替えを実行したであろう男を捕縛して引き立てていた。
「アッシュの成功を妬み、殿下が下劣な妨害に出ることは明白。ゆえに、私の手飼いの暗部の者たちに、ドレスの搬入から片時も目を離さぬよう命じておりました」
彼女が指を鳴らすと、暗部の者が恭しく一つの豪奢な箱を捧げ持つ。
箱が開かれ、そこから現れたのは……間違いなく僕が命を削って仕立て上げた、あの群青のベルベットのドレスだった。
「な、貴様、勝手な真似を……!」
狼狽し、顔を真っ赤にして喚く王太子。
「騒々しいですよ、殿下」
奥の扉から現れたのは、王妃陛下その人だった。
陛下は、床に転がる道化のようなドレスと、捕縛された腹心、そして真っ青になった息子を冷ややかに見下ろした。
国の威信がかかった重要な外交式典の場で、己のちっぽけな嫉妬とプライドのために、実の母親のドレスを台無しにしようとしたのだ。
その企みのあまりの底の浅さに、控え室の空気は凍りついていた。
式典の直前。
僕の群青のドレスを身に纏った王妃陛下は、まさに国母と呼ぶにふさわしい、圧倒的な美しさと威厳を放っていた。
コルセットに頼らないしなやかなシルエットが、陛下の洗練された身のこなしをより一層引き立てている。
人払いされ、僕とレオノーラ様だけが残された室内で、王妃陛下はふうっと、ひどく疲れたようなため息をついた。
「……愚かすぎる。国の威信よりも、己の個人的な恨みを優先するとは。あのバカ息子は、本当にどうしようもない」
呆れ果てたような、重い声。
だが、その知的な瞳の奥には、確かな悲哀が揺れていた。
「……だが、それでも私のお腹を痛めて産んだ子供なのだ。どれほど愚かであっても、まだ、母としての情が残っている」
王妃陛下は、ドレスの裾をわずかに持ち上げると、なんとレオノーラ様と僕に向かって、深く頭を下げたのだ。
「レオノーラ。お前には多大な苦労をかけ、アッシュ、お前にも命の危機という恐ろしい思いをさせた。すべては私の教育の至らなさゆえ……どうか、今回ばかりはあの愚か者を許してはくれないだろうか」
一国の王妃が、公爵の娘とは言えいち令嬢と平民の仕立て屋に頭を下げる。
それは、王族としての最大の謝罪であり、同時に——王太子が完全に政治的生命を失い、母からも見限られつつあることの、決定的な証明でもあった。
「……頭をお上げください、陛下。私とアッシュは、無事にこのドレスを陛下にお届けできた。それだけで十分でございます」
レオノーラ様は静かに跪き、王妃陛下の言葉を厳粛に受け入れた。
僕もまた、慌てて床に膝をつき、深く頭を下げる。
「アッシュ。見事な仕事だった。このドレスは、王国の誇りとなるだろう」
陛下の温かい言葉と、隣で微笑むレオノーラ様の横顔。
数々の妨害と身分差の壁を乗り越え、僕のドレスは無事に最高の舞台で輝きを放つ。
そして、どんな権力や卑劣な罠でも決して引き裂くことのできない絆が、僕たち二人の間に確かに結ばれた瞬間だった。
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