優勝者の初仕事
「依頼が届いています。」
「急ぎか?」
「いえ。日程には余裕があります。ただ。」
社員が部長を見る。
「情報調査部への依頼です。」
「…………。」
帰ろうとしていたゲルムが足を止める。
「内容は?」
「ある人物へ接触し、情報を得てほしいとのことです。」
「それだけなら珍しくないな。」
「はい。ただ、接触場所が。」
社員が、依頼書へ目を落とす。
「貴族のパーティーです。」
「貴族?」
「依頼人も貴族です。」
社長が、ゲルムを見る。
「聞いていくか?」
「……はい。」
帰るのは、もう少し先になりそうだった。
「続けろ。」
「はい。」
依頼人には、十七歳になる娘がいる。
その娘も、パーティーへ参加する。
「そこで。」
社員は続ける。
「娘の恋人として自然に参加し、対象へ接触してほしい、とのことです。」
「恋人役か。」
「はい。」
部長が、少し考える。
「娘は十七歳だったな?」
「はい。」
「うちの調査隊で、一番若いのは?」
「二十八です。」
「…………。」
十一歳差。
それ自体は、貴族の男女なら特別珍しいものではない。
十七歳なら既に成人している。
問題は、別にあった。
「身分をどうする。」
部長が言った。
「国内の貴族は?」
「難しいかと。」
社員が答える。
「家名から辿られれば、すぐに分かります。」
「あぁ。」
存在しない貴族を作るわけにはいかない。
「国外なら?」
「下級貴族であれば、ある程度は誤魔化せます。」
「…………。」
部長が考える。
「だが。」
「はい。」
「十七歳の有力貴族の娘が、十一も年上の国外の下級貴族と恋仲になった。」
「理由が必要になりますね。」
「あぁ。」
あり得ないわけではない。
だが。
なぜ。
どうやって知り合った。
なぜその男なのか。
説明するものが、必要になる。
設定を増やせば、その分だけ。
綻びも増える。
「余計な設定は、作りたくないな。」
「はい。」
部長が、依頼書を見る。
「若い者がいれば、一番簡単なんだが。」
「…………。」
ゲルムは、黙っていた。
そして。
ふと、一人の人間が浮かぶ。
「……います。」
「ん?」
「十代が。」
「…………。」
部長が、ゲルムを見る。
「あぁ。」
すぐに、気づいた。
「ノアか。」
「はい。」
十代。
年齢だけなら依頼人の娘とほとんど変わらない。
国外の下級貴族。
それだけでも十分に通る。
若い男女が知り合い、親しくなった。
それ以上の複雑な理由を、用意する必要がない。
「ちょうどいいな。」
「はい。」
社長も、小さく頷く。
「早速で悪いが。」
「構いません。」
ゲルムは答える。
契約時、こちらからは必要な時に依頼を出す。
できる範囲で。
そう伝えている。
「私から聞いてみます。」
「頼む。」
⸻
翌日。
「……貴族のパーティーですか?」
「はい。」
ノアが、ゲルムを見る。
「あなたには、ある貴族の娘の恋人として参加していただきます。」
「…………。」
「娘は十七歳です。年齢的にも、あなたなら自然でしょう。」
「…………。」
「身分はこちらで用意します。」
「身分?」
「国外の下級貴族の出身。その程度で十分です。」
「…………。」
ノアの顔が、少しずつ固くなっていく。
「パーティーでは、恋人として自然に振る舞ってください。」
「…………。」
「その上で、対象となる人物へ接触。」
「…………。」
「会話の中から、こちらが必要としている情報を得ていただきたい。」
「…………。」
「どうでしょう?」
「…………。」
ノアは、しばらく何も言わなかった。
貴族のパーティー。
十七歳の。
貴族令嬢。
その恋人。
国外の貴族として振る舞い。
周囲に怪しまれず。
目的の人物へ近づき。
自然に会話し。
情報を引き出す。
(無理だろ。)
どう考えても。
無理だった。
昨日。
自分は。
情報調査部。
調査隊隊長補佐になった。
月収。
二百万。
その。
最初の仕事。
(いきなりこれ!?)
ノアは、ゲルムを見る。
ゲルムは、何でもない仕事を説明するようにこちらを見ている。
(これが……普通なのか?)
諜報員。
そういう仕事なのか。
だとしても。
自分には。
できる気がしない。
「あの……。」
「はい。」
「すみません。」
ノアは、申し訳なさそうに頭を下げる。
「俺には……ちょっと。」
「…………。」
「難しいです。」
「分かりました。」
「…………え?」
「では、こちらで別の人材を探します。」
「…………。」
あまりにも、あっさりしていた。
「いいんですか?」
「?」
ゲルムが、僅かに首を傾げる。
「契約時にお伝えしたはずです。」
「…………。」
「できる範囲で構いません。」
「あ……。」
「無理に受けていただく必要はありません。」
「…………。」
「では。」
「あ、はい……。」
ゲルムは、そのまま帰っていった。
残されたノアは、しばらくその背中を見送る。
(……本当にいいんだ。)
初仕事。
断った。
月二百万。
それなのに。
怒られもしなかった。
「…………。」
やはり。
よく分からない会社だった。
⸻
(この程度の任務は受けないか。)
帰り道、ゲルムは考えていた。
できないとは、考えていない。
何か本人なりの基準があるのだろう。
あるいは、現在行っている任務との兼ね合いか。
契約上、問題はない。
できる範囲で。
そう伝えたのはこちらだ。
(仕方ない。)
別を探す。
だが。
十代、あるいはそれに近い年齢で、今回の仕事を任せられる人間。
「…………。」
ゲルムは歩きながら、一人の男を思い出した。
(そういえば。)
一介の商人。
だが、プロ資格を持つ男。
以前から、ビヨンドとも取引がある。
ルコ。
二十一歳。
実際の年齢より若く見える。
顔も悪くない。
(……頼んでみるか。)
⸻
「十七歳の貴族令嬢の恋人役?」
「はい。」
「…………。」
ルコが何とも言えない顔をした。
「その状態でパーティーに出て、対象から情報を取ってほしいと。」
「そういう依頼です。」
「…………。」
ルコは自分を指差した。
「俺が?」
「はい。」
「いや。」
即答だった。
「さすがに俺は無理だろ。」
「…………。」
ゲルムは改めてルコを見る。
二十一歳。
見た目も若い。
年齢だけなら、どうにかなると思った。
だが、本人が無理だと言うなら仕方がない。
「……そうですか。」
「あぁ。」
「分かりました。」
ゲルムは僅かに肩を落とす。
「他を探します。」
「あ。」
「?」
「いや、待て。」
ルコが少し考える。
「一人いるぞ。」
「一人?」
「あぁ。」
「今回の仕事ができる人間ですか?」
「たぶんな。」
「年齢は?」
「問題ない。」
「貴族のパーティーですが。」
「それも大丈夫だろ。」
「…………。」
ゲルムがルコを見る。
「随分と信用されているんですね。」
「まぁな。」
「こういった仕事の経験が?」
「さぁ。」
「…………。」
「でも。」
ルコは何でもないことのように言う。
「演技力は半端ないよ。」
「…………。」
「お前ならできるだろ、って聞いてみる。」
「分かりました。」
ルコがそこまで言うのなら。
少なくとも、試す価値はある。
「では、お願いします。」
「あぁ。」
⸻
「レイ。」
「ん?」
「ちょっと仕事頼めるか?」
「どんな?」
「貴族のパーティー。」
「…………。」
レイがルコを見る。
「俺が?」
「あぁ。」
「何するの?」
「十七歳の娘の恋人役。」
「…………。」
「それでパーティーに入って、一人から情報を取ってほしいんだと。」
「…………。」
少し考える。
「いつ?」
「三日後の夜。」
「三日後か……。」
予定を思い出す。
特に、外せない仕事はない。
「いいよ。」
「できそうか?」
「まぁ。」
レイは軽く肩を竦める。
「たぶん大丈夫。」
「そうか。」
ルコも、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、頼む。」
「うん。」
こうして。
ノアが断った最初の任務は。
アルベルト魔導大会優勝者へ。
渡ることになった。




