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LAVeLESS  作者: 神矢
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ビヨンド商会

 ビヨンド商会へ入り、ゲルムは受付へ向かった。


「あ、ゲルムさん。お疲れ様です。」


「あぁ。応接室を使いたい。」


「かしこまりました。」


「…………。」


 ノアは、そのやり取りを黙って見ていた。


 受付の女性は、ゲルムを見るなり当たり前のように名前を呼んだ。


 確認すらしていない。


(……本物だ。)


 もう、疑う余地はなかった。


 本当に、ビヨンド商会の人間。


 そして、そんな人間が。


 自分を調べ、わざわざここまで連れてきた。


(……なんで俺なんだ?)


 それだけは、未だに分からない。


「こちらです。」


「あ、はい。」


 案内され、二人は応接室へ入った。


「では。」


 向かい合って座ると、ゲルムはすぐに本題へ入った。


「先ほどもお伝えしましたが。」


「はい。」


「あなたには、調査隊隊長という。」


 一拍。


「諜報部隊の長を任せたいと考えています。」


「…………。」


 やはり、聞き間違いではなかった。


(なんで?)


 ノアには、それしか浮かばない。


 だが、先ほどゲルムは言っていた。


 自分の特殊な能力。


 才能を買っている、と。


 そして。


 情報調査部で、諜報員として働いてほしい、と。


(…………。)


 少なくとも、何も知らずに声をかけてきたわけではない。


 ゲルムは、自分を調査している。


 実際、自分とあの女性との関係。


 さらには、夫が疑い始めていたことまで、調べ上げていた。


 そんな、本職の人間が自分に才能があると言っている。


(俺に……?)


 今まで、そんなことを考えたこともなかった。


 公爵家では、護衛見習い。


 ハンターとしても、まだ一年目。


 当然、学ぶことばかりだった。


 だが。


(そもそも、分野が違うのか……?)


 護衛と諜報。


 求められるものは違う。


 なら、今まで。


 自分でも気づいていなかっただけで。


 そちらには、多少なりとも、何かあるのかもしれない。


 少なくとも、目の前にいるプロはそう判断した。


(いや……。)


 それでも、分からない。


(なんで、いきなり隊長なんだ……?)


 才能がある、そこまではまだ分かる。


 働いてみないか、それも分かる。


 だが、いきなり部隊の長。


 そこだけは、どう考えても分からなかった。


「あの……。」


「はい。」


「俺は、まだまだ見習いですし。」


「…………。」


「いきなり隊長なんて、難しいです。」


 ゲルムは、黙って聞く。


「なので。」


 ノアは、少し考えながら続ける。


「最初は、もう少し下からがいいのですが……。」


「…………。」


 なるほど。


 ゲルムは、すぐに理解した。


 能力と組織を率いることは別の話。


 いくら実力があろうと、部下を率いる経験まで豊富とは限らない。


 ましてや、外部から来た。


 十代の人間。


 既存の隊員との関係もある。

 

 突然その上に立つのは、やりづらいだろう。


 待遇を良くしようとして、やりすぎたらしい。


「分かりました。」


 ゲルムは頷く。


「では、隊長補佐ということでどうですか?」


「……補佐ですか?」


「えぇ。」


 それでも、十分すぎるほど、大それた役職だ。


 だが、隊長よりは遥かにいい。


「はい。」


 ノアは頷いた。


「それなら。」


「分かりました。」


 ゲルムも頷く。


「では、隊長補佐ということで。」


「はい。」


「次に、条件についてですが。」


 ゲルムは、僅かに姿勢を正した。


「とりあえず、月収二百万からでいかがでしょう。」


「え!?」


「…………。」


 ゲルムの動きが、僅かに止まった。


(しまった。)


 これは違う。


 今までの反応とは、明らかに違う。


 演技ではない。


 本当に、驚いている。


(安かったか……!)


 社長からは月五百万まで、許可を得ている。


 それだけの価値がある人材。


 そう判断している。


 だが、まだ若い。


 年齢だけを見れば。


 十代。


 だからまずは下限から。


 そう考えた。


(失敗したか。)


「あ、あの。」


 ゲルムは、僅かに言葉を選ぶ。


「昇給も、もちろんありますし――。」


 一方。


 ノアの頭にはその言葉など、ほとんど入っていなかった。


(二百万!?)


 月収。


 そう言った。


(年収じゃなくて!?)


 毎月、二百万。


(え?)


 こういう仕事では。普通なのか。


 諜報員。


 それも。


 隊長補佐ともなれば、これくらい貰うものなのか。


(いや、待て。)


 金のことばかり考えるな。


 そもそも。


 もっと大きな問題がある。


 なぜ。


 自分が。


 そんな役職に誘われているのか。


 未だに、よく分かっていない。


 ただ、目の前の男は。


 自分を調べた。


 その上で。


 才能があると。


 そう判断している。


(本当に……何かあるのか?)


 自分では、まだ気づいていない諜報員としての何か。


 それを、本職の人間だからこそ。


 見つけた。


 そういうことなのかもしれない。


(…………。)


 なら。


 ここで。


 二百万と聞いて。


 金に目が眩んでいる場合ではない。


 隊長にまで、誘われた人間が。


 金額を聞いた瞬間、喜ぶ。


(……ダサいな。)


 少なくとも、ノアには。


 そう思えた、多少の謙虚さは必要だ。


 だが、謙虚すぎるのも、今度はおかしい。


 自分はその金額を提示される人間として。


 ここへ呼ばれている。


(よし。)


 これくらい、普通。


 そういう顔をしておこう。


「月二百万……。」


 ノアは、できるだけ平静を装う。


「まぁ、それくらいですよね。」


「え?」


「…………。」


「…………。」


 ゲルムが、僅かに目を見開いた。


「いいんですか?」


「はい。」


 ノアは頷く。


「補佐ですし。」


 一拍。


「まぁ、当然ですよね。」


「…………。」


 ゲルムは、ノアを見る。


(どういうことだ?)


 最初、二百万と伝えた瞬間。


 確かに、驚いた。


 あれは、演技には見えなかった。


 だから、安すぎたのだと思った。


 だが今は、二百万で当然だという。


(補佐だからか?)


 隊長ではなく。


 補佐。


 その役職なら、二百万でも。


 納得できる。


 そういうことなのか。


(いや……。)


 それなら、最初の驚きは何だった。


 役職は、既に補佐へ変更した後だった。


(あれも演技だったのか?)


 それとも、ほんの短い間に。


 何か、方針を変えたのか。


「…………。」


 分からない。


 やはり、簡単には読ませてくれない。


「では。」


 ゲルムは、ひとまず。


 話を進める。


「月収二百万。情報調査部、調査隊隊長補佐として。」


「はい。」


「それと。」


「はい。」


「公爵家での任務についてですが。」


「……え?」


「そちらは、そのまま継続してください。」


「…………。」


 ノアが、また固まった。


「こちらからは、必要な時に依頼を出します。」


「え?」


「現在の任務を優先していただいて構いません。」


「ただし、独占契約なので同業他社との契約は御遠慮下さい。」


 ゲルムにとっては、当然の判断だった。


 ノアが、何のために。


 公爵家へ入り込んでいるのか。


 それは、まだ分からない。


 だが、極秘任務である可能性は高い。


 こちらの都合で、それを中断させるわけにはいかない。


「その上で。」


 ゲルムは続ける。


「できる範囲でお願いします。」


「…………。」


「必要になった経費についても、全額こちらで負担します。」


「…………。」


 ノアは、完全に言葉を失っていた。


(この会社……。)


 本当に何なんだ。


 ハンターになって。


 まだ一年。


 公爵家では、護衛見習い。


 そんな自分を、突然。


 諜報部隊の隊長に誘う。


 断れば、隊長補佐。


 月収、二百万。


 しかも、公爵家を辞めなくていい。


 必要な時だけ、できる範囲で。


 経費まで、全額支給。


(……意味分からない。)


 条件が、良いとか悪いとか。


 それ以前の問題だった。


 なぜ、そこまで自分を評価しているのか。


 本当に分からない。


 ただ、自分を調べた上で声をかけている。


 それだけは、間違いない。


(本当に……。)


 少しくらいは、あるのだろうか。


 自分にも諜報員としての才能が。


 護衛として、仕事をしているだけでは、自分でも気づかなかったものが。


 もちろん、それでも。


 いきなり隊長に誘われた理由だけは、全く分からない。


 だが、今は。


 隊長ではない。


 補佐。


 分からないことがあれば、教えてもらえばいい。


 何より、公爵家を辞めなくていい。


 そこは、ノアにとって大きかった。


 もしビヨンド商会へ移るために、今の仕事を辞めろと言われれば。


 簡単には決められなかった。


 だが、今までどおり公爵家で働ける。


 その上で必要な時だけ、こちらの仕事をする。


(月二百万で……。)


 また、頭に浮かぶ。


(いや、もういい。)


 考えるな。


 それに、ここはビヨンド商会の本社。


 受付も通った。


 応接室も、普通に使っている。


 目の前の男も間違いなく。


 ここの人間。


(こんな大手が。)


 自分一人を相手にわざわざ、こんな大掛かりなことをして。


 騙すとも思えない。


「どうでしょう?」


「…………。」


 ノアは、少し考えてからゲルムを見る。


「……分かりました。」


「では?」


「俺でいいなら。」


 一拍。


「やります。」


「……!」


 ゲルムの目が、僅かに見開かれる。


「本当ですか?」


「はい。」


「ありがとうございます。」


 ゲルムは、静かに頭を下げた。


 ノアも、小さく頭を下げる。


 自分に、何があるのか。


 まだ分からない。


 だが少なくとも、一人のプロが自分を調べ。


 才能があると。


 そう判断してくれた。


 なら、少しくらいはその言葉を信じてみてもいいのかもしれない。


 こうして、ノアは自分でも知らなかった新しい可能性を。


 少しだけ、信じ始めた。


 そして、ビヨンド商会は。


 他社が誰一人として辿り着けなかった。


 魔導大会優勝者との、独占契約を手に入れた。


 ――と。


 確信した。

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