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LAVeLESS  作者: 神矢
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私情を挟まない優秀な男

 ゲルムは。


 情報調査部、部長の部屋を訪れていた。


「例の優勝者についてです。」


「何か分かったか?」


「はい。」


 ゲルムは。


 手にしていた資料を机へ置く。


「ほぼ、確信しています。」


「……聞こう。」


 部長が資料へ手を伸ばした。


「ノア。十代のハンターです。」


「所属は?」


「トーリア公爵家。現在は護衛見習いとして働いています。」


「見習い?」


「はい。ハンターになって一年目。目立った経歴もありません。」


「…………。」


 部長が資料へ目を落とす。


「それだけ聞けば、随分と離れているな。」


「表向きは。」


 ゲルムは。


 これまでの調査を報告していく。


 トーリア家で確認できた。


 唯一の十代のハンター。


 何日監視しても。


 ただの見習いにしか見えなかったこと。


 そして。


 仕事を終えたあと。


 人目を避けるように宿屋へ向かい。


 既婚女性と。


 定期的に密会していたこと。


「既婚女性?」


「はい。」


「不倫ではないのか?」


「その可能性も考えました。」


 だが。


 公爵家に勤める人間。


 普段の真面目な振る舞い。


 そして。


 正体を隠して大会へ出場した優勝者。


 それらを考えれば。


 女性との接触自体が。


 何らかの任務である可能性もある。


「さらに。」


 ゲルムは続ける。


「一度、私から接触しています。」


 部長が顔を上げた。


「本人にか?」


「はい。」


「何を伝えた?」


「女性の夫が、二人の関係を疑い始めていることを。」


「反応は?」


「その場では、ほとんど見せませんでした。」


 だが。


 その直後から。


 明らかに行動が変わった。


 それまで。


 誰も見ていない場所ですら。


 周囲を警戒する様子などなかった。


 それが。


 ゲルムの存在を知った途端。


 尾行を意識するようになった。


 そして。


 女性との密会も。


 完全に途絶えた。


「…………。」


 部長は。


 しばらく何も言わず。


 資料を読み進める。


「なるほど。」


 やがて。


 小さく息を吐いた。


「お前が確信するのも分かる。」


「はい。」


「大会では正体を隠し。普段は実力を見せず。裏では別の行動を取っている。」


「はい。」


「こちらの存在を知らせた途端、警戒の仕方まで変わった。」


「そうです。」


「…………。」


 部長は。


 もう一度。


 ノアの名前を見る。


「ノア、か。」


「私は、ほぼ間違いないと見ています。」


「あぁ。」


 資料を閉じる。


「私も異論はない。」


 そして。


 ゲルムを見る。


「よくやった。」


「ありがとうございます。」


「他はもう、トーリア家までで止まっているんだろう?」


「確認できている限りでは。」


「なら、十分だ。」


 部長は椅子へ深く座る。


「後は。」


 一度。


 机に置かれた資料を見る。


「どう繋がるか、だ。」


「はい。」


「社長にも上げる。」


「分かりました。」


 報告を受けた社長の反応は。


 悪くなかった。


「そこまで分かったか。」


「はい。」


 部長が答える。


「ゲルムは、ほぼ間違いないと見ています。私も同意見です。」


「そうか。」


 社長は。


 満足そうに頷いた。


 魔導大会の優勝者。


 ヒナ・ヴィルガルムを破り。


 その名も。


 素性も。


 ほとんど何も明かさなかった人物。


 大会が終わった直後。


 多くの商会が動いた。


 だが。


 誰も辿り着けなかった。


 今では。


 その多くが調査を打ち切っている。


 その中で。


 ビヨンド商会は。


 一人の人間まで辿り着いた。


「しかも。」


 社長が言う。


「既に一度、本人とも接触しているんだな?」


「はい。」


「有益な情報も渡した。」


「その直後に女性との接触を断っています。本人が把握していなかった可能性は高いかと。」


「なら。」


 社長が笑う。


「多少なりとも、恩は売れたわけだ。」


「そうなります。」


「いいな。」


 他社より。


 遥かに先へ進んでいる。


 正体を探す段階は。


 もう終わった。


 後は。


 どう関係を作るか。


「上手く交渉まで持っていければ、大きいぞ。」


「はい。」


「ゲルムに、そのまま続けさせろ。」


「分かりました。」


⸻


「……まだ浅い。」


 部屋へ戻ったゲルムは。


 そう呟いた。


「浅い、ですか?」


「あぁ。」


 部下が首を傾げる。


「社長は、かなり喜んでいましたけど。」


「それとこれは別だ。」


 確かに。


 恩は売れた。


 夫が疑い始めている。


 それを知らなかったのなら。


 ノアにとって。


 価値のある情報だったことは間違いない。


 だが。


「私がしたのは、失敗しないように手助けしただけだ。」


「失敗?」


「あぁ。」


 ノアが。


 あの女性へ接触していた理由。


 それが何なのか。


 まだ分かっていない。


 何らかの情報を得るためだったのなら。


 ゲルムがしたことは。


 夫に気づかれる前に。


 接触をやめさせただけ。


「それに。」


 ゲルムは夫の資料を手に取る。


「部下にでも、こいつを見張らせていれば。」


 妻の帰りが遅い。


 最近、何かを隠している。


 夫がそう疑い始めていることくらい。


 簡単に気づけたはずだ。


「たまたま、ノアが見落としていた。」


「そこを我々が拾った。」


「あぁ。」


 それだけ。


 もちろん。


 それでも恩にはなる。


 だが。


 ゲルムが欲しいのは。


 もう一歩。


 その先だった。


「この女性を調べる。」


「もう一度ですか?」


「あぁ。」


「夫も?」


「徹底的に。」


「分かりました。」


 ノアが。


 何を求めていたのか。


 それを突き止める。


 もし。


 接触を断ったことで。


 得られなくなった情報があるのなら。


 代わりに。


 こちらが手に入れる。


 それを渡せれば。


 今度こそ。


 大きな恩になる。


 だが。


「……何もないな。」


「はい。」


 数日後。


 ゲルムは。


 集められた資料を前にしていた。


 交友関係。


 仕事。


 過去。


 家族。


 金の流れ。


 夫の交友関係。


 仕事関係。


 周囲の人間。


 調べられるものは。


 一通り調べた。


 何もない。


 本当に。


 何も出てこない。


「裏で誰かと繋がっている様子は?」


「ありません。」


「夫は?」


「こちらも特には。」


「金は?」


「不自然な動きはありません。」


「…………。」


 ゲルムは。


 資料をめくる。


 普通。


 どこから見ても。


 普通の夫婦。


 だからこそ。


 分からない。


「ノアは、この女性から何を得ようとしていた……?」


「分かりません。」


「…………。」


「ただ。」


 部下が言う。


「ノアが先に調べているなら。」


「あぁ。」


「我々では、簡単に見つけられないものなのかもしれませんね。」


「……そうだな。」


 ゲルムも。


 同じことを考えていた。


 自分たちが。


 ようやく辿り着いた人間だ。


 そのノアが。


 何らかの目的を持ち。


 定期的に接触していた女性。


 簡単に見つかるような情報なら。


 既に調べていると考える方が自然だ。


「もう少し見る。」


「はい。」


⸻


 その日。


 二人は。


 改めて女性を追っていた。


 買い物をする。


 店員と話す。


 知人らしい女性と。


 道端で立ち話をする。


 それから。


 別の店へ入り。


 買い物を済ませ。


 家へ向かう。


「…………。」


「…………。」


 何もない。


 本当に。


 普通の女性だった。


 ゲルムは。


 少し離れた場所から。


 歩いていく女性を見る。


「……俺が少しやってみるか。」


「何をです?」


「いや。」


 ゲルムは。


 女性を見たまま。


「あの奥さん……俺ならいける気がする。」


「最低ですね。」


「…………。」


 ゲルムは。


 部下を見る。


「いや、待て。」


「なんです?」


「直接接触すれば、ノアとの関係を探れる可能性はある。」


「まぁ……それはそうですが。」


「なら、やる価値はある。」


「今、考えましたよね?」


「調査だ。」


「…………。」


「調査だ。」


「でも。」


 部下は。


 女性が帰っていった方向を見る。


「旦那さん、奥さんのこと疑ってるんですよね?」


「あぁ。」


「ノアさんも、それで引いた可能性が高い。」


「あぁ。」


「そこに我々がまた行くのは、厳しくないですか?」


「…………。」


 ゲルムは。


 少し悲しそうに。


 女性が消えた道を見る。


「その通りだ……。」


 ゲルムは私情を挟まない。


 任務を冷静に遂行する。


 優秀な諜報員。


 ゲルム。


 本名――


 スキーダ・ヒトーヅマーガ。


 今日も彼は。


 真剣に。


 優勝者を追う。

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