最強のハンター発見
トーリア家の調査を始めて。
それほど時間はかからなかった。
「隊長。」
「あぁ。」
「一人、該当する者がいます。」
ゲルムは手元の資料から顔を上げた。
「話せ。」
「ノア。十代のハンターです。」
「十代……。」
「はい。現在、トーリア公爵家に所属しています。」
ゲルムの目が細くなる。
「立場は?」
「見習いです。」
「見習い?」
「ハンターになって一年目。それ以前にも、特に目立った経歴はありません。」
「…………」
ゲルムは差し出された資料を受け取った。
ノア。
十代。
ハンター歴、一年。
現在はウォーレン・トーリア公爵家に仕え。
護衛見習いとして働いている。
それだけ。
少なくとも、資料の上では。
ヒナ・ヴィルガルムを破った人間とは、到底思えない。
「他には?」
「現在、確認できている十代のハンターは彼だけです。」
「そうか。」
ゲルムは資料へ目を落とした。
大会優勝者が、トーリア家の人間であるとは、まだ決まっていない。
だが、その可能性は高い。
そして、実際にトーリア家には、十代のハンターがいた。
「……見習いか。」
「違うと思いますか?」
「いや。」
ゲルムは首を横に振った。
「判断するには早い。」
正体を隠し、大会へ出場した人間だ。
その理由は分からない。
だが、あれだけの実力を持ちながら、自らの名前すら公表しなかった。
ならば、普段から実力を隠している可能性も、十分にある。
「現状では?」
「最有力です。」
「私もそう思う。」
資料を閉じる。
「私が尾行しよう。」
「隊長自らですか?」
「あぁ。」
ゲルムは立ち上がった。
「本当に優勝者なら、下手な者をつけるべきではない。」
「分かりました。」
「まずは普段の行動を見る。」
「はい。」
そうして。
翌日。
ゲルムは朝からノアを監視していた。
ノアが起きる。
寮を出る。
公爵家へ向かう。
仕事を始める。
先輩の指示を聞き。
言われた仕事をこなし。
空いた時間には訓練をする。
昼になれば食事を取り。
午後になれば。
また仕事へ戻る。
「…………」
何もない。
あまりにも。
何もない。
見習い。
その言葉どおりだった。
仕事を任されれば動く。
分からないことがあれば聞く。
先輩に注意されれば素直に直す。
特別、優れているようには見えない。
だからといって。
使えない人間にも見えない。
普通。
どこにでもいる。
まだ経験の浅い、若いハンター。
少なくとも、そう見える。
(……違うか?)
ゲルムは距離を保ちながら。
ノアの様子を観察していた。
可能性はある。
それだけで追っている。
見習いとして働いていること自体は。
何の証拠にもならない。
逆に。
疑う理由にもならない。
今のところ、ただの若いハンターだ。
やがて、一日の仕事が終わった。
ノアが公爵家を出る。
(寮へ戻るか)
ゲルムも動く。
一定の距離を空け。
後を追う。
だが。
「……?」
道が違う。
寮へ向かっていない。
寄り道か。
そう思いながら、さらに追う。
大通りを抜け、少し人通りの減った道へ、ノアは歩いていく。
そして。
一軒の建物へ入った。
(宿屋……?)
ゲルムが足を止める。
トーリア家には寮がある。
実際、今朝もそこから出てきた。
わざわざ宿を取る必要はない。
ゲルムは建物を見上げた。
(誰かと会うのか?)
少し離れた場所で、待つ。
十分。
三十分。
一時間。
ノアは出てこない。
そして、二時間ほどが過ぎた頃。
ようやく、宿屋からノアが出てきた。
「…………」
一人。
そのまま、何事もなかったように歩いていく。
ゲルムは追わなかった。
宿屋を見る。
まだ、何かある。
そう感じた。
それから、しばらくして。
一人の女性が出てきた。
「……!」
二十代後半くらいの女性。
ノアとは別々に、時間を空けて。
同じ宿屋から出てきた。
ゲルムは、その顔を覚える。
そして、すぐに動いた。
「調べろ。」
「この女性をですか?」
「あぁ。」
戻ったゲルムは、部下へ特徴を伝えた。
「ノアと同じ宿屋にいた。」
「一緒に入ったんですか?」
「そこまでは確認していない。」
「では、偶然という可能性も。」
「ある。」
ゲルムは即答した。
「だから調べる。」
「分かりました。」
「接触はするな。身元だけでいい。」
「はい。」
しばらくして、報告が上がった。
「分かりました。」
「早いな。」
「近くに住んでいる女性でしたので。」
部下が資料を置く。
「名前はこちらです。年齢、職業については――」
ゲルムが目を通す。
特別なものはない。
どこにでもいる、普通の女性。
「それと。」
「なんだ。」
「結婚しています。」
ゲルムの視線が止まった。
「……既婚者?」
「はい。」
「夫は?」
「こちらです。」
別の資料が置かれる。
ゲルムは、しばらく何も言わなかった。
十代。
トーリア公爵家に仕えるハンター。
見習い。
目立った経歴はない。
その男が、仕事を終えたあと。
寮へは戻らず、宿屋へ向かった。
二時間。
その後。
時間をずらして出てきた女性。
既婚者。
「…………」
偶然。
その可能性はある。
同じ宿屋を利用していただけ。
それだけかもしれない。
だが。
「明日も見る。」
「ノアをですか?」
「あぁ。」
ゲルムは資料を閉じた。
「優先順位を上げる。」
「優勝者だと?」
「まだ分からん。」
だが、初めに見た。
ただの見習い。
その印象だけで、この男を候補から外すことは。
もう、できなかった。
⸻
翌日。
ノアは、昨日と変わらず。
普通に働いていた。
朝から先輩について回り。
仕事を覚え。
訓練をする。
昼には、他の使用人たちと同じように食事を取る。
午後も、特に変わったことはない。
(……徹底している。)
ゲルムは遠くから眺めていた。
本当に、何もない。
昨日の宿屋さえなければ。
既に監視を打ち切っていても、おかしくなかった。
だが、あれがある。
そして、今日。
ノアは宿屋へ向かわなかった。
仕事を終えると、そのまま寮へ戻った。
(毎日ではないのか。)
翌日も、何もない。
さらに翌日、何もない。
ただの見習いとして、普通に働いている。
だが、数日後。
ノアが再び、寮とは違う方向へ歩き始めた。
「…………。」
同じ道。
同じ宿屋。
ゲルムは物陰から。
ノアが中へ入っていく姿を見送った。
(やはり。)
待つ。
そして。
今度は、見た。
少し遅れて。
あの女性が宿屋へ入っていく。
「……!」
間違いない。
偶然ではない。
二人は。
意図的に、この場所で会っている。
ゲルムは動かなかった。
そのまま待つ。
約二時間。
先に、ノアが出てきた。
周囲を確認する様子もなく。
普通に歩いていく。
さらに時間を空け。
女性が出てきた。
別方向へ、帰っていく。
「…………。」
ゲルムは、その背中を見つめた。
トーリア家。
十代のハンター。
表向きは見習い。
その男が、人目を避けるように。
既婚女性と、宿屋で密会している。
初めは。
ただの可能性だった。
トーリア家に所属している。
十代のハンター。
だから、最有力候補として調べただけだった。
だが、もう違う。
(こいつだ。)
ゲルムの目が細くなる。
少なくとも、ただの見習いではない。
そう、確信していた。




