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LAVeLESS  作者: 神矢
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魔女の口づけとアイリスの才能

 一週間後。


 何でも屋の一階には。


 再び、数人の人間が集まっていた。


 レイ。


 アイリス。


 マリーとウォーレン。


 そして。


 ルコとヒナ。


「いやー。」


 ルコは落ち着かない様子で、何度も座り直していた。


「なんつーか。」


「俺がここにいていいのかって感じはするけどな……。」


 アイリスが、隣にいるルコを見る。


「私を攫った本人が。」


「奴隷の証が消えるところを見に来るんだ。」


「いや。」


 ルコは顔を引きつらせた。


「その節は。」


「本当に申し訳ございませんでした……。」


「許してる。」


「本当か?」


「たぶん。」


「たぶん!?」


「許してるけど。」


 アイリスは、無表情のまま続ける。


「忘れてはいない。」


「一生言われるわね。」


 ヒナが、腕を組みながら笑った。


「お前は黙っ……」


「事実でしょ。」


「う……すみません。」


「つーか、軍の仕事はどうしたんだ?」


「休んできた。」


「こんな晴れ舞台を見ないで、どうするのよ。」


 ヒナは、さも当然のように言う。


「アイリスが奴隷から解放される日よ?」


「仕事をしてる場合じゃないでしょ。」


「軍人として、それでいいのか?」


「ちゃんと休暇を取ったわよ。」


「誰にも文句は言わせない。」


「お前、意外と情に厚いんだな。」


「意外は余計。」


 二人のやり取りを聞きながら。


 アイリスは、ほんの少し笑っていた。


 テーブルの上には。


 大会優勝賞品。


 魔女の口づけが置かれている。


 希少な植物を素材として作られた。


 一度限りの魔導具。


 傷跡。


 身体へ残った印。


 そして。


 呪印として刻まれた証を、消し去る力を持つ。


「公には。」


 ウォーレンが、静かに口を開く。


「私がこれを入手し。」


「アイリスちゃんへ使ったことにする。」


「だが。」


「実際に使うのは。」


 レイを見る。


「君がいいだろう。」


「…………。」


 レイも、ウォーレンに向き直る。


「これを手に入れたのは、君だ。」


「そして。」


「この子の家族も、君だろう。」


「……ありがとうございます。」


 レイは、静かに頭を下げた。


 そして。


 魔女の口づけを、手に取る。


「アイリス。」


「準備はいいか?」


「うん。」


 アイリスは椅子へ座り。


 額へかかっていた髪を、自分の手で持ち上げた。


 額の中央。


 黒く刻まれた、奴隷の証。


 この印によって。


 アイリスは奴隷として縛られていた。


 命令への抵抗を奪われ。


 魔力を練ることはできても。


 自分の身体の外へ、元素魔法を放つことはできなかった。


「少し。」


 レイの手が震えている。


「緊張してる?」


 アイリスが尋ねる。


「そりゃするだろ。」


「一回しか使えねぇんだから。」


「失敗しないでよ……。」


 ヒナが呟く。


「分かってるよ。」


「レイなら大丈夫。」


「…………。」


 その一言で。


 レイの震えが、少しだけ収まった。


「じゃあ。」


「やるぞ。」


「うん。」


 レイは。


 魔女の口づけを、アイリスの額へ近づける。


 淡い光が。


 奴隷の証を包み込んだ。


「…………。」


 アイリスは目を閉じる。


 痛みはない。


 温かなものが。


 額から身体の奥へ、ゆっくりと広がっていく。


 奴隷の証から。


 幾重にも伸びていた魔力の拘束。


 身体の奥深くへ食い込み。


 魔力の放出を塞いでいた術式が。


 一つずつ。


 静かに解けていく。


 やがて。


 魔女の口づけは、光の粒となって消えた。


 同時に。


 アイリスの額に刻まれていた黒い印が。


 薄くなり。


 少しずつ。


 消えていく。


「…………。」


 誰も。


 何も言わなかった。


 最後の一片まで。


 完全に消える。


 レイは。


 しばらく、アイリスの額を見つめていた。


 そして。


 優しく笑う。


「消えたぞ。」


「…………。」


 アイリスが。


 恐る恐る、額へ触れる。


 指先に。


 あの印の感触はない。


「本当に……?」


「ああ。」


「綺麗に消えてる。」


 マリーは。


 すでに泣いていた。


「アイリスちゃあん……。」


 ヒナも。


 腕を組んだまま、顔を横へ向けている。


「ヒナ。」


 レイが見る。


「泣いてんのか?」


「泣いてない!」


「目、赤いぞ。」


「うるさい!」


「殴るわよ!」


「晴れ舞台で俺を殴るなよ!」


 ルコは何も言わず。


 少しだけ俯いていた。


 アイリスは。


 そんな皆を見回す。


 そして。


 最後に、レイを見る。


「レイ。」


「ん?」


「ありがとう。」


「ああ。」


 レイは。


 昔からそうしてきたように。


 アイリスの頭へ手を置き、軽く撫でる。


「これで。」


「本当に自由だな。」


「うん。」


 アイリスは。


 その手を払わなかった。


「でも。」


 レイの服の裾を、少しだけ掴む。


「これからも。」


「ここにいるから。」


「知ってるよ。」


「俺も。」


「追い出すつもりなんかねぇよ。」


「家族だろ。」


「うん。」


 アイリスは。


 今度こそ。


 心の底から笑った。



「魔法。」


 レイが言った。


「試してみるか?」


「……魔法。」


「奴隷の証が消えたんだ。」


「魔法封じも、解除されてるはずだ。」


 アイリスは、自分の手を見る。


 魔力を練ることは。


 奴隷だった時もできた。


 けれど。


 どれだけ魔力を集めても。


 身体の外へ放とうとした瞬間、奴隷の証に阻まれた。


 元素魔法を使うことはできなかった。


「外に行こう。」


 レイが立ち上がる。


「家の中で試すのは危ねぇからな。」


「何を試せばいい?」


「最初は軽いので頼むぞ。」


「アイスワールド?」


「軽くねぇよ!」


 レイが即座に突っ込んだ。


「何で初手から一級魔法なんだよ!」


「使えるか、確認した方がいい。」


「周辺一帯を凍らせるな!」


「家族そろって、加減ってものを知らねぇのか?」


 ルコが呆れたように言う。


「お前が言うな。」


 レイとヒナの声が重なった。


「ごめんなさい。」


 ルコは本気で落ち込む。


「冗談だ、お前にも見ててほしい。」


 レイは笑ってルコを誘う。


 一同は。


 中級区の外れにある、開けた場所へ移動した。


 周囲に人はいない。


 ヒナが安全を確認し。


 ルコが、少し離れた場所へ簡単な的を立てる。


「これでいいか?」


「うん。」


 アイリスは。


 的へ向かって、右手を伸ばした。


 レイが。


 すぐ隣へ立つ。


「無理すんなよ。」


「久しぶりなんだから。」


「レイにだけは言われたくない。」


「何でだよ。」


「大会で魔力を使い切ったのに。」


「そのままヒナのお父様と殴り合った。」


「…………。」


「無理するなって。」


「言われたくない。」


「はい……。」


 ヒナが笑う。


「完全に妹に負けてるじゃない。」


「うるせぇな。」


 アイリスは。


 ゆっくりと息を吸う。


 体内で。


 魔力を練る。


 水の属性へ変わった魔力が。


 腕を通り。


 掌へ集まっていく。


 以前なら。


 ここから先へは進めなかった。


 身体の表面で。


 見えない壁に塞がれ。


 魔力は霧散していた。


 けれど。


 今は。


 何もない。


 魔力が。


 指先を越えた。


「……出た。」


 アイリスの掌の前に。


 透き通った水が集まっていく。


 空中で回転し。


 少しずつ。


 一本の矢の形へ変わる。


 水系譜魔法。


「ウォーターアロー。」


 アイリスが。


 静かに、その名を口にした。


 次の瞬間。


 水の矢が。


 真っ直ぐに放たれた。


 空気を切り裂き。


 離れた場所に置かれた的へ突き刺さる。


 重い音とともに。


 木製の的が、中央から砕け散った。


 水飛沫が。


 光を反射しながら、空へ舞う。


「…………。」


 アイリスは。


 伸ばした自分の手を見つめていた。


「使えた……。」


「ああ。」


 レイが笑う。


「ちゃんと使えてる。」


「私。」


「魔法が……。」


 アイリスの目から。


 再び涙が溢れた。


「使えた……!」


 レイは。


 何も言わず。


 アイリスの頭を、少し乱暴に撫でた。


「よかったな。」


「髪、ぐちゃぐちゃになる。」


「いいだろ、今日くらい。」


「よくない。」


 そう言いながらも。


 アイリスは、レイの手を振り払わなかった。


「すごいよ、アイリスちゃん!」


 マリーが駆け寄る。


「水の矢、すっごく綺麗だった!」


「マリー。」


「今度、私が魔法教えてあげる。」


「本当に!?」


「うん。」


「やったー!」


「教える方が怪我させそうで怖ぇな。」


 ルコが小さく呟く。


「聞こえてる。」


「すみません。」


「それにしても。」


 ヒナは、砕けた的を見る。


「封印されていた直後で、これだけの威力なのね。」


「やっぱり、アイリスは才能あるわ。」


「うん。」


 レイは。


 どこか誇らしそうに頷いた。


「俺の妹だからな。」


「それ、関係ある?」


 アイリスが冷静に聞く。


「ある。」


「血、繋がってない。」


「気持ちの問題だ。」


「適当。」


「今日はもう少し、兄を立ててくれてもよくない?」


「レイはレイだから。」


「どういう意味だよ。」


 皆が笑った。


 アイリスも。


 笑っていた。


 助けなければ。


 奴隷の主人から、引き離さなければ。


 そう意気込んで。


 この家へ乗り込んだはずだった。


 けれど。


 マリーが見つけたものは。


 悪い主人に囚われた、可哀想な奴隷ではなかった。


 不器用だけれど。


 誰よりも妹を大切に思っている兄と。


 奴隷という立場に自分を縛りながらも。


 その兄を、心から信じている少女。


 そして。


 その二人を大切に思う。


 少し変わった人たちだった。


 奴隷の証は消えた。


 魔法を封じていた鎖も。


 もう存在しない。


 アイリスは。


 自由になった。


 けれど。


 自由になったからといって。


 大切な家族のもとを離れる必要はない。


 自分の意思で。


 ここにいると決めたのだから。


 マリーは。


 隣に立つ親友の手を握った。


 アイリスも。


 その手を、握り返す。


 ほんの少し前まで。


 人生で初めてできた友達を救うための、決戦になると思っていた。


 まさか。


 その友達が家族と笑い合い。


 初めて自由に魔法を放つ瞬間まで、見届けることになるなんて。


 人生。


 本当に。


 何があるか分からない。

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