毎年恒例の大会後
アルベルト魔導大会は、幕を閉じた。
各国から選び抜かれた十代の代表。
王侯貴族。
商人。
ハンター。
そして、王都を埋め尽くすほどの観客。
彼らが見守る中。
今年の大会は、一人の謎の青年の優勝によって終わった。
名前は分からない。
素性も分からない。
分かっているのは、グランフェルナ王国で行われた百人の予選を勝ち抜いたこと。
そして。
帝国が送り込んだ、風の勇者。
プロハンター。
そして。
シルバーナイトの称号を持つ男を破り。
決勝では、ヒナ・ヴィルガルムを破った。
さらに大会終了後。
エキシビションとして行われた戦いでは。
王国最強と呼ばれる。
セルバ・ヴィルガルムと壮絶な戦い。
互いに武器も魔法も使わない。
ただの殴り合いを続け。
時間切れ。
引き分け。
当然。
大会が終わると同時に。
多くの者が動き出した。
「駄目です。」
「金額は?」
「そこまで話が進んでいません。本人への取り次ぎそのものを断られました。」
「……なら別の者を当たれ。運営と繋がりのある商会があるだろう。」
「既に動いています。」
「他の商会は?」
「ほとんどが、様々な手段で接触を試みているようです。」
「ですが。」
「ルコ商会だけは、最初から何もしていません。」
「……ルコ商会が?」
「はい。」
「問い合わせたところ。」
「調査コストが高く、既に多くの商会が動いているため。」
「競争率を考えて、今回は見送るとのことです。」
「……なるほど。」
「判断が早い。」
「優秀だな。」
商人たちが動く。
狙いは、優勝賞品。
魔女の口づけ。
世界中を探しても、年間に二つ、三つ。
それも、いつ市場へ出てくるか分からない。
金があるからといって、買えるものではない。
そんな品を。
確実に一つ、手に入れた者がいる。
売る気があるのか。
いくらなら売るのか。
まずは、それを聞かなければ始まらない。
だが。
聞くことすら、できなかった。
「公爵家の名を出しても、ですか?」
「はい。」
「本人が拒否していると?」
「そのようです。」
「……分かりました。無理に動く必要はありません。他を当たりましょう。」
貴族たちも動いた。
魔女の口づけを求める者。
優勝者本人に興味を持つ者。
あれほどの実力を持つ十代と、今のうちに繋がりを作っておきたい者。
目的は、それぞれ違う。
だが。
結果は、同じだった。
誰も。
優勝者本人には辿り着けなかった。
そして。
彼らとは、まったく違う目的で動く者たちもいた。
「身元は?」
「依然、不明です。」
「本当にグランフェルナの人間なのか?」
「大会上はそうなっています。」
「大会上は、か。」
「はい。」
王都にある、一室。
大会を見届けた男が、机の上に置かれた資料へ目を落とす。
「予選から出てきた以上、グランフェルナ在住として扱われるのは当然だ。」
「そんなことを聞いているんじゃない。」
「承知しています。」
「何も出ないのか?」
「はい。プロ権限によって情報そのものが秘匿されています。」
「……プロ本人か?」
「それも不明です。本人、あるいはその管理下にある者。現状では、そこまでしか。」
「そうか。」
男は椅子へ深く腰掛けた。
「調査を続けろ。」
「承知しました。」
各国から王都へ送り込まれていた者たち。
彼らにとって。
大会とは、ただ若者たちが強さを競い合うだけの催しではない。
七つの国。
七人の代表。
そこへ開催国の予選を勝ち抜いた一人を加えた、八人。
その戦いは。
各国が、次の世代にどれほどの戦力を抱えているのか。
それを知るための場所でもあった。
ヒナ・ヴィルガルム。
彼女について、今さら調べる必要はない。
強さも。
家柄も。
父親も。
既に、各国が知っている。
帝国の風の勇者も同じ。
だが。
今年。
そこへ突然。
誰も知らない一人が現れた。
だから調べる。
当然のことだった。
そして。
その中には、国とは違う目的で動く一人の男もいた。
「申し訳ありません。」
「……本人が、そう言っているのですか?」
「はい。」
大会運営の受付。
男は、目の前の女性を見ながら。
静かに息を吐いた。
「一度、お話をするだけでも構いません。」
「それも含めて、お断りしています。」
「金額の提示も?」
「はい。」
「そうですか。」
男は少し考え。
「では、運営責任者の方へ取り次いでいただくことはできますか?」
「責任者、ですか?」
「ええ。」
男は懐から一枚の書類を取り出した。
「ビヨンド商会、情報調査部のゲルムと申します。」
国内有数の大手商会。
ビヨンド商会。
扱う商品は多岐にわたるが。
中でも、ギルドに関連する商品の卸を多く手掛けている。
大会運営にも、ギルドは外部から協力している。
その関係から。
ビヨンド商会には、運営責任者へ話を通せるだけの繋がりがあった。
「もちろん、無償でお願いするつもりはありません。」
ゲルムは続ける。
「本人との交渉の場を設けていただけた場合には、正式に仲介料をお支払いします。」
「……少々、お待ちください。」
「ありがとうございます。」
受付の女性が席を立つ。
ゲルムは、その背中を見送った。
しばらくして。
別の男がやってきた。
「ゲルムさん。」
「お久しぶりです。」
「こちらへ。」
「ありがとうございます。」
通されたのは。
先ほどまでとは違う、個室だった。
向かい合って座る。
「話は聞きました。」
「でしたら――」
「申し訳ありません。」
言葉を続けるより先に。
断られた。
ゲルムは黙る。
「……理由を、お聞きしても?」
「本人が望んでいません。」
「交渉そのものを?」
「はい。」
「魔女の口づけについても?」
「それも含めてです。」
「…………」
ゲルムは少しだけ目を細めた。
「私ども以外とも?」
「そこは、お答えできません。」
「そうですか。」
なら。
質問を変える。
「本人について、何か教えていただくことは?」
「できません。」
「所属だけでも?」
「できません。」
「プロ本人かどうかも?」
「同じです。」
「……徹底していますね。」
「プロに認められた権利ですから。」
運営責任者は、淡々と答える。
「我々が、それを破ることはありません。」
「なるほど。」
ここまで来て。
ようやくゲルムは、小さく笑った。
「分かりました。」
立ち上がる。
「無理を言って申し訳ありませんでした。」
「いえ。」
「お時間をいただき、ありがとうございます。」
頭を下げ。
部屋を出る。
結局。
何一つ、手に入らなかった。
だが。
それは、ゲルムだけではなかった。
商人も。
貴族も。
他の大手商会も。
そして。
各国から送り込まれていた者たちでさえ。
同じだった。
正体不明の優勝者は。
大会が終わったあとも。
正体不明のままだった。




