初めての友達
「ところで。」
二人を微笑ましく見守っていたレイが、再びウォーレンへ声をかける。
「ウォーレン様。」
「先ほどのお願いですが。」
「やはり、取りやめさせてください。」
「取りやめる?」
ウォーレンが首を傾げる。
「代わりに。」
「別のお願いがあります。」
「ウォーレン様になら、頼みたいことです。」
「もちろんだ。」
ウォーレンは、迷うことなく頷く。
「君の頼みなら、可能な限り聞こう。」
「実は。」
レイは一度、アイリスを見た。
「魔女の口づけを。」
「手に入れられることになりました。」
「なっ……!」
ウォーレンが目を見開く。
「それは本当かね?」
「私も実物を見たことはないが。」
「金があっても、なかなか手に入るものではないと聞いている。」
「君の若さで、それを手にするとは……。」
ウォーレンは感心したように息を吐いた。
「といっても。」
「正式な受け取りは、来週になります。」
マリーは。
初めて聞く名前に首を傾げた。
「魔女の口づけって、何?」
「それは……。」
ウォーレンは答えかけたが。
レイとアイリスを見て、口を閉じた。
「レイくんから説明してもらう方がいいだろう。」
(いつの間にか、レイさんからレイくんになってる……。)
マリーは少しだけ気になったが。
すぐに、レイへ視線を向けた。
アイリスも。
静かにレイを見つめている。
「アイリス。」
「聞いてくれ。」
「ずっと、探していた魔導具があったんだ。」
「それが。」
「魔女の口づけ。」
「それ、あの大会の優勝賞品だよね。」
アイリスの言葉に。
レイは目を瞬かせた。
「え?」
「知ってたのか?」
「ヒナからチケットをもらった。」
「絶対に来てって、言われた。」
「でも。」
アイリスは、わずかに目を細める。
「レイは仕事だって言うから。」
「一人で行った。」
「…………。」
レイは、少しだけ視線を逸らした。
「じゃあ。」
「俺が優勝したことも知ってるのか?」
「うん。」
「金色の髪でも。」
「レイはレイだった。」
「仕事が、大会に出る事だとは思わなかったけど。」
「…………。」
レイは何とも言えない顔をした。
けれど。
すぐに表情を戻す。
「とにかく、ずっとそれを手に入れたかったんだ。」
「ただ。」
「お前は、それが何をするものなのかは知らないよな。」
「うん。」
「これには。」
レイは、アイリスの額を見つめる。
「身体に残った傷跡や。」
「呪印として刻まれた証を、消す力がある。」
「……証を?」
「ああ。」
レイは、ゆっくりと頷く。
「お前の額にある。」
「奴隷の証も消せる。」
「…………。」
「証が消えれば。」
レイは、アイリスへ真っ直ぐに告げた。
「お前は。」
「もう奴隷じゃなくなる。」
「…………。」
アイリスは。
最初、何を言われたのか理解できていなかった。
瞬きもせず。
ただ、レイの顔を見つめている。
けれど。
少しずつ。
その言葉の意味が、心へ届いていく。
「私が……。」
額へ手を伸ばす。
「奴隷じゃ、なくなる……?」
「ああ。」
アイリスの目から。
静かに、涙が零れた。
「レイ……。」
もう一度。
「レイ……!」
立ち上がり。
レイへ抱きつく。
「おっと……。」
レイは驚きながらも。
すぐに、アイリスの身体を受け止めた。
「うっ……。」
「レイ……。」
「私のために。」
「今まで、ありがとう……。」
「…………。」
「私。」
「奴隷じゃなくなっても。」
アイリスは、レイの服を強く握る。
「これからも、レイと一緒にいたい。」
「これからも。」
「私のそばにいて……。」
「…………。」
レイの目も。
わずかに潤んでいた。
「ああ。」
アイリスの背中へ、優しく腕を回す。
「今までも。」
「これからも。」
「アイリスは、俺の大事な妹だ。」
「これからも。」
「家族として、よろしくな。」
「……うん。」
マリーの涙が。
再び、止まらなくなった。
(尊い……。)
アイリスを救うための決戦だと意気込み。
乗り込んできた家で。
まさか。
こんな家族の場面へ立ち会うことになるとは思わなかった。
隣を見る。
父も。
目元を手で拭っていた。
(えっ!?)
(父上が泣いてる!?)
(あの父上が!?)
その事実に気づいた途端。
マリーの中で、どうにか堪えていたものが、再び溢れ出した。
「アイリスちゃああん!」
マリーは、レイへ抱きついているアイリスへ、さらに横から抱きついた。
「よかったねぇぇ……!」
「マリー……。」
三人で抱き合う妙な形になり。
アイリスは驚きながらも。
涙を流したまま、少し笑った。
⸻
それから。
十分ほどが経った。
どうにか落ち着いた一同は。
改めて向かい合って座っていた。
「……すみません。」
レイが、少し気まずそうに頭を下げる。
「話すタイミングが、この場になってしまって。」
「ですが。」
「ずっとアイリスが奴隷であることを心配してくれていた、マリーさんにも。」
「きちんと伝えておきたかったんです。」
「いや。」
ウォーレンは首を横へ振る。
「いいんだ。」
「君とは。」
「長い付き合いになりそうだからな。」
そして。
何かを思いついたように、手を叩いた。
「そうだ。」
「年齢も、それほど離れていない。」
「よければ、うちの娘を嫁にどうだ?」
「ええええええええ!?」
マリーは思わず、大声を上げた。
(レイさんのお嫁さん!?)
(こんな素敵な人の!?)
(無理!)
(いや、無理じゃない!)
(どうしよう!?)
混乱するマリーをよそに。
レイは即座に頭を下げた。
「いえ。」
「恐れ多いです。」
「私は、しがない庶民ですから。」
「あら、そうか。」
ウォーレンは少し残念そうに笑った。
マリーは。
安心したような。
少し悲しいような。
自分でもよく分からない気持ちになった。
「それで。」
レイは話を戻す。
「魔女の口づけについてですが。」
「私は一応、プロハンターです。」
「ですが。」
「プロハンターであれば、簡単に手に入れられるという品ではありません。」
「それに。」
「先ほども、アイリスが話したとおり。」
「私は大会へ、正体を隠して出場しました。」
「その話が広がれば。」
「いろいろと面倒なことになります。」
レイは、真剣な顔で続ける。
「そこで。」
「魔女の口づけは、マリーさんの友人である、アイリスを奴隷から解放するために。」
「ウォーレン様が入手し。」
「使ってくださった。」
「そのように、話を合わせていただきたいんです。」
「なるほど。」
ウォーレンは顎へ手を当てる。
「トーリア家が。」
「娘の大事な友人のために、大会に十代のハンターを参加させた、ということにするのか。」
「はい。」
「ウォーレン様にとっても。」
「慈善事業に力を入れているという評価に繋がると思います。」
ウォーレンは深く頷きながら。
「貴族なら確かに奴隷になってしまった自分の娘に使うこともある。」
「それを友人を助けるために手に入れたかった、というのも不自然ではない。」
「私は、それでも構わないが。」
ウォーレンはレイを見る。
「本当にいいのか?」
「君が大会優勝者だと公表すれば。」
「知名度も上がり、仕事も増えるだろう。」
「それが困るんです。」
レイは、即答した。
「……困る?」
「はい。」
「今でも。」
「近所の方々から持ち込まれる依頼や。」
「アイリスが持ってくる依頼だけで、かなり手一杯です。」
「これ以上仕事が増えると。」
「近所の方々の依頼を、疎かにしてしまいます。」
「学園の講師を臨時にしているのも、同じ理由です。」
(なんて立派な人なの……。)
マリーは感動していた。
類い稀なる美貌と。
あの大会で優勝できるほどの強さを持ちながら。
それに驕らず。
名声や金よりも。
自分を頼ってくれる、身近な人たちを優先する。
心まで。
とても清らかな人なのだ。
「……仕事増やしたくないだけ。」
隣で。
アイリスが、冷めた目をしていた。
「おい。」
「依頼書をなくす。」
「…………。」
「報酬を受け取らずに帰ってくる。」
「お前、さっきまで泣いてたよな?」
「それは、それ。」
マリーには。
二人が何を話しているのか、よく分からなかった。
(多分、お仕事が大変なんだろう……。)
けれど。
ウォーレンは楽しそうに笑っている。
「分かった。」
「そのように、話を合わせよう。」
「ありがとうございます。」
「ただ。」
ウォーレンは苦笑する。
「これでは。」
「アイリスちゃんを遊びへ派遣してもらう依頼は、必要なくなるな。」
「先ほど取りやめると言ったのは、そういうことか。」
「はい。」
レイも笑う。
「これからは。」
「保護者同士として。」
「ぜひ、意見交換をしていきたいと思っています。」
「ご迷惑でなければ。」
「迷惑なものか。」
「こちらこそ、よろしく頼む。」
王国でも名の知れた厳格な貴族である父が。
自分と大して年齢の変わらない青年へ、ここまで気を許して話している。
こんなことになるとは。
マリーは思ってもいなかった。
けれど。
アイリスと。
本当の友達になれた。
これからの学園生活が。
楽しみで仕方なかった。
マリーは、隣にいるアイリスを見る。
アイリスも。
マリーを見ていた。
そして。
笑った。
鳥たちと遊んでいる時と同じ。
穏やかで。
柔らかい笑顔。
「アイリスちゃんを。」
「絶対に裏切るんじゃないぞ。」
父の言葉を。
マリーは、もう一度強く噛み締めた。
そして。
これから親友になる少女へ、手を差し出す。
アイリスも。
少し照れながら、その手を握った。




