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LAVeLESS  作者: 神矢
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9/90

眠らない街 地下街ラクエン

 夕暮れを過ぎた頃。


 レイは一人、地下街ラクエンへ続く階段を下りていた。


 地上の喧騒が遠ざかるにつれ、代わりに酒と煙草、それから焼いた肉の匂いが鼻をつく。


 階段を抜けると、そこには昼とはまるで違う世界が広がっていた。


 赤や紫の魔導灯。


 通りを埋める人の波。


 酒場。


 賭場。


 闘技場。


 露店。


 どこからともなく響く笑い声と怒号。


 ラクエンの夜は、これからが本番だった。


「相変わらずうるせぇな。」


 そう呟きながらも、レイの足取りに迷いはない。


 何度も通った道を抜け、さらに奥へ。


 やがて周囲の雰囲気が少しずつ変わっていく。


 店構えは派手になり。


 客の服装も上等なものが増え。


 通りには香水と酒の匂いが混じり始める。


 地下花街 《ムラサキ》


 ラクエンの中でも、特に格式の高い店が集まる一角だった。


 その入口付近まで来たところで、壁にもたれながら待っている男の姿が見えた。


 整った顔立ち。


 軽く整えられた髪。


 どこか遊び人めいた雰囲気を纏った男。


 レイが片手を上げる。


「よう。」


 男も気付き、にやりと笑った。


「遅ぇぞ。」


「時間ちょうどだろ。」


「俺が先に来た。」


「知らん。」


「普通、待たせた方が奢るんだけどな。」


「初耳だわ。」


 レイはそのまま隣へ並ぶ。


「で。」


「今日はどこ入る?」


 男――ルコはムラサキの奥へ視線を向けた。


「適当に。」


「一軒目はここでいいだろ。」


「だな。」


 二人が歩き出そうとしたところで、ルコがふと思い出したように口を開く。


「そういや。」


「ん?」


「お前、昨日酒瓶で殴られたらしいな。」


 レイの足が止まった。


「……なんで知ってんだよ。」


 ルコは得意げに胸を張る。


「俺が知らないことなんてあると思うか?商人なめんな。」


「もう情報屋だろ、お前。」


「どっちもだ。」


「便利だな。」


「だろ?」


 レイは呆れたように笑う。


「ほんと、くだらねぇことまで耳に入ってんな。」


「くだらない情報ほど早いんだよ。」


「最悪だな、この街。」


「今さらか?」


 二人はそのまま並んで、ムラサキの明るい通りへ足を踏み入れた。


 店へ入ると、すぐに艶やかな着物姿の女将が気付いた。


「あら、ルコさんにレイさん。」


「今日は早いわね。」


「おう。」


 ルコが軽く手を挙げる。


「いつも通り、適当にワンセット寄ってくよ。」


「はいはい。」


 女将は慣れた様子で笑った。


「じゃあ、向こうのお座敷へどうぞ。」


 二人は案内されるまま、店の奥へ進む。


 磨き上げられた木の廊下。


 壁には華やかな絵や装飾が並び、天井からは柔らかな魔導灯の光が落ちている。


 左右にはいくつもの座敷。


 閉じられた襖の向こうから、楽しそうな笑い声やグラスを重ねる音が聞こえてくる。


 奥へ行くほど調度品も豪華になり、酒場というより高級宿のような雰囲気だった。


 座敷へ入ると、女将が二人を見る。


「今日は初めての子でいい?」


「おう。」


 ルコは特に迷うこともなく頷いた。


「いいよ。」


 レイも適当に座布団へ腰を下ろす。


「俺もそれで。」


「じゃあ少し待っててね。」


 女将は笑顔を残し、そのまま廊下へ戻っていった。



 女将は座敷を出ると、そのまま奥の控え部屋へ向かった。


 中では、何人かの女の子たちが次の席を待っていた。


「二人、お願い。」


 声を掛けられた女の子たちが顔を上げる。


「どちらのお客様ですか?」


「ルコさんとレイさん。」


「えっ。」


 二人の表情がぱっと明るくなった。


「本当ですか?」


「やったあ!」


 女将はその反応に小さく笑う。


「他の子から聞いてると思うけど。」


「リュウ様のご友人だから、粗相のないようにね。」


「はい。」


「でも、そんなに緊張しなくていいわ。」


「変なことを求められる方たちじゃないし。」


 女将は二人の身なりを軽く確認する。


「普通に楽しんでらっしゃい。」


「はい!」


「ああ、それと。」


「たぶん、お散歩にも誘われると思うけど。」


「行きたかったら行ってきていいからね。」


「普段のお散歩は二時間で一度戻ってくる決まりだけど、お二人の時は別。」


「誘われて外に出たら、そのあとは店の時間じゃないの。」


「リュウ様のご友人に付き合ってもらう形になるから、戻る時間は気にしなくていいわ。」


「そのまま帰ることになっても大丈夫。」


「えっ。」


 二人は顔を見合わせる。


「本当ですか?」


「ええ。」


 女将は楽しそうに微笑んだ。


「だから、気に入ってもらえるといいわね。」


「やっぱりそうなんだ!」


「頑張ります!」


「頑張りすぎなくていいの。」


 女将はくすっと笑う。


「楽しんできなさい。」


 二人は嬉しそうに頷き、そのまま座敷へ向かった。



 しばらくして、襖が静かに開いた。


「失礼します。」


 二人の女の子が座敷へ入ってくる。


 レイとルコが顔を上げた。


「こんばんは。」


「こんばんは。」


「まあ、座れよ。」


 ルコが空いている場所を示す。


 二人はそれぞれ隣へ、腰を下ろした。


「今日はよろしくお願いします。」


「よろしく。」


 ほどなくして酒が運ばれ、四人のグラスが並ぶ。


「じゃ、とりあえず。」


 ルコがグラスを持ち上げた。


「乾杯。」


「乾杯。」


 軽い音が重なる。


 最初こそ女の子たちにも少し緊張があったが、それも長くは続かなかった。


「お二人ってよく一緒に来られるんですよね?」


「まあな。」


「こいつ一人じゃ寂しいらしいから。」


「お前が誘ってきたんだろ。」


「そうだっけ?」


「昨日だよ。」


「覚えてねぇ。」


「お前な……。」


 女の子たちが思わず笑う。


「仲いいんですね。」


「そうか?」


「普通じゃね?」


 二人の声が重なった。


「あはは。」


 そこからは酒を飲みながら、他愛もない話が続いた。


 少しして、女の子の一人が思い出したように尋ねる。


「そういえば。」


「お二人って、リュウ様とは長いんですか?」


 レイとルコは一度顔を見合わせた。


「半年くらいじゃないか?」


「そのくらいだな。」


「えっ。」


 女の子たちが驚いたように目を丸くする。


「もっと長いのかと思ってました。」


 ルコが笑う。


「まあ、あいつ忙しいからな。」


「そんな頻繁に会うわけでもねぇよ。」


「たまに飲むくらい。」


 女の子は少し感心したように目を細める


「それでも、リュウ様と一緒にお酒を飲めるだけですごいことですよ。」


「まぁ、そうだろうな。」


 レイは特に気にした様子もなく酒を口に運ぶ。


 女の子の一人が、座敷を見回しながら続ける。


「でも、ここって独特ですよね。」


「ラクエンの中でも、ムラサキだけ別世界みたいで。」


「ああ。」


 レイも軽く周囲を見渡す。


 華やかな装飾。


 柔らかな魔導灯。


 磨き上げられた木の柱や床。


 襖の向こうから聞こえてくる楽しそうな笑い声。



「ここだけ独特だよな。」


「俺は好きだけど。」


「この雰囲気。」


 ルコもすぐに頷いた。


「俺も俺も。」


「故郷に似てるし。」


 レイが小さく笑う。


「お前は特にな。」


「まあな。」


 ルコも楽しそうにグラスを傾けた。


「お二人って、故郷は近いんですか?」


 女の子の一人が興味深そうに尋ねる。


「まぁ。」


「わりと近いかな。」


「そうなんだ〜。」


 女の子は少し楽しそうに笑った。


「なんかいいな。」


「私たちも、いつか連れてってくださいね。」


 レイは少しだけ笑う。


「まぁ、いつかな。」


 女の子の一人がレイのグラスを見る。


「レイさん、お酒強いですね。」


「当然だろ。」


 レイは少し得意げにグラスを掲げた。


「俺様だぞ。」


「確かに!」


「レイ様でした!」


「だろ?」


 ルコが横で笑う。


「まぁ、酒はこいつに勝てねぇな。」


「分かってるじゃねぇか。」


「お前ほんとザルだから気持ち悪い。」


「それは言いすぎだろ。」


 女の子たちが吹き出す。



 女の子たちが楽しそうに笑う。


 その時、襖が静かに開いた。


「あら。」


 女将が顔を覗かせる。


「楽しそうね。」


「もうお時間ですわ。」


「もうそんな時間か。」


 ルコがグラスを置く。


「このあと、お散歩頼もうかな。」


「え!嬉しいです!」


 隣にいた女の子が嬉しそうに頷く。


 レイも自分の隣へ視線を向けた。


「君もお散歩行く?」


「もちろんです!」


 女の子はぱっと表情を明るくした。


 女将はその様子を見て、くすっと笑う。


「じゃあ今日も、お散歩と合わせて十五万ベルでいいわよ。」


「ありがとな。」


 ルコが財布を取り出す。


「俺払うわ。」


「次頼む。」


「あいよ。」


 会計を済ませ、四人はムラサキを後にした。


 外へ出れば、ラクエンの夜はまだ始まったばかりだった。


 行き交う人々。


 店先から漏れる明かり。


 酒場から響く笑い声。


 その人混みの向こうから、数人の男たちがこちらへ歩いてくる。


 先頭を歩くのは、若い男。


 少し茶色がかった短い髪。


 すらりとした身体つきながら、シャツの袖から覗く腕は無駄なく鍛え上げられている。


 その後ろには、数人の男たち。


 周囲の人間が男の姿に気付くたび、自然と道を空けていく。


 男はそんなことを気にも留めず、真っ直ぐこちらへ歩いてきていた。



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