初めての魔物討伐依頼
ギルドを出た二人は、そのまま王都の外へ向か――う前に、少しだけ寄り道をすることになった。
「そういや。」
レイが足を止める。
「花屋の屋根、まだだった。」
「忘れてたの?」
「忘れてねぇよ。」
「後回しにしてただけ。」
「それを忘れてたって言うんじゃない?」
「言わない。」
数分後。
二人は朝に声を掛けられた花屋へ着いた。
「あっ、レイさん!」
店先にいた女主人が嬉しそうに手を振る。
「来てくれたんだねぇ!」
「言ったろ。昼過ぎに行くって。」
「いやぁ、忙しそうだったからさ。」
「こんなのすぐ終わる。」
レイは屋根を見上げる。
「クロノ。」
「うん。」
二人は軽く地面を蹴り、そのまま屋根へ飛び乗った。
浮いている瓦は一枚だけだった。
「ほんとに少しだね。」
「ああ。」
レイが瓦へ手を添える。
土魔法が静かに流れ、ずれていた瓦が元の位置へ戻っていく。
わずかな隙間も埋まり、ほんの数秒で修理は終わった。
「はい、終わり。」
「早っ。」
「こんなもんだ。」
二人が地面へ降りる。
「もう終わったのかい?」
「終わった。」
「ほんとレイさんは仕事早いねぇ。」
「時間かけても屋根は直らねぇからな。」
「はいはい。」
女主人は楽しそうに笑った。
「ちょっと待ってな。」
「ん?」
店の奥へ消えたと思うと、すぐに小さな包みを二つ抱えて戻ってくる。
「ほら。」
「アップルパイ。」
「焼いたばっかりだから。」
「え、いいの?」
クロノが目を輝かせる。
「もちろん。」
「一つはレイさん。」
「もう一つはクロノちゃんね。」
「ボクも?」
「当たり前じゃないか。」
女主人は笑いながら包みを手渡した。
「王都へようこそ。」
「……。」
クロノは少し驚いたように、受け取った包みを見る。
「ありがとうございます。」
「いいのいいの。」
「これからハンターやるんだろ?」
「はい。」
「なら頑張りな。」
そして女主人は、隣のレイを見る。
「まあ、レイさんがついてるなら大丈夫さ。」
「俺は今日だけだけどな。」
「今日だけでも十分だよ。」
「この人、何だかんだちゃんと面倒見てくれるから。」
「余計なこと言わなくていいですって。」
「ははは!」
クロノは小さく笑った。
「じゃあ。」
レイは受け取ったアップルパイを片手に持ち、王都の門がある方へ視線を向ける。
「今度こそ行くぞ。」
「うん。」
二人は花屋に手を振り、再び歩き出した。
向かう先は、王都の外。
クロノにとって初めての、ハンターとしての討伐依頼だった。
「討伐行く前に一つ。」
「ん?」
「魔力の話。」
クロノは自然と歩幅を合わせた。
「知ってることもあると思うけど。」
「この世界の魔力は、空気中に漂う魔素を身体の中にある魔臓って臓器が吸収して作られる。」
「魔臓には属性体っていうものがあって、持ってる属性体によって使える属性魔法が決まる。」
「風属性体なら風。」
「炎属性体なら炎。」
「基本はそんな感じだな。」
クロノは頷く。
「クロノは風なんだよな。」
「あ、うん。」
「風属性体。」
「風は斬撃や貫通系の魔法が多い。」
「剣との相性もいい。」
「クロノには合ってるな。」
「レイは?」
「何属性なの?」
「俺か?」
レイは指を折りながら数える。
「雷。」
「炎。」
「水。」
「風。」
「土。」
「闇。」
クロノは思わず足を止めた。
「……え?」
「基本属性全部じゃん。」
「しかも闇もあるじゃん。」
レイは苦笑しながら肩をすくめる。
「……まぁな。」
「珍しいけど、基本属性を全部持ってる奴がいないわけじゃない。」
「俺は雷が一番得意だけどな。」
「へぇ……。」
クロノは素直に感心したように頷いた。
レイは前を向いたまま、小さく笑う。
(……まぁ。)
(属性体なんて関係なく、魔力から好きな属性へ変換する方法はあるんだけどな。)
(とはいえ、実戦で使えるレベルまで持っていくには相当工夫がいる。)
(だったら最初から自分の得意属性だけを信じて鍛えた方が、ほとんどの奴は強くなれる。)
森へ入る。
木漏れ日が地面を照らし、小鳥の鳴き声だけが静かに響いていた。
レイは周囲を見回す。
「いるな。」
少し先。
三頭のフォレストウルフが草むらから姿を現した。
クロノは剣を抜く。
「行く。」
「焦るな。」
レイが後ろから声を掛ける。
「一頭ずつ。」
「囲まれるな。」
「うん。」
クロノは地面を蹴った。
風属性魔法を足へ纏わせ、一瞬で間合いを詰める。
一閃。
先頭の一頭が倒れる。
残る二頭が左右から飛び掛かる。
「左。」
レイの声。
クロノは身体を捻り、その牙を紙一重で躱す。
そのまま斬り上げる。
二頭目。
最後の一頭が後方へ飛び退く。
「分かってる。」
クロノは小さく呟いた。
風が唸る。
加速。
一気に距離を詰め、
三頭目も静かに倒れた。
森に静寂が戻る。
クロノは剣を払い、振り返る。
「どう?」
「悪くない。」
レイは笑う。
「最後だけ少し突っ込み過ぎ。」
「そこ直せば十分だ。」
クロノは嬉しそうに笑った。
「やった。」
依頼達成の証となる素材を回収していると、森の奥から重い足音が響く。
ズシン。
ズシン。
木々を揺らしながら姿を現したのは、巨大な一角狼だった。
明らかに、先ほどまでのフォレストウルフとは格が違う。
クロノの瞳が輝く。
「任せて!」
「待て!」
レイの声が鋭くなる。
「そいつはまだ早い!」
しかし、クロノは飛び出していた。
剣が閃く。
だが――。
ギィンッ!!
刃は硬い毛皮に阻まれる。
「え……。」
次の瞬間。
巨大な前脚が振り下ろされた。
クロノは辛うじて受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされ、背中から木の幹へ叩きつけられる。
「くっ……!」
それでもすぐに立ち上がる。
もう一度踏み込もうとした、その瞬間。
「下がれ。」
レイが割って入る。
短剣が閃く。
一角狼は本能的に危険を察知し、大きく距離を取った。
静かな睨み合い。
その空気を裂くように、
「レイか。」
低い声が森へ響いた。
振り返る。
そこには巨大な大剣を肩へ担いだゴンザが立っていた。
「よぉ。」
レイが軽く手を挙げる。
その直後だった。
一角狼が唸り声を上げ、ゴンザへ飛び掛かる。
ゴンザはただ一歩前へ出た。
肩に担いでいた大剣を振り下ろす。
――ドォンッ!!
轟音。
巨大な魔物は真っ二つになり、そのまま地面へ崩れ落ちた。
一撃だった。
クロノは言葉を失う。
(……え。)
(今ので。)
(終わった?)
ゴンザは大剣を肩へ戻す。
その時、後ろから数人のハンターが追いついてくる。
「ゴンザさん!」
一人が倒れた魔物を見るなり顔をしかめた。
「ちっ。」
「横取りされるかと思いましたよ。」
さらにレイへ視線を向ける。
「おい。」
「俺たちが追ってた獲物――」
「やめておけ。」
ゴンザの低い一言。
それだけで男は口を閉じた。
レイは短く頭を下げる。
「悪かった。」
「いや。」
「気にするな。」
ゴンザはそれ以上何も言わなかった。
レイはクロノへ向き直る。
「説教だ。」
クロノは肩を震わせる。
「敵が何であろうと。その場に上長がいるなら。」
「単独行動はするな。」
「勝てると思った。」
「それじゃ駄目だ。」
「確実に倒せる根拠があるか。」
「そこまで考えろ。」
「分からないなら聞け。」
「対処法を聞くのは恥じゃない。」
「生き残るための技術だ。」
ゴンザも静かに口を開く。
「プロほど。」
「分からねぇ相手には慎重になる。」
「生き残るためにな。」
クロノは俯いた。
「……ごめん。」
しばらく沈黙する。
やがて顔を上げた。
「ボク。」
「もっと強くなりたい。」
「教えて。」
レイは数秒考え、
「嫌だ。」
即答した。
「えぇ!?」
「めんどくさい。」
「そんな理由!?」
「人に教えるの向いてねぇ。」
頭を掻きながらため息をつく。
「……ただ。」
クロノの目が少しだけ輝く。
「A2。」
「そこまで上がったら。」
「その時は教える。」
「本当?」
「ああ。」
「約束だ。」
レイはそのままゴンザを見る。
「悪い。」
「それまで頼む。」
ゴンザはため息を吐く。
「……また面倒押し付けやがって。」
「借り、一つ返してくれ。」
少しだけ間を置いて、
「……分かった。」
「俺が預かる。」
クロノは二人を交互に見つめ、
深く頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
森を風が吹き抜ける。
こうしてクロノの、王都でのハンター生活が始まるのだった。




