ギルド定例会
受付を離れると、クロノは手にしたギルドカードを何度も眺めていた。
「そんなに見るもんか?」
「だって初めてだし。」
「なくすなよ。」
「なくさない。」
クロノは大事そうにカードをしまう。
「で。」
レイは壁に掛けられた時計へ目を向けた。
「そろそろ定例会だな。」
「さっき言ってたやつ?」
「ああ。」
そう答えた、その時だった。
「おう。」
低く落ち着いた声が受付に響く。
奥から大柄な男が歩いてくる。
灰色の短髪。
鍛え上げられた体。
歴戦の戦士だと一目で分かる風格。
男はレイを見るなり笑った。
「戻ってたか。」
「レイ。」
レイは軽く手を挙げる。
「久しぶり、マルス。」
ギルド職員たちも一斉に頭を下げる。
「支部長。」
クロノは小声で尋ねた。
「この人が……?」
近くの職員が微笑む。
「アルトーラ支部長。」
「マルス・ベルテッサさんです。」
マルスはクロノを一瞥すると、にやりと笑った。
「新人か。」
「はい。」
「クロノです。」
「レイが連れてきたなら問題ねぇな。」
「よろしく。」
「よろしくお願いします!」
マルスはレイへ向き直る。
「ちょうど良かった。」
「もうすぐ定例会だ。」
「ああ、出る。」
「そういえば、定例会ってなにするの?」
歩き出したレイが答える。
「月に一回。」
「各パーティーの代表や、何でも屋、支部幹部なんかが集まる。」
「王都周辺や世界各地の情報共有だ。」
「新人のお前も勉強になる。」
「来いよ。」
「うん。」
会議室へ入る。
そこにはすでに多くのハンターが集まっていた。
ざっと見渡したところ、五十人ほど。
集まっているのは、各パーティーを率いる代表格や、長く活動しているベテランばかりだった。
クロノは思わず周囲を見回す。
「すごい……。」
壁一面には王国全土の地図。
主要街道。
都市。
魔物の出現地域。
国境線。
いくつもの印が書き込まれている。
レイは慣れた様子で後方の席へ腰を下ろした。
「座れ。」
「はい。」
やがて全員が揃う。
マルスが前へ立った。
「始める。」
部屋が静まり返った。
一人の職員が資料を開く。
「まずは王都周辺です。」
「今月の討伐依頼は先月比で二割増。」
「主な原因は、北部山岳地帯で魔物の繁殖が確認されたためです。」
「現在は周辺地域の討伐依頼を増やして対応しています。」
マルスは頷く。
「次。」
別の職員が立ち上がる。
「東街道。」
「盗賊被害三件。」
「いずれも小規模盗賊団です。」
「二件は討伐済み。」
「残る一件は現在追跡中です。」
「被害者は全員保護されています。」
「次。」
今度は地図の前へ、一人の女性職員が立つ。
「他国情勢です。」
「帝国との国境付近に大きな動きはありません。」
「ですが、小規模な国境警備の増員を確認。」
「引き続き警戒を継続します。」
クロノは真剣な表情で資料を見る。
(他国の情報まで……。)
女性職員は続けた。
「続いて王国軍より。」
「北部防衛線に異常なし。」
「また、特級部隊所属。」
「ヒナ・ヴィルガルム少佐より。」
「巡回任務完了。」
「異常なしとの報告です。」
クロノは思わず目を丸くした。
(軍とも情報を共有してるんだ。)
レイは小さく付け加える。
「ギルドと軍は別組織だ。」
「だが、大規模討伐や災害じゃ普通に協力する。」
「それに、国家間の問題はギルドが手を出せる範囲も限られる。」
「中立だからな。」
「ただ、加盟国同士の条約違反や国際犯罪なんかは話が別だ。」
「そういう時はギルドも動く。」
「だから情報も共有してる。」
「なるほど……。」
今度は年配のハンターが口を開く。
「西部森林地帯。」
「Aランク魔物の目撃が増えてる。」
「新人だけで向かわせるのは危険だ。」
マルスが頷く。
「西部森林は今月もB以上、二人以上を推奨。」
「単独はプロのみ。」
数人が頷いた。
クロノは少しだけ表情を引き締める。
マルスは最後の資料を閉じた。
「以上。」
「質問がある者。」
一人のハンターが手を挙げる。
「北部の繁殖期は例年より早いのか?」
「調査中だ。」
「来月には正式な報告が出る。」
「分かった。」
マルスは全員を見渡した。
「解散。」
椅子が一斉に引かれる。
レイも立ち上がる。
「行くぞ。」
「次はクロノの依頼だ。」
「王都の魔物に慣れてもらう。」
クロノは頷いた。
二人が依頼掲示板へ向かおうとした、その時だった。
「……レイ。」
低く落ち着いた声が背後から響く。
振り返ると、一人の大男がゆっくりと歩いてきた。
二メートルを超える巨体。
岩のように鍛え上げられた肉体。
無精髭を生やしたその男は、レイの前で足を止める。
「よぉ。」
「ゴンザ。」
二人は短く言葉を交わす。
クロノは思わず男を見上げた。
(……でかい。)
レイがクロノへ視線を向ける。
「紹介しとく。」
「ゴンザレス・ベルトゥード。」
「プロハンターだ。」
「この街じゃ一番でかいハンターグループをまとめてる。」
クロノは慌てて頭を下げた。
「は、初めまして!」
「クロノ・ペインシーズです!」
ゴンザは小さく頷き、クロノをじっと見る。
足元から頭まで、一瞬で見定めるような視線。
「……。」
やがて口を開く。
「新人か。」
「ああ。」
レイが答える。
「今日登録した。」
「……。」
ゴンザはもう一度クロノを見る。
「強ぇな。」
クロノは思わず目を丸くした。
「え……?」
「まだ何もしてませんけど。」
ゴンザは口元だけ少し緩める。
「分かる。」
「そういうもんだ。」
レイが苦笑する。
「まぁな。」
ゴンザは鼻を鳴らした。
「お前が連れてきたなら。」
「間違いねぇ。」
そしてクロノへ向き直る。
「頑張れ。」
「王都は強ぇ奴が多い。」
「はい!」
ゴンザは軽く手を挙げる。
「じゃあな。」
「ああ。」
それだけ言い残し、来た時と同じように一人で歩き去っていく。
クロノはその大きな背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「……なんか。」
「すごい人だった。」
レイは小さく笑う。
「ああ。」
「見た目通り強ぇよ。」
「この街じゃ知らない奴はいない。」
そう言って、依頼掲示板へ歩き出した。
「ほら。」
「次はお前の依頼選ぶぞ。」
「うん!」
受付には、すでに何人ものハンターが依頼書を眺めていた。
壁一面に貼られた依頼書。
採取。
護衛。
討伐。
運搬。
王都だけあって、その数は地方支部とは比べ物にならない。
クロノは思わず見入っていた。
「すごい……。」
「こんなにあるんだ。」
レイは依頼書を眺めながら答える。
「全部受ける必要はねぇ。」
「自分に合う依頼だけ選べ。」
「無理すると死ぬ。」
「……うん。」
クロノも一枚一枚見始める。
「Fランク。」
「薬草採取……。」
「荷物運び。」
「猫探し?」
思わず首を傾げる。
「猫まで依頼になるんだ。」
「なる。」
「クロノなら……。」
レイは一枚の討伐依頼を手に取る。
「これ。」
クロノも覗き込む。
『Bランク討伐依頼』
『フォレストウルフ 三頭』
『西部森林地帯』
「Bランク……。」
「少し高くない?」
「三頭くらいなら問題ねぇよ。」
「慣れるにはちょうどいい。」
クロノは依頼書を受け取る。
「よし。」
「これにする。」
受付嬢が笑顔で頷いた。
「かしこまりました。」
「レイさんが同行されるのであれば問題ありません。」
依頼書へ受領印が押される。
受付を離れると、クロノは少しだけ拳を握った。
「初めての討伐依頼か……。」
「緊張する?」
「少し。」
「討伐は慣れてる。」
「でも。」
「お金もらって戦うのは初めて。」
レイは少し笑った。
「じゃあ今日は、ハンターの仕事を覚えろ。」
「魔物倒すだけが仕事じゃねぇ。」
「……昨日は、ちゃんと見せられなかったから。」
「今日は見せる。」
「ボクがどれくらいやれるか。」
レイは少し笑った。
「期待してる。」
「……。」
クロノは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「そういうこと、さらっと言う。」
「ん?」
「なんでもない。」
二人はそのままギルドを後にする。




