久しぶりだね
大会終了から、しばらく後。
関係者用に用意された一室。
顔を洗い終えたレイは、椅子へ腰掛けていた。
派手な化粧は、もう残っていない。
金色に染めていた髪も元へ戻し。
そこにいるのは。
いつもの黒髪の青年だった。
扉を叩く音が響く。
「どうぞ。」
「失礼します。」
部屋へ入ってきたのは、ティアだった。
扉を閉め。
しばらくの間、何も言わずにレイを見つめる。
「……なんですか?」
「いえ。」
ティアは、どこか懐かしそうに微笑んだ。
「こうして顔を合わせるのは、久しぶりだと思いまして。」
「そうですね。」
レイは少し気まずそうに頬を掻く。
「大会の最初から、分かってたんですか?」
「ええ。」
「最初からです。」
「マジかよ……。」
「あなたの魔力の癖は、よく知っていますから。」
「魔力の質も変えたのに。」
「それだけで、私から隠れられると思ったのですか?」
「……思ってました。」
「残念でしたね。」
ティアが、楽しそうに笑う。
レイも困ったように笑った。
ほんの短い会話。
それだけなのに。
昔へ戻ったような、不思議な懐かしさがあった。
ティアは向かいの椅子へ腰掛ける。
「アイリスという名のエルフの子は。」
静かに尋ねる。
「大切な方なのですね。」
レイは少しだけ目を見開いた。
だが。
すぐに、穏やかな表情へ戻る。
「はい。」
迷うことなく答えた。
「大事な妹です。」
「そうですか。」
ティアは、安心したように目を細める。
「あなたが、誰かをそこまで大切に思えていること。」
「それだけで、少し安心しました。」
「……心配かけましたね。」
「ええ。」
ティアは否定しなかった。
「とても。」
「すみません。」
「謝る必要はありません。」
静かな声。
「ただ。」
「そばにいてあげられなかったことを、今でも申し訳なく思っています。」
レイは首を横へ振る。
「ティアさんには、ティアさんのやるべきことがあった。」
「俺も、それくらい分かってます。」
「…………。」
「それに。」
レイは少しだけ笑う。
「こうして、また会えたんですから。」
ティアは、その笑顔を静かに見つめた。
やがて。
表情を少しだけ引き締める。
「彼らの行方は、まだ掴めていません。」
レイの笑みが、わずかに消える。
「世界各国で“組織”の存在が確認されているので、調査には向かわせていますが……。」
ティアは一度、言葉を切った。
「今のところは。」
「……そうですか。」
レイは俯く。
握った拳へ、わずかに力が入った。
「申し訳ありません。」
「いえ。」
レイは、もう一度首を振る。
「ティアさんが謝ることじゃないです。」
「そう言っていただけると、助かります。」
静かな時間が流れる。
やがて。
ティアが、少し空気を変えるように口を開いた。
「それと。」
「指輪の保管についてですが。」
レイが顔を上げる。
母の形見。
今もレイが持ち続けている、特別な指輪。
「現在の術式だけでは、少し不安が残ります。」
「再度、高度な術式を組み込みますので。」
ティアは柔らかく微笑む。
「後で、家に伺いますね。」
「分かりました。」
「お願いします。」
「ええ。」
ティアは小さく頷く。
そして。
もう一度、レイの顔を見つめた。
かつて。
涙を流し。
後悔と懺悔を繰り返していた少年。
大切なものを何度も失い。
笑うことさえ忘れてしまった少年。
けれど今は。
誰かを大事な妹と呼び。
その人のために戦い。
憧れた相手へ、楽しそうに拳を振るっていた。
「剣聖との、戦い。」
「お見事でした。」
「昔、話したように。」
「次は勝てるかもしれませんね。」
ティアが、穏やかな声で話す。
「はい、今回は負けなくて良かったです。」
レイは、少し笑いながら答える。
「それに。」
「あなたの笑顔を、また見ることができて。」
優しく目を細める。
「私は嬉しいですよ。」
「…………。」
レイは、しばらく何も答えなかった。
それから。
少し照れくさそうに視線を逸らす。
「俺も。」
「ティアさんに、また会えてよかったです。」
「ふふ」
ティアが笑う。
長い年月を生きてきたとは思えない。
まだどこか幼さの残る、少女のような笑顔だった。
レイも、小さく笑った。
大会は終わった。
探している者たちの行方は、いまだ分からない。
組織も。
母から受け継いだ指輪の謎も。
何一つ、解決してはいない。
それでも。
失ったものばかりを見つめていた少年は。
今。
守りたいと思える誰かの待つ場所へ、帰ろうとしていた。




