アルベルト魔導大会 終幕
アルベルト魔導大会。
そのすべての試合が、終わった。
闘技場には、いまだ熱気が残っている。
王国最強と名高いセルバ・ヴィルガルムと。
正体不明の優勝者、ピエロ。
二人が繰り広げた激しい殴り合いの余韻は、そう簡単に消えるものではなかった。
「皆様!!」
「長きにわたる熱戦も、これにて終了となります!!」
「改めまして!!」
「今年のアルベルト魔導大会優勝者は――」
実況が大きく息を吸い込む。
「ピエロ選手です!!」
再び。
闘技場を揺らすほどの歓声が響き渡った。
レイは舞台の中央に立ち、観客席を見渡す。
激しい戦いによって、顔の化粧はところどころ剥がれている。
それでも。
残った派手な色彩と金色の髪が、本来の顔立ちを覆い隠していた。
素顔を見抜かれるほどではない。
レイは安堵しながら、軽く片手を上げた。
歓声がさらに大きくなる。
(すげぇな……。)
(俺、こんな目立つつもりじゃなかったんだけど。)
土系譜で闘技場を半壊させ。
ヒナを蹴り飛ばし。
王国最強を相手に雷まで使い、時間切れまで殴り合った。
もはや、目立たない方が無理だった。
やがて。
貴賓席から、アルフォンスたちが闘技場へ降りてくる。
先頭を歩くアルフォンスは、国王らしい堂々とした表情を浮かべていた。
その後ろにはセルバ。
ヒナ。
レオン。
そしてティアが続いている。
セルバに怒りは、もう無かった。
腕を組みながらレイを見つめているが、その眼差しに敵意はない。
先ほどまで拳を交えていた相手を。
一人の強者として、静かに認めている。
「見事であった。」
アルフォンスが、レイの前で足を止める。
「大会優勝に加え、セルバを相手にあれほどの戦いを見せるとはな。」
「ありがとうございます。」
レイは普段より少しだけ声を変え、頭を下げた。
アルフォンスは、剥がれかけた化粧を興味深そうに眺める。
「ところで。」
「はい?」
アルフォンスが少し身を寄せ、声を落とした。
「あとで、こっそり正体を教えてはくれぬか?」
「…………。」
レイの頬が引きつる。
「それは……。」
思わず、ティアへ視線を向けた。
ティアもレイを見ている。
一瞬だけ。
二人の視線が交わった。
ティアの目元が、わずかに緩む。
レイは困ったように目を細めた。
その無言のやり取りを見たアルフォンスが、片眉を上げる。
「ティア。」
「お前は知っているのではないか?」
「さて。」
ティアは穏やかに微笑んだ。
「プロハンターやそれに属する者の個人情報は、ギルドの管理下にあります。」
「本人の許可なく、国家へ開示することはできません。」
「余は国王だぞ?」
「存じております。」
「ですが、国家とギルドは対等な組織ですので。」
ティアは、にこやかなまま言い切る。
「陛下のご命令であっても、お教えすることはできません。」
「……命令ではなく、王様のささやかなお願いなんだが。」
「それでも、です。」
「むぅ……。」
アルフォンスは露骨に不満そうな顔をした。
だが。
それ以上、無理に聞き出そうとはしなかった。
「ならば、仕方あるまい。」
アルフォンスはレイへ向き直る。
「気が向いたらでよい。」
「余は、気長に待つとしよう。」
「……考えておきます。」
「うむ。」
おそらく。
何度も聞いてくるだろう。
そんな予感がしたが、レイは黙っておいた。
続いて、セルバが前へ出る。
「ピエロ。」
「はい。」
「先ほどは、見事な戦いだった。」
セルバは真っ直ぐにレイを見る。
「私を片膝までつかせたこと。」
「そして、その後も最後まで立ち続けたこと。」
「誇っていい。」
「……ありがとうございます。」
幼い頃から憧れていた人物に認められ。
レイは、わずかに声を詰まらせた。
それを誤魔化すように、深く頭を下げる。
セルバは小さく頷き、場所を譲った。
その後ろにいたヒナが、レイの前へ立つ。
「…………。」
「…………。」
二人はしばらく、無言で見つめ合った。
いつものように顔を合わせれば、すぐに喧嘩になる。
けれど今は。
ヒナの表情に、普段の刺々しさはなかった。
決勝で敗れた悔しさは、まだ消えていない。
それでも。
自分を倒したあと。
大量に魔力を失った状態で、セルバと時間いっぱいまで戦い抜いた。
その姿を見て。
ヒナは改めて、レイの強さを認めていた。
「……今回は、私の負けです。」
「素直だな。」
「うるさい。」
「もう敬語やめんのかよ。」
「最初だけで十分でしょ。」
「やっぱり素直じゃねぇな。」
「蹴るわよ?」
「さっき蹴ったの、俺なんだけど。」
「だから蹴り返すの。」
ヒナは不機嫌そうに言う。
だが。
その口元には、ほんのわずかな笑みがあった。
「次は負けないから。」
「ああ。」
レイも笑う。
「俺も負けねぇよ。」
それだけ言うと、ヒナはレイの横を通り過ぎていく。
すれ違う直前。
小さな声で、囁いた。
「……ちゃんと、目的を果たしなさいよ。」
「…………。」
レイが振り返る。
しかしヒナは、もう前を向いていた。
アイリスのことを大切に思っているのは。
ヒナも同じだった。
続いて。
レオンが、レイの前へ立つ。
「優勝、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
「僕も十代の頃、この大会で優勝したことがあります。」
「そうなんですか?」
「ええ。」
レオンは穏やかに微笑む。
「ですが。」
「何度倒されても諦めず、王国最強へ立ち向かい続ける君の姿には、元優勝者としても胸が熱くなりました。」
レイは少し照れたように頭を掻く。
「憧れの人だったので。」
「どうしても、負けたくなかったんです。」
「そうですか。」
レオンはレイの姿を、どこか懐かしそうに見つめる。
「君を見ていると、昔遊んだ少年を思い出します。」
「少年?」
「ええ。」
「僕より三つほど年下で、顔を合わせるたびに模擬戦を挑んできました。」
レオンは小さく笑った。
「一度も僕には勝てなかったのですが。」
「何度倒しても、すぐに立ち上がってきた。」
「今日の君と、よく似ています。」
そして。
先ほどまで戦っていたセルバへ、ちらりと視線を向ける。
「そういえば。」
「彼も、セルバさんに憧れていましたね。」
「…………。」
レイは、わずかに目を見開いた。
化粧の下で。
その表情が、ほんの少しだけ懐かしさに揺れる。
レオンは気づかないまま、静かに続けた。
「彼も生きていたら。」
「きっと、君のようになっていたのでしょうね。」
「……そうかもしれませんね。」
レイは小さく答えた。
レオンは、その声に何かを感じたように目を細める。
何度倒されても立ち上がる姿。
セルバへの憧れ。
あまりにも似ている。
けれど。
"アルフォード王国"の生存者はいない。
そう伝えられている以上、目の前の青年と結びつける理由はなかった。
レオンはそれ以上、問いかけることなく場所を譲った
最後に。
ティアが、レイの前へ立つ。
何も言わない。
ただ、穏やかな笑みを浮かべている。
レイも。
何も言わずに、少しだけ頭を下げた。
二人の間に言葉は必要なかった。
ティアには、最初からすべて分かっていた。
なぜ正体を隠していたのか。
なぜ、この大会へ出場したのか。
そして。
誰のために、優勝を求めたのか。
ティアは小さく頷く。
レイも、ほんのわずかに頷き返した。
その様子を見ていたレオンが、不思議そうに二人を見比べる。
だが。
何も聞かなかった。
「それでは!!」
「以上をもちまして、今年のアルベルト魔導大会を閉幕いたします!!」
実況の声とともに。
空へ向けて、いくつもの魔法が打ち上げられる。
色とりどりの光が、闘技場の上空を埋め尽くした。
大歓声の中。
レイは静かに、その光景を見上げる。
(終わった……。)
大会には勝った。
賞品を受け取る権利も、手に入れた。
あとは。
すべての手続きが終わるのを待つだけだった。




