王国最強
先ほどまで荒れ果てていた地面は、すでに大会術式によって元の姿へと戻されていた。
「さあ皆さん!!」
実況の声が、満員の観客席へ響き渡る。
「大変お待たせいたしました!!」
「本年度アルベルト魔導大会――」
「見事、優勝を果たしたピエロ選手が再び登場です!!」
入場口から、レイがゆっくりと姿を現す。
観客席から、再び大きな歓声が上がった。
「改めまして!!」
「ピエロ選手、優勝おめでとうございます!!」
「そして、この後は恒例のエキシビションマッチ!!」
「優勝者であるピエロ選手には――」
「ギルドナイト序列十一位!!」
「ギルドナイトの中では下位の存在ではありますが、その実力は未だ計り知れない!!」
「《永遠の歌姫》ティア様と戦っていただきます!!」
歓声が一層大きくなる。
レイは闘技場の中央まで歩きながら、小さく息を吐いた。
「……マジでやんのかよ。」
優勝は決まっている。
エキシビションマッチで負けても、《魔女の口づけ》は手に入る。
それは分かっている。
だが。
(ティアさんだろ……。)
(絶対、適当にやってくれねぇもんなぁ……。)
その時だった。
大会運営の一人が実況席へ駆け寄り、何事かを耳打ちする。
「……え?」
実況者が目を見開いた。
「ほ、本当ですか!?」
再び確認する。
そして。
「ここでなんとぉぉぉぉ!!」
突然の大声に、会場中の視線が実況席へ集まった。
「緊急のお知らせです!!」
「予定されていたエキシビションマッチですが――」
「なんと!!」
「ティア様に代わり!!」
「先ほど決勝戦で敗れたヒナ・ヴィルガルム選手のお父上!!」
「ギルドナイト序列第二位!!」
「《剣聖》!!」
「セルバ・ヴィルガルム様が出場されることになりましたぁぁぁぁ!!」
一瞬。
闘技場が静まり返る。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
爆発するような歓声。
「剣聖だ!!」
「セルバ様!?」
「マジかよ!!」
「これは、とんでもない展開になりました!!」
「娘を蹴り飛ばされて、どうやらカンカンなご様子です!!」
「優勝直後のピエロ選手!!」
「まさかの《剣聖》とのエキシビションマッチとなりましたぁぁぁ!!」
「…………。」
レイは呆然と入場口を見つめる。
「……マジか。」
「セルバさんと……。」
先ほどまでの嫌そうな表情が。
ゆっくりと笑みに変わっていく。
王国最強と謳われる剣士。
《剣聖》セルバ・ヴィルガルム。
レイにとって、昔から憧れていた人物の一人。
いつか。
一度でいい。
本気で戦ってみたいと思っていた。
「はは……。」
「いつかやりてぇとは思ってたけど……。」
「まさか、ここで戦えるなんてな……。」
入場口の奥から。
一人の男が姿を現した。
四十五歳。
百八十八センチほどの長身に、無駄なく引き締まった肉体。
短く整えられた金髪。
年齢を重ねてもなお、精悍さを失わない整った顔立ち。
《剣聖》セルバ・ヴィルガルム。
しかし。
その腰に、剣はなかった。
「おっとぉ!!」
「《剣聖》セルバ様!!」
「どうやら今回は、剣を使われないようです!!」
「決勝まで戦い抜き、すでにかなりの魔力を消耗しているピエロ選手に合わせてくださったのでしょうか!!」
「セルバ様も拳のみ!!」
「まさかの素手によるエキシビションマッチとなりそうです!!」
レイは腰の短剣へ視線を落とす。
「……そういうことなら。」
短剣を鞘ごと外し、闘技場の端へ放り投げた。
「俺もいらねぇな。」
セルバはゆっくりとレイの前まで歩いてくる。
穏やかな足取り。
その顔には、笑み。
ただ。
額には、はっきりと青筋が浮かんでいた。
「……さぁエキシビションマッチだ。」
「楽しく行こうじゃないかピエロくん?」
レイは静かに腰を落とした。
「……いえ。」
「全力でいかせていただきます……ッ!」
「それでは!!」
「エキシビションマッチ――」
「開始です!!」
瞬間。
レイの脚へ、青白い雷が走る。
「――ッ!?」
セルバの目が見開かれた。
怒りによる、僅かな油断。
そして。
先ほどまで、レイが一度も見せていなかった速度。
セルバの目は。
その姿を追いきれなかった。
次の瞬間。
レイは、すでに懐へ潜り込んでいた。
右拳へ、雷が凝縮される。
雷を濃縮した極纏属性。
セルバの感覚と経験が、反射的に魔力を動かす。
左脇腹。
そこへ魔力が流れた、その直後。
レイの右拳が炸裂した。
――ドンッ!!
「がはッ……!」
セルバの身体が軽く浮く。
そのまま後方へ押し流され。
「ぐっ……!」
片膝をついた。
同時に。
セルバから、鋭い殺気が放たれる。
「っ……!」
レイはすぐさま後方へ飛び退き、距離を取った。
「ぐっ……。」
「はぁ……。」
セルバは左脇腹を押さえながら、荒く息を吐く。
「やられた……。」
「この私が、目で追いきれないとはな……。」
一瞬の静寂。
直後。
「おーー!!!」
実況の絶叫とともに、観客席が沸き上がった。
「なんと先制はピエロ選手ー!!」
「《剣聖》の左脇腹に、雷系譜の魔法を帯びた右拳が炸裂しました!!」
「あの《剣聖》が!!」
「膝をついています!!」
「こんなことが今まであったでしょうか!!」
「誰も見たことのないお姿だー!!」
「そしてピエロ選手!!」
「先ほどの決勝戦では、闘技場の地形すら変えてしまう圧倒的な土系譜を見せてくれましたが!!」
「どうやら雷系譜もかなりの腕前のようです!!」
「脚に雷を纏った瞬間!!」
「私の目では、まったく追えませんでした!!」
セルバはゆっくりと立ち上がる。
「くっ……。」
「屈辱……。」
レイは真っ直ぐセルバを見据えた。
「……俺は貴方を甘く見ていない。」
「貴方を尊敬しています。」
「だから……。」
「全力を出したんです。」
セルバは静かに目を細める。
「……なるほどな。」
「だが、この程度で私は倒せんぞ。」
「膝をつかせたのは褒めてやろう。」
その時。
実況席から、再び声が響いた。
「ちなみに!!」
「セルバ様が最後に膝をついたのは、七年ほど前!!」
「リスタードのドンと大喧嘩した時以来みたいですねー!!」
「ピエロ選手……すごいですね!!」
セルバの眉が、ぴくりと動いた。
「……ふん。」
「あの小娘が……。」
「余計なことを。」
レイは苦情しながら、拳を構え直す。
「さぁ……。」
「続きをしましょうか。」
セルバも構える。
「膝をついていた時に畳みかけなかった騎士道は褒めてやろう。」
「だが。」
「後悔することになるぞ。」
レイは笑った。
「望むところです!」
二人が。
同時に地面を蹴った。




