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LAVeLESS  作者: 神矢
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79/90

ついに、決着

 ずっと見ている。


 ――ヒナの足元だけを。


 一歩。


 重力が沈む。


 二歩。


 身体が軽くなる。


 三歩目で軸足を入れ替えた瞬間、レイの右肩だけが重くなった。


「っ……!」


 突きが迫る。


 レイは無理に逆らわなかった。


 沈む肩に合わせて上体を落とし、そのまま前へ転がる。


 切っ先が、鼻先のすぐ上を通り過ぎた。


 ヒナは軽く舌打ちする。


「まだ避けるの……!」


 すぐさま踵を返す。


 足先で地面をなぞり、再び複雑なステップを刻み始めた。


 その瞬間。


 レイの視線が、わずかに細くなる。


(やっぱりな。)


(重力場を作って、その中でただ踊ってるんじゃねぇ。)


(こいつ自身が踊り続けることで――)


(重力場を組み替えてやがる。)


 ヒナの足が触れた場所へ、薄い紫色の魔力が残っている。


 それらは幾重にも繋がり、巨大な重力場を構成していた。


 一見すれば無秩序。


 だが、違う。


 踏み込む位置。


 足を離す順番。


 重心を移す方向。


 すべてに意味がある。


「何を見てるの?」


 ヒナが踏み込む。


 自身の重力を軽くし、一気に加速。


 レイの間合いへ滑り込んだ瞬間、今度は全身を重くする。


 細いレイピアへ、身体の重量と重力魔法が一気に乗った。


 レイは短剣で切っ先を逸らそうとする。


 だが、触れる直前。


 腕だけが軽くなった。


「なっ……!」


 力の込め方が狂う。


 短剣が浮き上がった。


 その下を、レイピアが走る。


 切っ先が鼻先を浅く掠めた。


 白い化粧の上へ、細い赤色が滲む。


 観客席から大きな歓声が上がった。


「当たったぁぁぁ!!」


「ヒナ選手、ついにピエロ選手を捉えました!!」


 ヒナは止まらない。


 続けざまに身体を回転させ、舞うように次の突きを繰り出す。


 レイは後方へ跳んだ。


 だが、着地の直前。


 両脚へ重力が襲いかかる。


 ――ズンッ!!


 闘技場の床が沈んだ。


「ぐっ……!」


 レイが膝をつく。


 その隙を、ヒナが見逃すはずがなかった。


「終わりよ!」


 レイピアに重力が集中する。


 先ほど以上。


 まともに受ければ、魔纏ごと貫かれかねない。


 レイは地面へ押しつけられたまま、ヒナを見上げた。


 だが。


 その口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。


「……何?」


「いや。」


 レイは重力に逆らわず、両手を地面についた。


「やっと分かった。」


「お前のその踊り――」


 掌から、地面へ魔力が流れ込む。


 ヒナの表情が変わった。


「土系譜……?」


「足場があってこそだろ。」


 次の瞬間。


 闘技場が、轟音とともに砕けた。


 ――ドゴォォォォンッ!!


 レイを中心に亀裂が走る。


 一本。


 二本。


 それどころではない。


 無数の亀裂が蜘蛛の巣のように広がり、重力場の範囲内にある床を根こそぎ隆起させていく。


 石畳が割れる。


 地面が沈む。


 巨大な岩盤が次々と突き上がり、平らだった闘技場が一瞬にして荒れ地へ変貌した。


「なっ――!」


 ヒナが飛び退く。


 軽くした身体で崩れる地面を避けようとするが、着地点そのものが次々と砕けていく。


 踏み込めない。


 足を置けない。


 ステップが途切れる。


 地面を覆っていた紫色の術式が、不規則に明滅した。


「何よ、これ……!」


「こんなの、普通の土魔法じゃ……!」


 実況席からも、絶叫に近い声が響いた。


「な、なんということでしょう!!」


「ピエロ選手、闘技場の地形そのものを破壊しました!!」


「これは――ヒナ選手の動きを封じるつもりかぁぁぁ!!」


 ヒナは崩れた石畳へレイピアを突き立て、どうにか身体を支える。


 しかし。


 重力場はすでに崩れ始めている。


 レイはゆっくりと立ち上がった。


 鼻先を伝っていた血は、すでに止まっていた。


 攻撃を受けたことで強まった魔纏が、傷口からの出血を自然に遮断している。


「この魔法だけが厄介だったからな。」


 片足を引く。


 右脚へ、魔力が集中していく。


「悪いな、ヒナ。」


「もう終わりだ。」


 ヒナは歯を食いしばる。


「まだよ……!」


 途切れかけた術式へ、残る魔力を無理やり流し込む。


 レイの身体が再び重くなった。


 だが。


 先ほどまでとは違う。


 範囲も。


 精度も。


 重力を切り替える速度も。


 すべてが乱れている。


 ヒナは自身を限界まで軽くし、砕けた岩盤を蹴った。


 一直線。


 最後の突き。


 切っ先へ、残った魔力のすべてを集める。


「グラビート――」


 レイが踏み込んだ。


 重力によって身体が沈む。


 だが、その沈み込みすら利用し、右脚へ力を溜める。


「スピアァァッ!!」


 レイピアが迫る。


 レイは身体を半歩だけずらした。


 切っ先が脇腹を浅く掠める。


 同時に。


 地面を抉るほどの踏み込みから、右脚が振り抜かれた。


 ヒナも反応していた。


 攻撃が来ると分かった瞬間、腕から腹部へ魔力を移動させようとする。


 しかし。


 わずかに遅い。


 乱れた足場。


 崩れた重力場。


 最後の突きへ魔力を集中させた、その一瞬。


 レイの蹴りが、ヒナの脇腹へ叩き込まれた。


 ――ドンッ!!


「がっ……!」


 ヒナの身体がくの字に折れる。


 口元から血が飛び散った。


 そのまま地面と平行に吹き飛び、砕けた石畳を何度も跳ねる。


 一度。


 二度。


 最後に隆起した岩盤へぶつかり、動きを止めた。


「……やっぱり。」


 ヒナは震える腕で、身体を起こそうとする。


「強い……なんてもんじゃ……。」


 レイを睨もうとするが、視界が揺れる。


「勝てなかった……。」


「くっ……。」


 そこで、ヒナの身体から力が抜けた。


 地面へ倒れる、その直前。


 闘技場を覆う術式が戦闘不能を感知する。


 淡い光が、ヒナの全身を包み込んだ。


 口元を濡らしていた血が消え、蹴りによって傷ついた身体も戦闘開始前の状態へと戻っていく。


 そして次の瞬間。


 ヒナの姿は、闘技場から消えていた。


 一瞬の静寂。


 直後。


 会場全体が揺れるほどの歓声が巻き起こった。


「決まったぁぁぁぁぁ!!」


「大どんでん返しです!!」


「序盤から圧倒的に試合を支配していたヒナ選手!!」


「しかしピエロ選手、動きを封じるために闘技場そのものを破壊!!」


「最後は一瞬の隙を突き、強烈な蹴りで決着をつけました!!」


「アルベルト魔導大会、今年の優勝者は――」


「謎のピエロ選手です!!」


 観客たちが立ち上がる。


 割れんばかりの拍手と歓声が、闘技場を埋め尽くしていた。


 だが。


 その熱狂とは対照的に。


 貴賓席だけは、妙な静けさに包まれていた。


 

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